第3話 姉バカメイド
魔女に負けず劣らず、アリアもエストに甘い。
エストはメイドのアリアに単魔法陣について聞いた。
するとアリアは膝の上にエストを乗せ、魔道書を開く。
魔女よりも背が高いので、しっかりと本の内容を確認しながら教えられる。
そしてのんびりとした口調で、勉強が始まる。
「単魔法陣は〜、一層の魔法陣で使う魔術のこと」
「うん。しってるよ」
「じゃあ〜、単魔法陣の構成要素、知ってる〜?」
「えっと……」
少し考えるエストの頭を、優しく撫でる。
魔女の髪は艶のある銀髪だが、エストの髪は氷属性の影響か、絹のように白い。
空を映したような青い瞳も、魔女とアリアは大好きだ。
「属性と、適性と、魔力と、イメージ」
「う〜ん、属性と適性は一緒だね〜。まぁ、その三つで正解。じゃあ、更に細かく分けてみて〜?」
「更に細かく?」
「うん。五つ以上になったら〜、正解だよ~。前に本で読んだと思うな~?」
ヒントをあげると、じっと考え込むエスト。
そんな彼を、優しく抱きしめるアリア。
何を言おう、普段は魔女を冷めた目で見るアリアだが、エストの前ではベッタリなのである。
ちなみに魔女は今、自分の研究室に居る。
新たな魔術を作る時はエストに危険が及ばないよう、自室とは別の部屋でやっているのだ。
「あ。因果と結果、消費魔力と循環魔力、想像と創造?」
「すご〜い! 満点満点だいせいか〜い!」
「えへへ、前に師匠が言ってたの、思い出した」
「大事なことだから、忘れちゃダメだよ〜?」
単魔法陣の完璧な答えを出した。
それにアリアは大喜びし、これでもかと褒めちぎった。
流石のエストも笑顔になり、やる気に溢れる。
「特に、因果は現象の理解は大事。結果は『その魔術を使って起きたこと』だから。いっぱい勉強して~、色んな魔術が使えるようになろうね~?」
「うん!」
そうして少しずつであるものの、魔術を理解していく。
立派な姉として弟を導き、メイドとして支える。
些か姉部分が強いが、関係なかった。
勉強が終わると、一区切り付けた魔女は外に出る。
館の周りは開けており、魔術の練習にピッタリだからだ。
時に、メイドであり姉であるアリアは、魔術の行使が苦手である。
頭が良いので理論は完璧なのだが、こと使用においては初級魔術が精一杯という、珍しいものだった。
しかして弟のエストは行使も得意であり、その才はアリアが見ても分かる程。
「──氷針」
両手を出したエストの前に、白い魔法陣が現れた。
さっき学んだ単魔法陣である。
その魔法陣から、箸の様な氷の針が現れた。
「うむ、素晴らしいの。流石わらわの弟子じゃ」
「もう少し細くしたい」
「今はダメじゃ。氷魔術は六属性魔術よりも扱いが難しい。それゆえ暴発しやすい。もう少しもう少しと言うておるうちに、自分の首を絞めてしまうぞ」
「……わかった。もっと練習する」
「よい心がけじゃ。な〜に安心せい。もし何かあってもわらわが助けるでの。胸を張って魔術を使うのじゃ」
欲を出したエストを諌め、前を向かせる魔女の手腕。
今しがた使ったエストの魔術は、理論として極めて美しかった。
ただ、エストの理想ではなかっただけ。
それを即座に理解し、地道に頑張らせようとする魔女を見て、アリアは嬉しく思った。
この人と一緒に居られて良かった、と。
それからも魔術の鍛錬は続き、夜。
いつものようにエストと洗いっこしたアリアは、湯船に浸かりながら褒めていた。
「あんなに綺麗な氷魔術〜、初めて見たよ〜」
「ありがとう。でも、まだ師匠の魔術には届かない。師匠の氷針は、もっと細くて長くて、綺麗だった」
それはそうだ。
何せ相手は800年も生きる魔女。
その領域に至るのは、常人では到底不可能。狂人でも、足元に触れるぐらいが精々。
そう分かっていても、弟を応援するのが姉心というもの。
「出来るよ。エストならいつか、ご主人の魔術を越えられる。ウチは信じてるから、挫けそうになったらいっぱい甘えてね」
いつもとは違う、ハッキリとした口調で。
想いが伝わったのか、エストは胸を張った。
「うん。いつか絶対、師匠をこえる」
「お姉ちゃんは応援してるよ〜」
温かい湯船の中でも、エストの体はひんやりしていた。
その温度を全身に感じながら、アリアは次に教える多重魔法陣について考える。
エストなら出来る。
失敗しても諦めない。
疲れた時はたくさん甘える。
この三つを胸に掲げ、お姉ちゃんをするのだ。
そうして風呂から上がると、アリアは魔女とジャンケンを始めた。
「「ジャン、ケン、ぽん!」」
「うわぁぁぁ! 負〜け〜た〜の〜じゃ〜! これでわらわ、四連敗じゃぞ? 四日もエストと寝ておらんのじゃぞ? そろそろ死ぬぞ!?」
「ふっふっふ〜。これが真のお姉ちゃん力」
どちらの部屋でエストが寝るかのジャンケンだ。
ここ最近は運が悪く、魔女はエストと寝ていない。
エストとしてはどちらも大好きなので構わないが、二人は真剣な表情で手を出していた。
今日の寝床が決まれば、リビングはすぐに消灯される。
魔道具のランプが点いたアリアの部屋は、綺麗に整えられていた。
石鹸の匂いと優しい姉に包まれて、エストはすぐに船を漕ぐ。
「それじゃあ、寝よっか〜」
ランプを消し、柔らかいベッドに寝転がる。
まだ幼いエストを抱えるように手を回すと、エストが優しく手を握った。
ひんやりとした手の温度は、夏の夜には心地よかった。
二人はすぐに眠りにつく。
魔女を含め、三人は寝つきが良い。
大切な家族がそばに居る安心感は、エストに穏やかな休息を与えた。
朝になれば、先にアリアが目を覚ます。
エストの頭を撫で、寝間着からメイド服に着替える。
顔を洗って角を磨き、硬い尻尾をブラッシング。
これがアリアのモーニングルーティーンだ。
それからエストを起こし、朝食の準備をする。
「ふわぁあ……おはようなのじゃ」
「おはよう師匠」
「ふふ、寝癖が凄いのう。こっちに来るのじゃ」
リビングに集まると、魔女がエストの寝癖を直す。
この時、火と水と風の魔術を複合させて使うので、エストには良い勉強になると共に、スキンシップの時間になった。
数回撫でて寝癖が直ると、魔術談義が始まる。
このところエストは魔術に夢中だ。
魔女の魔術には目を輝かせ、アリアの解説は真剣に聞く。
そして理解した魔術にオリジナリティを加える時が、エストの最も楽しい瞬間だった。
「出来たよ〜。スーパーウルトラビッグサンド」
「……デカいのじゃ」
アリアが作ったのは、頭一つ分の大きさのサンドイッチだった。
ハムやチーズ、ベーコンにサラダと、非常にボリューミー。
いくら魔女でも、朝に食べるにはしんどい。
「いただきます、アリアお姉ちゃん」
しかし成長期のエストにはちょうど良く、時間をかけて全て平らげ、魔道書を読み始める。
一方魔女は、アリアと半分こしていた。
流石にキツかった。
朝からボリュームが大き過ぎた。
ただ、非常に美味しいのが憎めない。
「エストはよく食べるようになったのう」
「これで〜、立派な男にさせるんだ〜」
「男……か。嫌じゃのう、いつか恋人を連れて来るのは。わらわ、ショックで寝込んでしまうかもしれん」
そんな未来を想像するだけで憂鬱になる。
だがしかし、アリアの反応は違った。
「ウチは大丈夫〜」
「ほう?」
「ウチと戦って〜、勝ったら認めるから〜」
龍人族はアリア以外絶滅した。
なれど、龍人族は最強と言われた種族だ。
筋力、魔力、精神力。
そのどれをとっても、人族は敵わない。
「……エストは一生独身かのう」
「いざとなったら、ウチが結婚しよう」
「なっ!? それならわらわが貰う!」
「ふ〜ん? へ〜え? ほ〜う? ウチ、一回ご主人とはガチのマジでやってみたかったんだよね〜」
「望むところじゃ。このわらわに勝てると思うのなら、赤子からやり直させてやるわ!」
「ふたりとも、うるさい」
「「ごめんなさい」」
もしかするとこの家で一番偉いのは、エストかもしれない。
そう思う、二人なのであった。