第35話 魔女の憂い
メルへのお礼から少し経つと、学園内の雰囲気が少し変わっていた。
「──というわけで、毎年恒例……まぁお前らは初めてだが、学園ではお馴染みの魔術対抗戦がある。治るとはいえ血も流れる戦いになるが、出場したい奴はいるか?」
最近は終礼まで残るエストは、筋肉担任の言葉に本を閉じて教室内を見渡した。
魔術対抗戦はその名の通り、チームを組んで魔術を使って戦い、相手チームの特殊な宝玉を破壊するか、一人でも生き残っているチームの勝ちという、トーナメント形式の団体戦だ。
各国の貴族や出場選手の親、宮廷魔術師などが観戦するため、生徒は魂を燃やして参加する。
エストは個人戦が無いために手を挙げなかったが、クラスメイトは何人か出場するようだ。
その中には 、クーリアやメルもいた。
「メルは出るんだ」
「自分の実力を試したいの。そう言うエスト君は出ないの?」
「チーム戦は苦手。それに、魔術は守るために使う。攻撃のために使うのは好きじゃない」
魔女に教えられた、正しい魔術の使い方。
それは己や大切な人を守るために使うものであり、決して、他者を傷つけるために使うものではない。
自分の技量を認識し、できることとできないことの区別が重要である。
エストはその教えを忠実に守っている。
「相手が魔物ならなぁ」
「あはは、無茶言うね……そっかぁ、残念」
例え個人戦であっても出ないと思ったメルは、心底残念そうに手を下ろした。筋肉担任が出場予定の生徒を記録し終えたからだ。
「残念?」
「私、エスト君と戦ってみたかったなぁ。ほら、この三ヶ月、ずっと頑張ってきたから。面白い魔術も覚えたし」
面白い魔術。
それを聞いた瞬間、エストはビシッと手を挙げた。
「先生、僕も出たい」
「げっ……わかった。他にもういないな?」
筋肉担任は追加でエストの名前を記すと、終礼が終わって解散になった。
メルが言った面白い魔術について考えていると、クーリアが前から顔を出した。
「エストさん、本当に出られるんですの?」
「団体戦は嫌だけど、面白い魔術が見られるなら」
「……なるほど。では敵として当たった時は全力でお願いしますわっ! このクーリア・アクアマリン、修行の成果を見せる時ですの!」
「うん、楽しみにしてる」
同い年の相手が作る、面白い魔術。
それだけで、エストは手を挙げた価値があると思った。
団体戦ゆえに何らかの理由で負けたとしても、エストの望む新たな世界が見られるなら、勝敗なんてどうでもいい。
その純粋な魔術への思いを、メルとクーリアは受け取った。
「二週間後が楽しみですわ!」
「エスト君と同じチームエスト君と同じチームエスト君と同じチーム……」
「ちょっと、メルさん? 勝ちたいのか私欲なのか分かりませんわ」
「……フッ、両方に決まっているでしょ?」
「貴女……意外と強欲ですのね」
チーム分けの発表は明日行われる。
魔術対抗戦は学年もバラバラなチームで構成されるために、最上級の五年生と組むとなれば、下級生は成長のチャンスにもなる。
しかし、実力差が離れているために連携が取りにくかったりと、様々な問題に直面するだろう。
意外と一年生が少ないのが、このイベントの欠点だ。
ところ変わって学園長室では、魔術対抗戦の出場者リストが集められた。
「……エスト君が出るとはな。手を抜かれては困るし、エルミリアを呼ばねば」
一年生で出場する生徒は、全クラス合わせて十五人。
本番までに実力差や怪我を恐れて過半数が辞退し、年によっては一年生は誰も出場しない、なんてことは多々ある。
ただ、学園長は確信を持っていた。
エストとその周りにいる、メルとクーリア。
この三人は、何があっても辞退しないだろうと。
「上級生を驚かせてやれ、魔術師の卵たち」
学園長は全員の名前に魔術師としてのランクを付けると、それぞれ全体のチームバランスが崩れないよう、くじを引いて決めていく。
ただ、全てを変える可能性がある生徒が二人ほど居た。
「一年生はエスト君、三年生はミツキか……面白いのは、この二人の相打ちだな」
在籍している学生で唯一、闇の適性を持つミツキ。
国や貴族が拾うことなく魔術学園に入った彼女は、認識阻害や気配を殺すことが得意である。
前回の魔術対抗戦は、実質ミツキ一人で優勝した。
それほどに彼女は闇魔術を巧みに扱い、他を圧倒していた。
「魔術師の欠点。エスト君は克服しているかな?」
ニヤッと悪い笑みを浮かべると、学園長はエストとミツキのチームを分けた。
結果を全ての講師に伝えた学園長は、魔術師らしいローブを羽織り、学園の裏にある黒毛の馬に乗る。
行き先は、王国と帝国の間。
魔女の森だ。
馬は数度地面を駆けると、認識阻害の魔術を使い、背中から真っ黒な翼を展開した。
そして、馬は空を駆け上がる。
天馬──ペガサスの突然変異個体だ。
本来は光魔術を使う純白のペガサスだが、学園長のは少し違う。
数千年に一度しか生まれないという、闇魔術を使う黒いペガサスだ。
ものの三時間ほどで魔女の森に着くと、館の前で止まる。
学園長は一度深呼吸をしてから、ドアをノックした。
音を聞いたアリアが出ると、学園長は満面の笑みで話しかけた。
「やぁ、アリア殿。エルミリアは居るか?」
「……泥棒猫め。ごしゅじ〜ん、客〜」
学園長は慣れた様子で館に入ると、リビングの椅子に座った。
最後に訪れたのは四十年ほど前だが、その時と随分内装が変わっていることに気が付いた。
アリアが描いたであろうエストの絵や、精巧に作られたゾンビの模型など、今までに見たことが無い物が増えていた。
「なんじゃ、久しいのぅ。ネルメア」
「お久しぶりです、エルミリア様」
「次同じことを言ってみろ。学園を跡形もなく消してやる」
「すまない、冗談だエルミリア」
「はぁ……ユーモアが足りぬぞ、お主」
学園長が恭しく魔女を様付けして呼ぶと、森の鳥が飛び立つほどの威圧を放たれた。
冷や汗をかいた学園長は冗談と言うが、どこかの誰かと同じように、ユーモアという言葉を使う魔女だった。
アリアが淹れた紅茶を含むと、学園長を口を開く。
「エスト君が魔術対抗戦に出るんだ」
「なんじゃと!? アリア、今すぐ支度せい! エストの晴れ舞台じゃぞ!!」
「はいさ〜!」
すぐに準備を始める二人を見て、学園長は苦笑いながら続けた。
「二週間後だぞ。エルミリア……変わったな」
「ふん、わらわは変わってなどおらぬ」
「え〜? 毎日毎日『エストは大丈夫かの〜』『いじめられたりしておらんか〜?』『ちゃんと寝てるのか心配じゃ〜』って言ってるし、変わってるよ〜」
「う、うるさいぞアリア!」
魔女の憂いを赤裸々に明かされると、顔を真っ赤にして首を振った。
だがこの反応では真実であると言っているようなもの。
新たに魔女を揺するネタを見つけたと思う学園長だが、その裏では本気でエストを大切にしていることを知った。
エストを雑に扱えば、どうなることか。
改めて危険物を受け取ったと思うと、学園長は今回の注目ポイントを教えた。
「きっと彼は、ミツキと戦うことになる。勝てると思うか?」
「む? それは『ミツキが勝てるか』ということか?」
「まさか。相手は闇の申し子。エスト君が勝てるか、だ」
「「エストなら勝つ」ぞ」
アリアも同時に即答した。
この瞬間、学園長はエストの力を見誤っていたかもしれないと思った。
学園長のエストに対する認識は、初めて聞く適性を持って生まれた魔術師、である。
だが、ミツキがどういった戦い方をするか知っている魔女エルミリアでさえ、エストが勝つと言った。それは、出発前に自身が呟いたことへの答えとなる。
「エスト君が……近接戦闘もできると?」




