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第130話 吸う者、吸われる者


「エスト〜? な、何しているのかしら?」



 復興開始から三日目の朝。

 半日以上眠っていたエストだったが、目が覚めるとシスティリアの胸に顔を埋めていた。



「新鮮なシスティリア成分の補給」


「真顔で答えてんじゃないわよ!」


「……今日はずっとこうしてる。疲れた」


「まだ朝なのだけれど……しょうがないわね」



 昨日あれだけボコボコにされたのに、また翌日も頑張ろうとは思えなかった。

 寝ずにずっと魔術を使い、子どもに砂を投げつけられて気持ちも沈む。

 今日くらい、甘えないと気が済まないのだ。



「ほら、胸はやめて尻尾にしなさい」


「やだ」


「やだじゃないの。恥ずかしいのよ」


「……実は僕も恥ずかしい」


「アンタが恥ずかしがってどうすんのよ!?」



 流石のエストも、システィリアの色気にあてられている。

 よく見れば頬や耳も赤くなっており、その言葉が真実だと分かる。

 体を起こして胸からお腹にエストの頭を動かしたところ、ヘッドボードの前に大きな水球アクアのクッションが現れた。


 触れる火球メアの応用であり、沈むような柔らかさに彼女の体重が乗せられる。



「良いクッションね。二度寝できちゃうわ」


「……ぷにぷに」


「それはこの魔術のことかしら? それともアタシのお腹のことを言っているのかしら。場合によっては怒るわよ」


「おっぱい」


「急に知性を失わないでよっ!」



 正直、かなり限界に近かったのだ。

 助けた相手から傷つけられたという事実は、改善しつつあったエストの『対価』への厳しさが再燃する。


 ふぅっと大きく息を吐いたシスティリア。

 これまで歩きっぱなしの働きっぱなしの生活をしていたので、今日ぐらいは甘えさせてあげたくなってきた。


 優しくエストの髪を撫でると、腰に回されていた腕にギュッと力がこもる。

 システィリアは基本、薄着である。そこで顔全体をお腹に当てているエストは、彼女の鍛えられた腹筋を感じつつも柔らかさを堪能していた。


 薄い布越しに感じるシスティリアの体温と、細くしなやかな手で撫でられる時間は、エストにとって至福のひとときである。



「……ねぇ。エストは子ども、何人ほしい?」


「唐突だね。う〜ん……百人?」


「そんなに名前考えられないわよ!」


「気にするとこそこなんだ。システィは?」


「三百人かしら」


「大丈夫? 人類のバランス崩しちゃうよ?」



 本当は五人と言うと、エストは『大きな家が必要だね』と将来を考え始めた。

 ゆったりとした時間が二人の空間を包む。

 次はどこに行こうかとか、何をしようとか考えるよりも、もっと先の未来を想像することが楽しい。


 ただのんびり触れ合っているだけで、胸が温かくなる。



「次はシスティの番。頭こっち向けて」



 新鮮なシスティリア成分を補給し終わったのか、エストは彼女の横に寝転がると、ぽんぽんと自分の胸を叩いた。


 口角を上げたシスティリアは、エストの真似をするように下半身に覆いかぶさり、胸の位置に頭を置いた。

 そして冷たくても芯のある温かさをもつ手で、ぴこぴこと動く耳を撫で始めるエスト。



「アタシの耳、好き?」


「好きじゃない。ごめん」


「…………そう」


「大好きだもん。好きよりももっと大きいから」


「……もうっ!」



 ぷくーっと頬を膨らませながら顔を上げるシスティリアに、表情を柔らかくした。

 耳を撫でていた右手を少しずつ下げ、髪からこめかみ、頬へと移していくと、もちもちの肌を優しく滑らせる。


 溶けていくように笑顔になった彼女は、ゆっくりとエストの顔へ近づいていた。

 そして目と鼻の先にシスティリアが来ると、彼女の後頭部に手を回し、そっと抱き寄せる。


 しっとりと柔らかな2つの色気が触れ合い、静かな愛を伝え合う。


 明日死ぬかもしれないこの世界で、互いの未来を想える相手と出逢えた喜び。何度命の危機に瀕しても、この人が隣に居れば生きていられる。

 そう心から思える二人は、出逢うべくして出逢ったと言えるだろう。



「はぁ……早く旅が終わってほしいと願っちゃうのは、アタシの悪い癖ね」


「実は僕も同じことを思ってた。でも、僕たちならもっと色んなことができるはず。この力は、普通の人にはできない経験をさせてくれるはずなんだ」


「……もう充分味わったわよ。二度も魔族と戦ったのよ? ずっとアンタとこうしていても、バチが当たらないと思うわ」



 鍛え上げられた胸筋に頬をすりつけながら、システィリアは口を尖らせた。

 確かに、一般人からすれば充分な経験だ。

 方や魔女と賢者の弟子。方や絶滅したとされる白狼族。

 生まれた時から普通の生き方が似合わない二人は、人並みの幸せを望む。


 彼女の気持ちが痛いほど分かるエストは、優しく頭を撫でることしかできない。



「普通に生きたい……エスト。アンタはアタシを、幸せにしてくれる?」


「うん、約束する。僕はシスティを幸せにする。だからシスティも、僕を幸せにしてほしい」


「……当たり前よ」



 そう言うと、次はシスティリアの方から口付けを交わした。


 そこにあるのは、純然な幸せを享受することへの感謝だ。

 押し付けがましさを感じる激しい接吻を、エストは優しく受け止める。


 システィリアはこうでないと。

 そう思いながら渡された気持ちを、二人の中で交換する。


 ここまで濃密に接したことはなかった。

 それはお互いに、自分の気持ちをぶつけるだけで終わってしまうのではという危惧から来るものだ。


 しかし、今は違う。


 絶対に受け止めるという想いと、受け止めてもらえるという信頼が構築された以上、遠慮する必要がなくなった。



「ふふっ……興奮してきちゃった」


「今はまだダメ」


「分かってるわよ。でも、そうね……今は、だものね。今夜にでも襲っちゃおうかしら?」



 ペロッと舌を出して言うシスティリアに、両手で頬をムニムニと弄る。



「僕だって耐えてるんだ。頑張って」


「本当に凄まじい自制心ね。ふふっ、いいわ。いつかデロデロに溶かしてあげるもの。精々頑張ることね」



 這うように近づいたシスティリアが、妖艶な表情でエストの頬を撫でた。

 その色気にドキッと胸が高鳴るのを感じたエストは、本当に大丈夫かと疑わずにはいられなかった。


 それは、システィリアが大丈夫か、ではない。

 彼女の色気に自分が耐えられるか、である。


 いつの間にか立場が逆転していたことに気づくと、ズボッとシスティリアの服の中に手を突っ込んだエストは、こちょこちょとお腹をくすぐった。



「ちょ、やめ、やめなさ……あははは!」


「唯一の防衛手段。よく効くでしょ?」


「ふ、ふぅ……そうね、危なかったわ。このままくすぐられていたら、ちょっぴり漏れそうだったもの」


「早くトイレに行きなさい」



 年頃の乙女にはあまりに似つかわしくない言葉だったが、そこに気づける者は居なかった。

 数分して彼女が帰ってくると、ようやくいつもの尻尾の手入れが始まった。普段なら寝癖のつく尻尾だが、イチャイチャしている間に直っていたらしい。


 髪の方もエストの手櫛で落ち着いていたが、ブラッシングが気持ちいいからと、櫛を使って整えた。



「あれ、もうお昼だ。気づかなかったや」


「嘘でしょ? 時が経つのは早いものね……」


「まぁまぁ。お昼ご飯を食べたら、一緒にお昼寝しよう。それからおやつを食べて、またゴロゴロする」


「……ふふっ、そうね。一度休むと決めたもの。とことん休まないと損だわ!」



 こうして、体感的にはあっという間に午前が過ぎた。

 この間、宿の外でエストの警護がずっと待っていたのだが、二人は気づくことがなかった。




『俺……来る宿まちがえたのか?』

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