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第31話 足元にも及ばない


 メルがユーリに風魔術の魔道書の内容を要約して教えているのを横目に、エストはクーリアに水魔術を教えていた。

 クーリアの他にも、水の適性魔力を持つ生徒が集まっているが、彼らは一様に理解できていない。


 何せ、話している内容自体は学生ではなく研究者の領域。

 むしろ、理解できるクーリアがおかしいのだ。



「──こういうイメージですの?」


「うん、そう。いいね。水針アニスは透明度を上げると格段に視認しづらくなるから、気をつけて」


「分かりましたわ」



 今やっているのは、初級の水魔術である水針アニスの魔改造だ。

 具体的には、殺傷能力の向上と視認性の低下、発射速度の向上という、命を奪うための改変だった。


 護身の為の技術として教えているが、使い方を変えたら凶器になる。その点を、クーリアはしっかりと理解していた。



「クーリアは飲み込みが早い。面白いね」


「ありがとうございます。ですが面白いとは?」


「魔術がね。意思に芯があるから、陣がブレない。でも──」


「でも? ……ひゃああああっ!」



 エストはクーリアの背中を人差し指でなぞると、クーリアの集中力は一瞬にして乱された。

 青く綺麗な円を作っていた魔法陣も、瞬く間に消える。



「意志が固い分、脆い。完璧な維持ができていないと、ちょっと体を触られただけで崩れる」


「エストさん? 乙女の体に気安く触れてはなりません! それはとても、とても失礼な行為にあたりますの!」


「魔術に乙女もクソもない。まずは没頭」


「うぅ……分かりましたわ」



 モラルで反論するクーリアだったが、それ以上に熱いエストに押し負けてしまった。

 何よりも、納得してしまったのだ。


 確かに魔術に乙女は関係ないな、と。

 そうこうしているうちに、聞いている生徒はクーリアだけとなり、より高度な水魔術の鍛錬が始まる。



水針アニスは護身用としては充分。何かあった時、無意識に使えるぐらい体に覚えさせて」


「無意識に!? それは無理ですわ!」


「なぜ?」


「だって、魔術はイメージが必要ですもの!」


「イメージを体に染み込ませる。それだけ」


「……見かけによらず、厳しいですわねぇ。とほほ」



 実際、今クーリアがさせられているのは高位の魔術師、それこそ宮廷魔術師クラスの人間が覚えることだ。

 無意識に、それも反射的に魔術を使うというのは、才能ではなく努力が最も重要になる。


 赤子のエストが生存本能で使えたように、いざと言う時に声が出なくても、体から打開策を生み出せるようにならねばならない。


 ただし、それを十歳の子どもが出来るかと言えば、酷な話だ。






 一方メルの方も、ユーリの理解力が高いために、要点を教えるだけで学んでいく。



「ボクは知識が足りなかったんだ」


「そうだね。エスト君に感謝しなよ? 私に風魔術を教えたのはエスト君だから」


「分かってる。でも気になるのは、エスト君はどうして魔術を使って見せないんだろう? 先生や皆は、適性が違っても見せてくれるよね?」



 ユーリはまだ知らないのだ。

 自分が成長したからといってエストに魔術を見せてもらうと、次元が違うとさえ思える、練度の高さに圧倒される感覚を。


 あの時、メルは軽く後悔していた。


 上を見るのは良いことだけど、あまりにも高いところを見てしまうと躓いてしまう。

 今の生徒達では、エストの足元にも及ばない。


 頼めば自分たちに合わせた魔術にしてくれるだろうが、きっとそれでも違いを実感する。



「……やめた方がいいよ。心が折れちゃうかもしれない」


「そんなに? ますます気になるよ」


「そう。私は言ったからね。付け焼き刃の知識の君と、自分の魔術を作り出せるエスト君は違うって」



 ユーリは早速エストの元へ行き、魔術を見せてもらうことに。

 その前に、ユーリは自分の魔術の採点をお願いした。



「ユ、ユーリさん、流石にそれは……」


「いいんだ。頼む、エスト君」


「うん、いいよ。、まずは見せて」


風針フニス!」



 ユーリの前に、緑色の針が現れた。

 風魔術は本来無色のため、色が着いているのは前提として扱う。

 次は、針の密度。それは魔法陣から読み取れるので問題ない。


 一般的な風針フニスとしては八十点といったところ。

 しかし、採点者はエストだ。

 こんな教科書通りの魔術に、八割もくれてやらない。



「二十点。風針フニスの何たるかを全く理解してない。多分、メルは止めたでしょ?」


「……うん」


「緊張しないならいい。後は自分で頑張って」


「ど、どういうこと?」



 突き放すようなエストの言葉に、ユーリは問う。

 それもそうだ。まだ本人から風魔術を教えてもらっていない。



「僕が頼まれたのは、緊張しないためのアドバイス。実際にしたのは、風魔術の面白さ……奥深さを教えること。でも、その前にユーリは一旦満足した。緊張もしなくなった。だったらもう教える必要はない。違う?」


「……ち、違わないけど……だったらエスト君の魔術を見せてほしい! ボクは君の魔術を、ちゃんと見たことがないんだ!」


「そう。何が見たい?」


「なんでもいい」


「じゃあメルのためにも、土を使うね」



 次の瞬間、エストとユーリの間に何十層もの茶色い多重魔法陣が出現した。多重魔法陣の一つ一つが四十以上の要素からなり、その複雑さはもはや芸術の域である。


 ものの一秒で魔法陣が輝くと、そこには一ツ星アリアがメイド服の姿で立っていた。



「……アリア、様?」


「そう。僕の魔術で模しただけ。でも、ちゃんと動くよ?」



 模造アリアがエストをお姫様抱っこすると、生きているかのように教室を徘徊し始めた。

 何人もの生徒が本物だと、あの筋肉担任ですら驚いていたが、一言も喋らないことに違和感を抱き始めている。


 教室を一周してから消すと、今のアリアが魔術だったことに驚く生徒達。



「これが僕の魔術。髪や瞳だけじゃない。筋肉や骨の動き、呼吸の動作や質感まで再現する。声が発せられないのが改善点だね」


「……ボクにはどのくらい凄いのか分からないや」


「なら、まだ基礎の基礎もできていない証拠。メル、今の魔法陣は分かった?」


「あの〜、私、まだ多重魔法陣は習ってなくて……」


「今使ったのはメルも使ってる魔術だよ」


「嘘!? 魔法陣見せて!」



 エストの無茶振りをかわそうとしたが、自分も使ってる魔術となれば話は別だ。

 メルの前に展開された多重魔法陣の一層は、四十の要素、つまり四十個の円で形成されているが、その一つ一つは非常に知った形を作っていた。



「……もしかして、土像アルデア?」


「正解。今のアリアお姉ちゃんは土像アルデアで造った」


「……エスト君、土の神だったりする?」


「初級魔術しか使えない神とか嫌でしょ」


「確かに」



 今までエストが生徒の前で見せた魔術は、全て初級魔術である。それは自分の適性を隠すためでもあるが、魔女との約束だからだ。


 人前では、初級魔術しか使ってはいけない。


 ダンジョン攻略を除き、初級はおろか、氷の魔術の使用は極限まで控えていた。

 そのおかげか、本来の初級魔術では見れないような、複雑な魔術を構築できるようになったが、様々な問題が浮上した。


 それは、一撃の威力が低いことだ。

 反面、生半可ではない技術を身につけた。


 威力に勝る技術こそが、今のエストの武器である。



「ユーリ、基礎を学ばずして応用なんてできるわけがない。才能に溺れる暇があるなら、努力したら? 知りたければ教えるよ」


「あら、良いことをおっしゃいますわね。全くですわ。基礎を踏まえての応用ですもの。一朝一夕で身につくほど、魔術は甘くないですわ」


「……はい。思い上がってました」



 正論の槍がグサグサと刺さると、ユーリはメルに教えを請うた。

 半端な自信を得たために、ユーリは浮ついている。

 今のままでは、いずれ怪我をしてしまう。


 クーリアの援護もあって落ち着いたが、今度はメルにかかる苦労が増えると予想するエスト。



「ねぇ、クーリア」


「なんですの?」


「メルって、何をしたら喜ぶ?」


「あら、あらあらあら! エストさん、どうしたのですか?」


「……メルの時間を奪っちゃうから、お礼をしないと、と思って」



 思わぬ所で現れたメルのチャンスに、クーリアは悪い笑みを浮かべ、エストに教えるのだった。

 女の子が……メルが喜ぶことを。

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