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第38話 相互作用

 エストの歩く速度は早く、メルが追いつく頃には冒険者ギルドで飲み物を頼んでいた。



「ようエスト。この時間に来るとは珍しいな」


「ちょっとダンジョンにでも行こうかなって」


「こんな時間にか? 行くなら気をつけろよ。アッハッハ!」



 陰で股間照明だの魔剣士の師匠だのと呼ばれるエストに、先輩冒険者が声をかけていた。

 果実水をジョッキで一気飲みしたエストは、受付嬢のミーナに話してからギルドを出た。


 外から覗いていたメルに気づくことなく、エストは走って行く。



「あっ……行っちゃった」


「嬢ちゃん、エストのファンか?」 


「ファ、ファン?」


「おう。あいつ、意外と女に人気あるからな。クールだとか可愛いとか。嬢ちゃんは違うのか?」



 遠ざかっていく背中を見つめていると、これから帰るのであろう冒険者が話しかけた。

 意外と人気、という言葉にムッとするが、エストの容姿がかなり優れていることを知っているメルは、気持ちを切り替えて返す。



「私はエスト君の……友達です。今日、学園で問題があって、様子を見に来たんです」


「ほ〜、わざわざギルドまで?」


「え、えぇ」


「息も切れるぐらい走って?」


「そうです」


「もう見えないのに、エストの背中を見て?」



「……な、なんですか! ダメですか!?」



 顔を赤くして否定するが、その時点で負けである。

 冒険者は優しい顔で微笑むと、メルの肩をぽんぽんと叩いた。



「大丈夫、俺らの知る限りアイツに恋人は居ねぇ。つーかそんな歳でもねぇ。どこの誰だか知らんが、俺ぁ応援してるぜ」


「あ、ありがとう……ございます」


「まぁ男色の可能性も捨てられんがな! アッハッハ!」



 最後に考えもしなかった可能性を持って来られ、メルは不安要素が増えたと頭を抱える。

 

 まさか。


 そう思うが、そもそもエストが照れた姿を見たことがないと気づき、エストに“恥ずかしい”という感情があるのかすら分からなくなった。

 人には興味を示さないが、魔術には興味を示す。そんなエストでも大切に思う、謎の師匠と一ツ星のアリア。


 分からない。分からないこそ、知りたい。

 掴みどころのないエストが持つ、大きな秘密に魅せられたメル。



「……エスト君は私が落とす」



 そう言って学園に向けて歩くメルだが、落とされていたのは彼女の方だった。








 翌朝。

 全ての学年の全てのクラスで、魔術の相互作用に関する授業が行われた。


 

「以上の要素が揃うと、例え初級魔術であっても中級、もしくは上級魔術に匹敵する効果を生む概念。これを相互作用と呼ぶ」



 いつものように進む授業だが、魔術対抗戦に出場する生徒には緊張の顔が浮かんでいた。

 容易に人が死ぬ魔術を、初級魔術でも起こせてしまうからだ。



「何か質問がある人は居るか?」



 筋肉担任が聞くと、クーリアが手を挙げた。



「火、風、水の魔術が揃うと危険なのは分かりましたわ。では、土に関する相互作用はありませんの?」



 説明を受けたのは、風の魔術により超高温になった炎は、水とぶつかることで急速に蒸発させてしまい爆発を起こす、ということだけだ。


 他にもいくつか危険な相互作用は知られているが、土には有名な相互作用がある。



「土か……すまん、俺は詳しくないんだ。明日までに調べて──」



 ここで回答は出せない。

 そんな担任の言葉を切ったのは、エストだった。



「粉塵爆発。細かい粒子を部屋にばら撒いて、火を着けると爆発する。土の魔術は構成が甘いと燃えやすい」


「細かい粒子とは?」


「自分で調べなよ。それが原因で死んだ魔術師の話とか、図書館に山ほどある。僕の口で語られるより、もっと身に付く」



 空き時間をひたすら読書に費やしているエストは、魔術師の失敗談や事故の話を読み漁っていた。

 人の失敗からは学べることが多く、危険性を理解するのに最も適している。


 ──失敗を知れ。失敗を恐れるな。等しく経験じゃ。


 そう魔女に教えられたエストにとって、実験記録や新魔法陣構築の研究レポートは宝に見えた。



「命より価値のある情報はない」


「エストの言う通りだ。魔術は相互作用だけでなく、事故が多い。俺がお前らに教えるのは呪文や魔法陣の知識だが、その先に踏み込むなら自分から知りに行け。ここは、それができる場所だ」



 筋肉担任が上手くまとめたところで午前の授業が終わる。

 魔道書を閉じたエストは、ある日の出来事を思い出した。


 それは、風魔術を覚えたての頃。


 風針フニスを等間隔に敷き詰めた剣山に、火針メニスを紛れさせた。

 火針メニスの燃料となる魔力、そして空気の塊でできたソレは非常に燃えやすく、一瞬にして大きな炎になったのだ。


 エストは瞬く間に炎に包まれ、大火傷を負った。


 幸いにも魔女が数秒で気づき、光の上級魔術で完治させたが、その目には涙が浮かんでいた。



「……あの時は熱かったなぁ」



 魔術で死にかけたのは、それが初めてだ。

 魔術が危険なものであると認知し、扱いが上手くなるまで魔女が隣で見るようになり、エストは着実に魔術師として育っていった。


 そんなことを思い出していると、気づけば食堂で山盛りのランチを食べていた。



「はぁ。師匠に会いたい」



 初めてダンジョンに行った話。

 魔物と戦い、逃げた話。

 魔石について研究している話。


 魔女と色んな話をしたいと思えば、自然とため息が出る。



 そんなエストと魔女の再会は、二週間を切っていた。

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