第16話 初めてのダンジョン
友達と呼べる者が作れず、学園生活は二日目に入った。
午前の座学は読書をしていると終わったので、エストは帝都のパン屋で格安の堅パンサンドを買った。
午後は全部実技の授業だ。
学園長から実技は免除されているため、学園に居る必要が無いので午後は街を歩ける。
少しラッキーな気持ちで散策していると、大通りで魔道具屋を見付けた。
見た瞬間には店内に足を踏み入れ、物色する。
「魔道懐中時計、一つ120万リカ」
エストの所持金は五万リカである。
これは一般的な使用人の月収の四分の一であり、月に十五万リカ稼げたら充分だとアリアに教わった。
そして時計の値段を見て、腰の懐中時計に触れた。
「……師匠、ありがとう。アリアお姉ちゃんも」
改めて二人に感謝し、店を出た。
もうお金の価値を理解したエストは、幾つもの魔道懐中時計を分解したことに申し訳なさを感じている。
せめてもの親孝行として、お金を返したい。
魔女なら要らないと言うだろうが、それでも。
自分の生活費を稼ぎながら貯金する。
無事に卒業できたら、お金と気持ちを贈る。
エストの心は燃えていた。
学園生活よりも、魔女とアリアが大事なのだ。
「──お金、稼ぎたい」
「と、言われましても……えぇと」
帝都の冒険者ギルドにやって来たエスト。
受付嬢にそれだけ言うと、困惑の表情を浮かべられた。
そもそも冒険者の在り方を知らないエストにとっては、ただ魔物を狩ればいいという認識しかない。
しかしそれは何かが違うと感じていた。
そのため、お金の稼ぎ方として冒険者のノウハウを聞いたのだ。
……言葉足らずも極まる聞き方だが。
「魔術師でEランク。どうしたらいい?」
「そういうことでしたら。危険度の低い依頼や、恒常納品を達成してください」
「……依頼は、やだ。恒常納品って?」
「やだって……恒常納品は薬草や魔石、魔物の討伐部位が納品対象になります。一定数納品されますと、ランクが上がるのです。薬草納品がオススメですよ」
受付嬢は、体力の少ない魔術師が冒険者に向かないことを知っている。
そのうえ子どもが相手となると、そう危険が少ない依頼であっても、紹介することが躊躇われるのだ。
なので薬草納品を勧めたが──
「魔石納品がいい。近くにダンジョンはある?」
「え゛っ」
おおよそ受付嬢から出てはいけない声が出た。
薬草は浅い森に入れば採れるが、魔石はダンジョンと呼ばれる危険な場所で、魔物を殺さないと得られない。薬草の知識もダンジョンの知識もあるエストは、せっかく体力作りをしてきたので、楽しそうな方を選んだ。
「そこの少年よぉ、マジで死ぬぞ? やめとけ」
「そ、そうです! 流石にダンジョンは危険が大きすぎます! せめてC、いやDランクになってから……」
「西か。それも結構近い」
闇魔術の応用で広域魔力感知を使い、帝都から歩いて一時間の位置にダンジョンがあることを認識した。
受付嬢の表情は固まり。
忠告した冒険者は呆れ。
エスト本人はワクワクしていた。
「じゃ、行ってきます」
そう言ってエストはギルドを後にした。
「……嘘でしょう?」
忠告を無視したエストを、見送ってしまった。
せっかくBランク冒険者のガリオが声を掛けたのに、興味すら示さなかった。
往々にして、先輩の言葉を聞かない者は死ぬ。
冒険者ギルドでは誰もが知ることだ。
「あ〜、俺が様子を見て来ようか?」
「……お願いします。あの子が無事に帰ってきたら、一緒に飲んでもいいですよ」
「マジ!? ミーナちゃんと飲んだ冒険者とか、俺が初めてだろ!」
「ちゃんと無事に帰ってきたら、ですからね」
エストの無事を確認。
それができたら、受付嬢は飲むと約束した。
この受付嬢ミーナは、お堅い女で有名だ。
二十歳は超えているが童顔で愛嬌があり、ひっきりなしに飲みに誘われるが、そのことごとくを断っている。
そんなミーナと飲めるなら。
ガリオは奮起し、ギルドを出た。
「でもあの子、どうやってダンジョンの場所を?」
受付嬢ミーナの不安は、募るばかりである。
当のエストはと言うと。
風の初級魔術「風球」を体にまとわせ、若干軽くなった体重で帝都の外を駆けていた。
歩いていけば一時間かかる距離。
走って行けば……10分だ。
走る速さはゾンビ君の10分経過した速度と同じくらいなので、アリア基準では全然速くない。
……アリア基準では。
「着いた。洞窟型?」
ダンジョンの入口は、大きな蟻塚のように土が盛り上がっている。
その付近では話し合いをする冒険者が多く、攻略ルートや報酬分配の話をしていた。
それらを無視したエストは、止まることを知らない。
早速ダンジョンに入った。
入口には階段があり、降りると広い洞窟になっている。
初めて来るダンジョンの景色に、好奇心が湧いた。
硬い土の壁を触ったり。
壁に魔術を撃ってみたり。
舐めてみたり。
「……ジャリジャリする」
水魔術で口をゆすいでいると、奥から緑色の肌をした子どもが歩いてきた。
これは絵で見たことがある。
ゴブリンだ。
エストは砂利と共に水を吐き出す。
するとゴブリンは、鋭い爪を立てて走った。
「人影……無し。氷鎧」
前後を確認してから、エストは氷魔術を使う。
薄く、されど異常に硬い氷で体を覆うと、ゴブリンの爪はカシュッと音を立てて弾かれた。
ゴブリンの攻撃は、生身であればかなり深い傷を負わせる程には鋭い一撃だ。
「アリアお姉ちゃん、よくこれ砕いたな」
トレーニングでは、アリアと組手をすることもある。
その際この魔術を使ったのだが、アリアが小突いただけで砕けていた。
龍人族のパワーは尋常ではない。
そんなアリアに鍛えられた体と魔術は、ゴブリンでは傷一つつけられやしない。
「サンプルありがとう。氷針」
地面から、針とは呼べない巨大な氷の杭がゴブリンを貫き、紫色の塵となって消えた。
ゴブリンの居た場所には、紫色の小さな石──魔石が残った。
これがダンジョンの特性である。
ダンジョン内で生まれた魔物は、死ぬと魔石になる。
その理由には様々な説がある。
魔石を核にダンジョンが見せた幻影説もあれば、死んだ魔物から魔力を吸収し、吸収し切れなかった魔力が魔石になる説など。
エストはこれといった新説は出せない。
ただ、ロマンはあるなと思った。
「階段だ。時間は……余裕。行こう」
魔道懐中時計で時間を確認し、先へ進む。
ダンジョンの型は幾つかあり、この帝都付近のダンジョンは最も多い型のダンジョンだった。
このタイプは、洞窟型下層式と呼ばれている。
最深層は不明だが、アリアの半分くらいの強さの魔物が出たら引き返そうと、エストは決めた。
そしてダンジョンには、十階層ごとに主部屋と呼ばれる部屋があり、ダンジョンの守護者と称される強力な魔物が待ち構えており、腕に自信が無い者……ランク的にはB未満の冒険者が単独で挑むことは、ある種のタブーと化している。
しかし、エストは知らない。
前に講習会で聞いたこともあるような気がするが、まともに聞いていないので憶えていない。
そんなエストの前に、大きな扉が建っている。
そう、気づいた時には十階層の主部屋へと来ていたのだ。
「なんだかワクワクするね。こういう時こそ落ち着いて行こう」




