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第46話 火の玉ストレート


「ぶっ殺してやるよッ!!!」


「じゃあ僕は……守ってみせよう」



 エストの前に赤い魔法陣が浮かぶが、発動する前に霧散した。

 バンは一瞬だけ怯み、即座に対策を講じる。


 次にバンが繰り出したのは、火針メニス火槍メディクの同時詠唱。一度に二つの魔法陣は消せないと踏んだバンだったが、やはり即座に魔法陣が消されてしまう。



「う〜ん、構成要素は四つか。微妙だね」


「ッ! な、何が分かるってんだ!」


「いやぁ……どうしてこれにカミラ達が負けたんだろうね。あ、そうだ。もっと他に無いの? 上級魔術とか」



 無表情で、されど声色は明るく。

 見る者が見れば、エストのテンションが高いことが分かる。同時に、急速に降下していることも。


 森という環境を上手く使ったからといって、あの短時間でカミラ達を倒したとは思えない。何か魔術に関係する秘密があるはずだと、エストは期待している。


 ポケットから懐中時計を取り出し、エストは右手を開いて前に出した。



「五分、時間をあげる。もし五分以内に面白い魔術を見せてくれなかったら、君を倒す。面白い魔術を見せてくれたら、正面から魔術でぶつかる。どう?」


「……なんだァ? テメェ……まだ自分の方が上だと思ってんのか?」


「うん。影から宝玉を狙ってる弓使いは射程圏内だからね。時間稼ぎも終わったでしょ? だから、これから五分待つ。それじゃあ始め」


「なっ──」



 ここまでバンの攻撃する手が緩やかだったのは、物理的に宝玉を破壊できる生徒を待っていたからだ。

 しかしそれもエストにバレた以上、いよいよ面白い魔術を使うしかない。


 戦況を完全に把握していると言っても過言ではないエストの言葉に、こめかみに汗が伝う。



「僕、弓は苦手なんだよね。お姉ちゃんに一通り教えてもらったんだけど、ダメダメでさ」



 左手で水像アデアの弓を握ると、同じく水の矢を番えるエスト。バンではなく右前方の木に対して構えると、パシュッと軽い音を立てて矢を放った。


 明らかに勢いが足りてないが、これは魔術で作られた矢だ。


 弓は飾りとでも言うかのように追尾して飛翔し、木陰に隠れていた男子生徒の太ももに刺さった。

 うめき声が聞こえると、エストはバンに語りかける。



「こうやって、魔術の皮を被せればできるんだけどね。でも、これを見せた時お姉ちゃんに怒られたよ。それはただの魔術でしょ? って」



 今エストが見せた魔術を超えないと、面白い魔術とは認められない。条件を無視して攻撃しようにも、魔法陣を消されるのがオチである。


 バンは必死に思考する。


 この際、エストは倒せなくていい。

 何とかして宝玉を破壊できないか、と。


 そこで、エストの背後に魔法陣を出すことを思いついた。これならば難易度も低く、成功率も高い。

 会話の中でキーワードを混ぜれば、きっと消されることもないだろう。



「その姉ちゃんとやらは、冒険者か?」


「そうだよ。自慢のお姉ちゃん」


「適性は?」


「火」


「じゃあ、さぞ魔術も上手いんだろうな。火球メアとか火針メニスとか、火炎塊メゼアも」



 火炎塊メゼア。そう言った瞬間エストの背後にある魔法陣が輝き、宝玉を捉えた。


 しかし──



「それがね、お姉ちゃんは魔術が苦手なんだ」



 息をするかのように、背後の魔法陣も消すエスト。

 アイディアとしては素晴らしいが、それは魔術の使い方であって、魔術自体の面白さは感じられない。


 エストは再度矢を番えると、後退する弓使いの腕を射抜いた。

 間髪入れずに懐中時計を開き、宣告する。



「五分経ったよ。最初の魔術が良かっただけに、もったいないね」



 エストが一歩踏み出すと、後退りするバン。

 まるで勝利を求めていないエストの言動に、理解が追いつかない。魔術対抗戦とは、勝って楽しいイベントだ。


 勝てば注目を浴び、賞賛される。

 それこそが魔術対抗戦の楽しみだと思っているバンには、エストの狂った思考が分からない。


 人間とは、分からないものに恐怖する。

 まるで目の前のモノに価値が無いような目でバンを見つめながら、ジリジリと詰め寄っていく。



「あ……あぁ、あっ!」



 バンは抵抗して火球メアを出すが、即座に制御を奪われた。



「……そうだ、最初の魔術のお礼に、僕も面白い魔術を見せないとね。適当に火炎塊メゼアを撃ってよ」



 中級魔術に対して『適当に』と言えるのは、果たして学園に何人居ることやら。

 あまりのエストの異常さに、バンは手当り次第に火魔術を使う。魔法陣の中身はどれもぐちゃぐちゃで、とてもじゃないが優勝候補とは言えない出来だった。


 だが、それでも構わない。


 エストは様々な色の混ざった魔法陣に右腕を通すと、薄い膜が肩から指先までを覆った。



 乱雑に組まれた魔法陣から火の玉が出ると、次の瞬間、見る者すべてを驚愕させた。




「──はい、掴まえた」



 エストの右手に、火球メアが握られていた。

 これはエストが組んだ『魔術を掴む魔術』の効力である。その構成要素の数は凄まじく、四属性に適応させるだけで百を超えていた。


 ムニムニと火を握ると、大きく振りかぶる。



「受け取ってね。よっこい……しょ!」



 全力で投げられた火球メアは一瞬にしてバンの顔面に迫り、瞬く間に服が燃え上がる。十秒もしないうちに致命傷判定を受けると、そこにバンの姿は消えていた。



「感想聞く前に倒しちゃった。後でユーリに聞こっと」



 そう呟いてから、エストは落とし穴を飛び越えた。

 あとは残っている生徒を倒すか宝玉を破壊するだけなので、相手の陣地に向けて一気に走り出す。


 途中、足を引きずる弓を持った生徒を見かけたが、無視して進む。



 倒されたバンからしてみれば、エストはさぞ恐ろしい魔術師に見えただろう。

 しかし、エストからすると十分に面白い戦いだった。


 そもそも、魔術を使わないと豪語していたエストに守りの一手として使わせた時点で素晴らしい。

 自分が居なければカミラ達は負けていたと、心の底から認められるぐらいに魔術の腕が良かった。


 惜しいのは、対戦相手が魔術狂い(エスト)だったことか。



「嘘だろ……正面から来やがった!」



 宝玉を守る生徒達がエストに気づくが、時すでに遅し。真っ先に水針アニスを放とうとした生徒の魔法陣を奪い、術式を水槍アディクに改変する。


 他の生徒による魔術が届く前に、水の槍が宝玉を貫いた。



『そこまで!』



「楽しかった。火の生徒にそう伝えて」



 一瞬の出来事に呆然とする相手チームにそれだけ言うと、次の瞬間には入場ゲート前に立っていた。試合終了後、自チームの宝玉より距離が離れている場合、強制的に転移されることを知らないエストは首を傾げた。



「……何? 今の。この森おかしくない?」



 大逆転で勝利を収めたことに対する歓声は、エストの耳に入っていなかった。






「──で、どうして五人は負けたの?」



 控え室に戻るなり、真っ先に質問するエスト。勝利の喜びを噛み締めることなく、ただバンに負けた理由が知りたかった。


 しかし、何も分からないうちに倒されたユーリ以外は、一気に顔が曇る。



「えっとね……エストくん、相手に風の適性を持ってる生徒が居たのは知ってる?」


「うん」


「やっぱりか……バンとの戦闘中、ここぞというタイミングでバンの動きが加速したの。多分、風魔術で体を軽くしたんだと思う」



 それを聞くと、試合中に風魔術をレクチャーした女子生徒を思い出すエスト。所々に風の魔法陣があったことは察知していたが、それがカミラ達を苦しめていたとは知らなかった。


 もしあの生徒を早めに倒していれば、カミラ達は負けなかったかもしれない。



「ごめん、もっと早く倒せばよかった」


「ううん。私たちの実力不足だよ」


「違う。その子に魔術を教えず倒していたら、負けてなかった。だから……ごめんなさい」



 この二週間、カミラ達の勝利への想いを知っていたエストは、自分の行動が水を差したことを理解した。思えば、あの風の少女……フィアと呼ばれた生徒は少し異常だった。


 魔力を感知していたエストは気づいていたが、足音が無かったり接近速度が速かったりと、脅威として認識するのに充分だった。


 過ぎたこととはいえ、頭を下げるエスト。



「あはは、いいんだよ。ちゃんと勝ってくれたし。それに、エストくんがバンをいじめる姿もちゃんと見れた。あんなに怯えてるバン、初めて見たよ」


「ああ。落とし穴が効かなかったのは予想外だったが、しっかりと勝利を収めた。それだけで充分だ」


「うむ、拙者も同意見だな」



 セーニャとユーリも頷き、他の試合を観ようと促した。


 各チームの控え室には、何かしらの魔術で作られた映像投影の魔法陣がある。

 壁に描かれた魔法陣に魔力を流すことで、試合を様々な視点で観ることができる。


 しっかりと反省したエストは、顔を上げた。

 すると、土の適性にも関わらず、前線で戦っている女子生徒が映っていた。


 その姿は、学園生の誰よりも長い時間をエストと過ごし、誰よりも多くエストから知識を吸収した者だ。



「凄いねあの子。一年生? 上手すぎない?」


「……次勝てばあのチームと戦うのか」



 カミラとマークがその生徒を分析する中、エストは頬を緩めて呟いた。




「メル……今日はポニーテールなんだ」

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