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第22話 異常な攻略速度

 ダークウルフとの一件から一週間が経ち、遂に午前の座学すらサボったエストは、朝から冒険者ギルドに訪れていた。

 今日はガリオと三十階層へ行く約束をしていたのだ。



「来たな、股間照明……おいやめろ! 俺が悪かった!」


「随分な挨拶だね。さあ、いくらでも股間を光らせてあげよう。どう? 今日一日それで過ごすのは。似合ってると思うんだけど」



 不名誉なあだ名で挨拶をされたエストは、ガリオの股間を光らせてやった。

 それを見た周りの冒険者は、いつもの事と思いつつも、笑ってしまう。

 流石に笑いものにされてはBランクが廃るので、ガリオは降参のポーズをとって止めさせた。



「本当に悪かった! それと今日は他にも参加する奴が居るから紹介させてくれ」



 ガリオの言葉で、控えていた三人の冒険者が前に出た。

 それぞれ、大盾と直剣を背負った重戦士、大きな杖を持った魔術師、弓を持った猫獣人だ。


 しかし、一人だけ知っている顔があった。


 クーリアと魔法陣の構成を洗っていた、マリーナだ。

 何故かマリーナが冒険者として参加していた。



「オレはディア。見ての通り、重戦士だ」


「私はマリーナ……って知ってるよね」


「ウチはミィ! 弓の腕なら負けないニャ!」



 色々と言いたいことはあるが、一旦全て飲み込んだエストは、冷めた表情でガリオに詰め寄った。

 その冷たさは威圧感があり、自然とガリオの呼吸を浅くさせる。



「……どういうこと?」


「ど、どうって?」


「事前の告知無しに守る対象を増やさないでほしい。ダークウルフに勝てそうなのはガリオさんだけだったから、僕は誘った」


「いや、ディア達も充分戦えるぞ?」


「戦える、じゃない。勝てるか聞いてる。どうなの? 彼らは一人でもダークウルフ相手に勝てそう?」


「……それは分からない」



 エストがガリオに話を持ちかけたのは、何かあった時、お互いに助け合えると判断したからだ。マリーナの実力を知っている以上、ガリオのように共に戦えるかと言えば、答えは否。


 信用もおけない相手に、命を預けたくない。

 エストの言いたいことを汲み取ったガリオは、顔を伏せて謝罪の言葉を吐いた。



「別にいいけどね。ただ、僕が守るのはガリオさんだけ。ううん、僕が《《守れるのは》》、だけど。僕だって万能じゃないから」


「エスト……」


「あまり、僕を過信しないで」



 エストの持つ武力と魔術の強さ、その指標はアリアと魔女エルミリアである。

 片方は一ツ星の凄腕冒険者であり、もう片方は常軌を逸した魔術師だ。

 普通の人と感覚がズレているとはいえ、常に自分が彼女らより弱い存在であることの認識が、あの時ダークウルフから逃げる選択を取れたのだ。


 唯一の間違いは、ダークウルフに魔術を撃つ前に逃げたことだが。


 ガリオは三人と話し合うと、本当に着いて行くか話し合いを始めた。

 エストは結果を待っているだけなので、手のひらアリアで遊んでいると、近くに居た冒険者に話しかけられた。



「それアリア様だよな? 凄い再現度だ……」


「組手の再現もできるよ。ほら」


「スゲェ! それは何の魔術なんだ?」


「秘密。アリアお姉ちゃんへの愛が為せる技だよ」


「……お前、変わってんな」


「それ、よくガリオさんに言われる。ユーモアがあると言ってほしいね」



 そんな話で盛り上がっていると、話し合いが終わったようだ。

 またアリア談義をしようと言い、少し柔らかくなった顔を元に戻した。



「全員行くぞ。冒険者になった以上、覚悟はできてる」


「マリーナも?」


「こう見えてCランク冒険者だぞ」


「……騙されてない?」


「失礼な! お前が異常なんだよ!」



 それもそっか、と納得したエストは、改めて自己紹介として魔術師であることを言うと、作戦は歩きながら話すことにした。


 帝都を出てすぐ、エストはこんなことを言った。



「三十階層までは僕が先頭で行くよ」



「待て待て、危険すぎる。オレが前を行くぞ?」


「ディアさん、いちいちスケルトンに構ってたら何時間かかると思ってるんですか?」


「いや、普通は時間をかけて進むだろう」


「具体的には? 二十階層のゴーレムまで」


「六時間といったところか」



 エストは絶句した。

 そんなに時間をかけていたら、午後から入ったとすると門限に間に合わないじゃないか、と。



「はいはい質問! エストっちは普段どれくらいでゴーレムまで行ってるニャ?」


「一時間半。それとその語尾は?」


「……ん? 『しちじかんはん』の聞き間違いかニャ? それと語尾はこうした方が人間ウケが良いからニャ」


「そう。あと『いちじかんはん』ね」



 ミィの語尾に納得していると、今度は四人が絶句した。


 それはエストの驚異的な攻略速度に、である。

 断じてミィの語尾の理由を初めて知ったからではない。

 冒険者として付き合いが長いガリオでさえ、ミィの語尾には触れなかったが。



「……エスト君、普段の攻略の様子を見せてくれない?」


「もちろん。元よりガリオさんにペース配分を見てもらいたかったし」


「一応言っておくが既に早すぎるぞ」


「まぁ、ディアさんの話を聞いてそんな気はしてた。それでもね」



 一体どんな攻略を見せられるのか。

 ガリオ以外の三人はワクワクするが、一方で不安もあった。それは、エストが嘘をついている可能性だ。


 エストがガリオに魔術を教えているのは有名だが、実際にその魔術を見た者はいない。

 マリーナでさえ、知っているのは手のひらアリアだけだ。


 故に、本当はもっと時間がかかっているのでは? と、疑ってしまう。


 しかし、ガリオは違った。


 エストの火魔術を見てる以上、納得したのだ。

 初級魔術で上級魔術以上の威力を出せる彼なら、やれるのだろうと。




 迷宮前に着くと、エストを先頭にディア、ガリオ。

 中衛と後衛にマリーナとミィが続く形になった。


 入口の階段を降りると、エストは言う。



「さ、準備運動。これから走るよ」


「走るのか?」


「歩いてたらお昼ご飯が食べられない。疲れたらオークとの戦いで休憩して」


「まさかエスト君、十層まで走る気!?」


「それに六階層からは罠があるニャ!」



「罠……掛かったことないからわかんない」



 ストレッチをしながらそう言うエストに、四人は「こいつマジか」という目で見てしまう。

 それもそうだ、六階層以降に出現する罠はほんの僅かな景色の違いでしか見つけられないため、慎重に進む必要がある。


 だがエストは、罠を小さな魔力の淀みとして捉えられるので、今まで掛かることが無かった。



 そしてそれは、アリアの教えでもある。



「罠に掛かったらアリアお姉ちゃんに怒られるから。初めに感覚を掴んだら、後はそれを避けるだけ」


「よ~しお前ら、必ずエストの踏んだ道を歩けよ」



 ガリオの言葉に三人は頷き、準備が整った。

 それを見てからエストは、一定のペースで走り出した。


 道中、現れたゴブリンは土針アルニスで倒す。


 火針メニスではないことにガリオが首を傾げていたが、どうせ異常ということで飲み込むと信じ、魔石を回収してまた走る。

 魔石回収を含め、全力疾走と変わらないペースでゴブリンを倒す光景に、四人はある種の恐怖を抱いた。



「エスト。お前、ゴブリンが消える時間も見極めて殺してるのか?」


「うん。立ち止まったら疲れるし」



 あまりに計算された動きだったので、つい聞いてしまったことを後悔した。

 想像以上にエストはおかしかったのだ。



「エストっち、さっきから迷いなく階段に行ってるけど、ダンジョンマップを持ってるのかニャ?」


「何それ。地図っていうか、ここの地形なら覚えてるから大丈夫」


「……おほほほ、分かったニャ」



 ダンジョンは大体一週間で構造が変わる。

 それはダンジョンが生きているから、という説が有力だが、実際のところは分からない。

 ミィの言ったダンジョンマップとは、週に一回、ギルドで売りに出される高価な地図のことだ。作図ができる貴重な冒険者が、二十階層までの構造を記した物である。


 しかし、エストはそれを見ずに把握している。


 優れた魔力感知の技術により、次の階層から溢れる魔力の源へ向かって走るだけで、階段に辿り着くからだ。


 そんなこんなで三十分。


 十階層の主部屋に着いた。



「このままオークの部屋に入るよ。休憩は中でして」



 そうして息を切らしたマリーナを連れ、五人は主部屋に入った。


 中で待ち構えていたオークに、盾を構えたディアが突進するが、到達する前にオークの足元から大きな土の杭が貫き、魔石へと姿を変えた。




「「「「……え?」」」」




「お、無色だ、ラッキー。マリーナが息を整えたらまた走るよ。限界ならディアさんかガリオさんに背負ってもらってね」




 ギルドで合流してから、ここまで一時間と少し。

 あまりにもおかしな討伐速度に、四人は考えることをやめた。

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