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第25話 疑惑と予防

「よかったのか? 一人一個なんてよ」


「うん。口止め料と、公平さを考えたらね」


「ったく、意外とお人好しだなぁコノヤロウ」



 夕方前にギルドへ戻ると、ダークウルフの魔石を見た冒険者で一気に騒がしくなった。

 そしてミィやガリオが大々的に「エストが倒した」と言ったことで、ギルドの外まで股間照明という言葉が轟いた。


 また、今回討伐に参加したガリオ、ディア、ミィ、マリーナにダークウルフの魔石を一つずつ渡し、公平な報酬を受け取ることにした。

 マリーナは拒否しようとしたが、適性魔力についてや、使った魔術を口外させないための口止め料と言うと、渋々受け取った。


 ダークウルフの魔石は、一つで40万リカだ。



「ニャふ〜! エストっち〜、飲んでるかニャ〜?」


「果実水は飲んでるよ。美味しい」


「んも〜、こういう時はお酒でしょ〜?」


「……まだ十歳だから。確か帝国はお酒、十五からでしょ? ミィは幾つなの?」


「十六ニャ。パーッと楽しむには最高ニャ!」



 冒険者の面々はお酒を飲んでいるが、エストとマリーナは果実水で楽しんでいる。

 少し酔っ払ってダル絡みするミィだが、エストは優しく受け止めていた。



「エスト君、これ、明日は学園でも話題になるよ」


「ふ〜ん。それで?」


「それでって、有名人になるんだよ?」


「だから? 僕、別に名声とか要らない。お金の方が欲しい」


「……あれ〜? これは私がおかしいの? ガリオさ〜ん!」



「残念だったな。二人ともおかしいぞ」



「そんなぁ……」



 比較的まともな感性を持っているガリオから見ると、名声や金銭以前に、複数の適性魔力を持っている時点でおかしいのだ。


 項垂れるマリーナをよそに、エストは背嚢から土板を取り出した。



「ミィ、昼前に言ってたゴーレムの性質だよ」


「ニャニャ! 本当にいいのかニャ!?」


「うん。魔術を使わなくても安全に倒す方法も考察してるから、何か意見があったら欲しい。あと、実験するなら呼んでね」


「わぁ……良い子だニャぁ……ウチ泣きそう」



 ミィに渡したのは、エストが自室に保管している魔物の性質リストの一部である。ただのゴブリンでさえ弱点属性や不利属性、基本の攻撃方法など、新米冒険者が読むべき内容が詰まっていた。


 そして、ダンジョンの階層主であるゴーレムの情報は貴重だ。

 売れば膨大な金を手に入れられるだろう。



「じゃ、門限があるから僕は帰る。またね」


「うぁ〜ん、エストっち〜!」


「今日はありがとな、エスト」


「オレからも礼を言わせてくれ」


「次は足を引っ張らないようにするね」



「こちらこそ。一緒に倒せてよかった」



 初めての武器である杖を手に、エストは帰寮した。

 あまりに魔術師然とした姿で寮に入ったため、生徒から注目を浴びていたがエストは気にしていなかった。


 少し気分を良くして部屋に入ると、少々の違和感を覚えた。



「……椅子がズレてる?」



 今朝部屋を出た時は机に収まっていた椅子が、少しだけだが引いてあった。

 誰かが間違えて入ったと思うエストだが、すぐに自分が浮いている存在であることを思い出す。



「……無色の魔石が無くなってる。なるほど、そういうことか。それにしても、よく研究中の魔石に手を出したな」



 完全に盗まれていた。

 寮の部屋に鍵はあるが、ドア自体が少し古びていることもあり、鍵が機能していないのだろう。

 今日はたまたま無色の魔石を手に入れていただけにダメージは小さいが、エストを怒らせるには充分だった。



「杖を盗まれたら悲しいからな。犯人には罰を与えよう。──氷像ヒュデア



 鍵穴を氷で改造し、同時に作った専用の氷の鍵でしか開かないようにした。

 外から強引に入れるか試したが、ビクともしなかった。

 また、念には念をということで杖以外の貴重品は氷の箱に入れ、これもまた専用の鍵で開くようにした。



「明日、学園長に言っておくか。そろそろ学園に居る意味も薄れてきたし……ダンジョン攻略の方が楽しい」



 魔術学園でまともに利用したのは図書館だけだ。

 それ以外は得るものも無く、ガリオやミィ達とダンジョン攻略をしている方が何倍も有意義である。


 ちなみに、まだミィの耳を触らせてもらっていない。


 犯人に対し怒りというより呆れに近い感情を抱いたエストは、水魔術で体を清めてから眠ったのだった。










「──すまなかった。すぐ犯人を見つけよう」



 翌朝、始業前に学園長室を訪れると、盗難されたことを説明してすぐ学園長は頭を下げた。



「別に見つけなくていいよ。次何か盗まれたら師匠の所に帰るから」


「……絶対に見つける。再発は許さない」


「お好きにどうぞ。ちなみに犯人の特定自体は簡単だよ。全属性の魔力がこもった魔石を持ってたら、その人が犯人」


「全属性? 六大属性のことだよな?」


「うん、実験中のものを盗まれたから。学園長の魔力感知なら余裕だよ」



 言外に六大属性全てを扱えると言うと、事前に魔女エルミリアから聞いていたとはいえ、その適性の恐ろしさに舌を巻く。


 今回、魔石を探す点において、エストの魔力感知では見つけられない。

 いかに自分の魔力と言えど、親指程度の大きさを探すには感知能力が足りないのだ。


 学園長は深く頷き、そういえばと話し始める。



「ダークウルフを倒したらしいな」


「知ってたんだ。ガリオさんたちの協力があったからね」


「どの口が言う? 聞けばマリーナも参加していたとか。それに、氷の魔術で倒したと」



 窺うような視線がエストに刺さる。

 しかしエストは気にした様子もなく、強いて言うなら『土でやればよかったかな』と思う程度だった。



「適性は言ってない」


「当たり前だ。君の適性は異例中の異例だ。ただ、今後は気をつけた方がいい。学園内の出来事なら私も動くが、外で起きた事は関与していないからな」


「もちろん。面倒になったら森に帰るし、学園長が気にする必要は無いよ」


「……ほう? 取引のつもりか?」


「僕に何のメリットがあるのさ。これは取引じゃなくて揺さぶり。どんな理由があって僕を学園に居させたいのか知らないけど、餌が無いなら出て行くよ」



 学園長がエストを欲する理由。

 一つはただの興味だ。魔女エルミリアの弟子であり息子。そして今までに例が無い氷の適性を持っていること。

 上位属性自体の適性は何度か報告されているが、氷はエストが初めてである。

 ましてや、六大属性全てを扱えるのも。

 故に、エストの魔術を見たいという点。


 そしてもう一つ。



 それは────今代の賢者である可能性。



 賢者というのは、あらゆる魔術を使う魔術師のこと。

 おとぎ話や伝説、伝承として語られる賢者は、魔物の軍勢を退け、国や街を救ったと言われている。


 しかし、それは初代賢者の話。


 二代目の賢者は、その力に溺れて私利私欲のために魔術を使った。賢者に楯突いた人々を街もろとも氷漬けにし、極悪人として名を轟かせた。


 もしエストが賢者であるなら、三代目に相当する。

 六つの属性を、そして氷を得意とするエストの適性は、二代目賢者に最も近いからだ。



「……君は賢いな」


「賢くさせたのは師匠とアリアお姉ちゃんのおかげ。それじゃ、もう授業が始まるから。またね」


「ああ。魔石の方は私で探そう」



 エストは釘を刺すように二人の名前を強調すると、教室へ向かった。特に学ぶことが無いのに出席するのは、まだ餌を待ってくれていることの証だ。


 学園長はそんなエストを見送ると、ため息をついた。



「はぁ……エルミリア、貴女は異常だ。そして貴女の周りも異常が集まる。彼は何をしたら喜ぶ? いや、興味を持つ? 小魚を譲ってもらったと思えば、とんでもなく大きな肉食魚だったぞ」



 エストを学園に残すための何かを探すべく、まずは魔石を盗んだ犯人を見つけることから始めた。

 餌を用意する前に、出て行く原因になりかねない障害を排除する。暫定でも賢者ならば、逃がしたくないのだ。




「全く、今世紀最高の馬鹿を見つけるぞ」

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