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第210話 いたずらごころ


「今日の特別講師はマルカ。団長なんだって」



 そんな軽い紹介で教室に入って来たのは、宮廷魔術師であることを示す杖の記章を胸につけた、団長のマルカだった。

 長い茶髪は後ろでまとめられ、いかにも講師風な雰囲気を放つ姿に生徒のミリカが反応した。



「ね、姉さん!? どうしてここに?」


「ミリカちゃん……これにはワケがあってね……」


「知り合い?」


「はい。ミリカは妹なんです」


「なるほどね。だから名前が似てるのか」



 突然の宮廷魔術師団長の登場にも驚かない生徒たち。

 その上ミリカとの姉妹関係も発覚するが、もう何があっても驚かないという彼らは、エストの方へ視線を向けた。



「午前中はマルカと実技授業。午後は講義。システィは今日休み。討伐依頼でも受けてるんじゃないかな」



 せっかく特別講師が来るならと、システィリアは冒険者としての勘を鈍らせないために依頼を受けた。

 休日ぶりの魔物との戦いは、彼女にとっても良い気分転換になるだろうと、エストは快く送り出した。



「それじゃあ外に行こう。マルカ、模擬戦でもして実力を見せてあげて。みんなは自分の実力を知ること。いいね?」



 全員が頷くと、教室を出る。

 マルカとエストが生徒を追って歩いていると、彼女が不安そうに言う。



「この子たち、私より強い……ですよね?」


「さぁ? 君の経験を知らないから何とも」


「下手をしたら退任させられそうです」



 その言葉には反応せず、土を踏むエスト。

 内心では負けはしないと予想するが、クオードやミリカなどの実力者はそれなりに拮抗すると思っている。

 マルカの実力も知らないが、魔族との戦いである程度の差は実感した。


 それを踏まえて、マルカが負けないと思ったのだ。



「──じゃ、始めようか」



 生徒らが整列すると、エストが手を叩く。

 完全無詠唱で使われた氷像(ヒュデア)の狼が現れると、エストの隣でおすわりした。

 ストレッチを始める生徒を横目に、目を白黒させるマルカに説明し、遂にその時が来る。



「十五分逃げ切ったらご褒美ね。はいスタート」



 懐中時計を閉じた瞬間、狼が歩き出す。

 今回は生徒に混ざってマルカも走ることになり、諦める時は徐々に速度を落とした方がいいと、周りの生徒からアドバイスを受けた。


 恐ろしい訓練をすると思い、マルカは──



 八分で脱落した。

 悲しいことに、最下位である。



「あと一分……残ったのはアウストとミリカか。クオードは残念だったね」


「足を挫くとは思わなかった」


「よく頑張ったよ。あ、ルミス、循環魔力を一定にして。違う、増やさなくていい。血が体を巡るようなイメージで……そう。上手いじゃん」



 怪我の手当てをするルミスの指導をしながら、狼の走る速度を上げていく。

 魔法陣を見て的確に修正するルミスに、マルカは恐怖した。


 なぜなら、上位の治癒士と遜色ない腕だからだ。


 手当てを始めた時は円の速度に僅かなズレがあったものの、エストの声一つで急激に改善された。

 普通なら修正出来る生徒を評価すべきなのだが、皆はエストのおかげだと言う。


 だがマルカには、エストより生徒が輝いて見えた。



「凄い腕。ウチの師団にも欲しいくらい」


「えへへ……でも、先生が教えてくれたからなんです。それに、宮廷魔術師団には興味が無いので……」


「──えっ?」



 これだけの腕を持っていながら、なぜ宮廷魔術師にならないのか。

 その意味が分からないマルカは、唖然としてしまう。



「三、二、一……じゃあこのまま限界まで行くよ〜」


「「はぁ!?」」


「魔物は一定時間で逃げたりしない。走れ〜」



 ご褒美は確定したものの、終わりはしない。

 より強い魔術師になるために体力はあって困ることがない。

 狼の速度は上げずに、ここからは持久力を鍛える時間に入った。


 残りの生徒にはひと足早く的当てを始めさせ、狂気に満ちた実技授業に戦慄するマルカ。



「……宮廷魔術師よりも厳しいですね」


「そう? なら冒険者の方が大変だ。あっちは常に死と隣り合わせからね」



 合わせて二十分も走り続けたアウストたちに水を渡し、労いと鍛錬の成果を褒めたエストは、マルカに模擬戦を始めるように言う。


 宮廷魔術師と比較しても生徒の方が厳しい鍛錬を積まされているのだから、マルカの目も鋭くなる。


 クオードが最初の模擬戦相手として挙手をした。

 学年単位で見ても最優秀のクオードは、開始前にこんなことを言った。



「全力で行く」



 それに対してマルカは、



「受けて立とう」



 確かな自信を持って返す。

 模擬戦のため学園から支給された、低出力の杖を握る二人。

 他の生徒の合図で始まると、クオードが肉薄する。


 彼は日頃から鍛えているだけあってかなりの勢いで突っ込むが、突然足元から生えてきた土の槍に、大きく横へ跳躍した。


 着地の瞬間を狙って更に槍を出すが、瞬時に氷の足場を作って難を逃れる。



「これに反応できるのか」


「システィリア先生から『魔術師相手にジャンプは自殺行為』とは教わっていたので」


「対応できるなら問題無いだろう」


「……ええ。貴女が相手なら」



 エストが相手なら氷を貫く槍を出す。

 システィリアが相手なら、そもそも跳ぶ隙すらもらえない。

 それ即ち、クオードにとってちょうどいいレベルの相手がマルカであること。


 決して彼女を下に見ているのではない。

 他の二人があまりにも高すぎるために、相対的に下に見えてしまうのだ。



「学園は君ぐらいの実力者だらけなのか?」


「……さぁ、どうだろう」


「嫌な言い方をする」



 無論、クオードほどの実力者など学園で見たらひと握りだ。

 しかし今のクオードは、極度に集中しているがために、返答に思考を割けないでいる。


 マルカは一度大きく深呼吸すると、杖を構え直す。

 完全無詠唱の遅延詠唱陣で土槍(アルディク)を大量に配置し、相手が突っ込んでくるのを待つ。

 これは宮廷魔術師団の敷地にも張っている、防護用としてマルカが開発した術式だ。


 遅延詠唱陣を隠す技術は、魔道書にも記さないほど徹底した秘匿っぷの世紀の大発見である。

 これにはクオードも靴の先が貫かれ、魔術の撃ち合いへと土俵を降ろされた。



「生徒は気づかないものだよな。安心した」


「……まさか先生はこれを?」


「一瞬でバレた。その上、敷地に張っている陣を全て破壊された」


「…………ウチの先生が迷惑をかけた」


「はっ、一撃入れられたんだ。満足してるさ」



 チラりとクオードの後方を見れば、複数人の生徒からの質問に、それぞれ違う魔法陣でヒントをあげるエストが居た。


 聞こえていなくとも分かる話の高度さに、すぐにクオードへ視線を戻す。


 青い多重魔法陣を向けられるが、マルカは動じない。

 冷静に完全無詠唱の土壁(アルデール)を発動させ、クオードから放たれた水槍(アディク)を受け止める。


 が、しかし──



「んッ!? ……どういう仕組み?」



 壁に止められた槍が回転することで、小さな穴を開けた。そしてあろう事か、クオードの放った水槍(アディク)は壁を貫通し、マルカの頬を掠めた。


 土が混ざったせいか、頬が切れている。

 血が垂れる程では無いにしろ、並の魔術師なら集中を削がれる痛みが走った。



「属性はあくまで属性。それだけが魔術の優劣を決めるものではないと、先生は仰った。まさか……本当だとは思わなかったが」



 クオードの奥で、エストが見ていた。

 遠くからでも分かるほどに瞳を輝かせ、王国最強格の魔術師を相手に壁を打ち破った魔術を見ていた。


 マルカは知らない。

 放たれた水槍(アディク)に、氷が混ざっていたことを。

 そしてクオードは、確かな自信を得た。


 これなら……勝てるかもしれない、と。



 しかし、相手は宮廷魔術師。

 それも団長である。



「素晴らしい。君ほどの魔術師が多ければ、私は幸せになれるのだがな。あぁ、認めよう。クオード君、君は強い魔術師だ。この私が保証する」



 クオードの全身を覆うように土針(アルニス)の魔法陣が現れると、身を守るように水で体を包むクオード。

 だがそれらの魔法陣が一瞬にして消え、ブラフだと気づいた時には遅かった。


 眼前に迫っていたマルカが杖の石突きをクオードの顔に突きつけ、彼の背後にも土槍(アルディク)の魔法陣が展開されていた。


 チェックメイトである。挽回の手は無い。

 例え打てたとしても、経験の差で埋められる。



「参った……流石です、宮廷魔術師団長殿」


「面白かった。よもや学園生にこれ程の逸材が存在するとは思わなかった。胸を張れ」



 クオードの胸をトントンと叩くと、マルカの模擬戦は次の生徒へ移る。

 少し離れた位置でその様子を観察しながら、大量に張られた不可視の魔術に意識を向けた。



「あの人は……これが見えたのか」



 目を凝らしても見えない、完全無詠唱の遅延詠唱陣。

 魔力感知で僅かに引っかかる程度の何かがあるのは分かっても、術式までは読み取れない。


 エストに一撃入れたというのも納得出来る()()()に、唾を飲み込んだ。



「マルカって、あの魔法陣に余程自信があるんだね」



 座って見ていたクオードの隣に、エストがやって来た。



「先生……」


「面白そうだから一度受けてみたんだけど、術式じゃなくて魔法陣の方を自慢するなんて、可愛いよね」


「……システィリア先生に怒られますよ」


「まさか。子どもに可愛いって言って怒るほどシスティは嫉妬深く…………あるかも」



 安易に『可愛い』などと言えば、嫉妬したシスティリアに一日中耳を押し付けられるのはエストである。

 そんな姿も可愛いのだが、今はそれよりもマルカの魔法陣に対して関心があった。



「問題。遅延詠唱陣はどこにある?」


「……足元ですよね」


「ぶっぶー。もっと()()見てごらん」



 深く、深く。エストに言われた通りに深読みをしようと思考を巡らせると、『言葉通りの意味だよ』と補足されてしまう。

 そして本当に言葉通り、深く……土の中まで魔力を広げると、確かにあったのだ。


 完全無詠唱を装った、ただの遅延詠唱陣が。



「ね、単純でしょ? 土の中まで感知しようなんて普通は思わないし、もし見つけてもどうしようもない。だから僕は、他に意味があるのかもと思って、昨日わざと食らったんだけど……」


「ただそれだけだった、と」


「うん。でもこういうシンプルな技術が、君を負けさせた。魔術師って案外、技巧的な上手さよりも子供騙しな技の方が有効なんだよね」


「どうしてですか?」



 つい聞いてしまうクオードに、エストは──



「魔術を楽しんでないから。悪戯心のある魔術師は、ああやって簡単な技で相手を圧倒する。君とマルカの差なんて、心から魔術を楽しめているか。それだけだよ」



 実力的には互角、むしろクオードの方が上だと言うエストだが、たったその一点で絶対に勝てないと知っている。


 ゆえに、今のエストには覇気が無い。

 子どもが砂場で遊んでいるような、好奇心に満ちた目をしているからだ。



「悪戯心……難しい話だ」



 宮廷魔術師になるべく教育を受けてきたクオードには、まだまだ長い道のりである。

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