第129話 半壊したオアシス
夜の砂漠を襲い始めた魔族、万象のナト。
黒く澱んだその目には、映したありとあらゆる魔術を模倣できる力を持ち、かつて幾つもの国が彼の手によって滅ぼされた。
魔族の中では端麗な容姿の彼だが、今はその影もなく、どす黒い血で固まった砂のゴーレムと化している。
「魔族とやらはどいつも化け物なのか?」
「そうよ。他の魔物とは桁違いに強いの」
ゴーレムの胸には常に壊死光線の魔法陣が展開されており、僅かな魔力を感知して回避しなければならない。
ブロフがハンマーを大きく振って体勢を崩させるが、倒れた瞬間に壊死光線を使うせいでシスティリアが近づけない。
直撃すれば跡形もなく消し飛ぶ最悪の光魔術に、エストは何回も術式破壊を試みた。
「……何回消しても張り直される」
弱体化を図っていたエストに、更なる壁が立ちはだかる。
意外にも肉弾戦を仕掛けてくるゴーレムと戦っていた二人の足元が、ボコボコと沸き立つように隆起した。
後ろに跳んで様子を窺うと、膨らんだ砂がゴーレムの形となり、気味の悪い声を出す。
『アハハ、アハハハハハハ!!!』
『イヒヒヒヒヒッ!』
『アッアァハハハッ!』
「嘘でしょ…………増えたわ」
「死ぬまで殴ればいい」
「僕が斬りやすくする。合わせて」
エストも二人の横に出ると、水域で三体の足元を水に浸した。
一瞬だけ水溜まりに目を向けたゴーレムの頭上から大きな水球を落とし、パラパラと乾燥していた表面を粘土のように固める。
「今!」
目にも止まらぬ速さでシスティリアが剣を振る。
これまで刃が当たった瞬間に砂が弾けるような感触だったが、濡れたことでバスッと斬った感覚が手を伝う。
隣を見ると、ブロフも同様にゴーレムを大きく吹き飛ばし、倒れた所を粉々に粉砕していた。
しかし、その隙を突いて三体目がシスティリアに向かって壊死光線を放つ。
高速で回転しながら輝く魔法陣を目視した瞬間、光が放たれると同時に半透明な魔法陣に吸い込まれた。
何が起こったのか分からず首を傾げていると、再度システィリアの前に展開された魔法陣から、ゴーレムに向けて壊死光線が放たれた。
正面の砂丘ごとゴーレムが蒸発し、近づいてくる足音に振り向いた。
「システィ? よそ見しちゃダメ」
「……え、ええ。助かったわ。ありがとう」
立ちはだかった三体すべてのゴーレムを倒すと、太陽が顔を出そうとしていた。
これで終わるのかと安堵したのも束の間、再び足元が隆起する。
これまで以上の嫌な予感に苛まれ、それは現実となった。
「いち、にぃ、さん……追加で二十体ですって」
「こいつぁ骨が折れる。人手が足りん」
「…………あ」
乾いた笑いをこぼす二人が武器を構えると、エストは何かを見つけたように反応した。
「地中に本体があった」
「は、早く言いなさいよ!」
「ブロフ、そこに出すから壊して」
そう言って地形操作で埋まっている何かを持ち上げると、ゴーレムが一斉にエストの方を向いた。
胸に輝かせた魔法陣が発動される直前、ボコっと地面から本体が飛び出る。
それは、ナトの頭であった。
地上に掘り出されてなおケタケタと笑うそれに、ブロフがハンマーを振り下ろす。
メキャッと骨と中身が飛び散ると同時、二十体のゴーレムはあらぬ方向へと壊死光線を放ち、砂粒へと還った。
「お……終わり、なの?」
「……みたいだね。意外とあっさりしてた」
「アレを見てそう言えるのか?」
ブロフが指をさした方には、光が通った跡を残すように消滅した街の姿があった。
等間隔に並んでいた石造りの家は完全に蒸発しており、辛うじて形を残した建物は円形にくり抜かれている。
最後に放たれた二十発もの壊死光線が、べルメッカの半数近くの家を破壊した。
「魔族とは……恐ろしいものだな」
その言葉に尽きる。
魔術で街を大きく破壊したのは、歴史から見ても二代目賢者ぐらいだ。
似たような魔術が使えるエストは、魔族と同等以上の力を持っていることを自覚し、感情に任せて行使することは許されない。
物心がついた時には、魔女に教わっていたことだ。
思えば、マニフの時に使った氷魔術も、使う向きが悪ければ街を凍結させていた。
あの時は奇跡的に死者が出なかったが、今回は違う。
逃げ遅れた者や眠っていて避難誘導に気がつかなかった者は、痛みを感じる間も無く消えてしまった。
「……復興を手伝おう。前と違って、街の被害が大きい」
そうして、この日は一睡もすることなく復興に尽力したエストたち。
ブロフが資材を運搬し、エストが土魔術で家を建てていき、システィリアは家を失った人たちに炊き出しを行う。
『まさかこんなことになるなんて……』
「お婆さん、今直すから。ちょっと待ってて」
復興を初めてから二日目。
ナバルディから魔族よる被害と調査報告を受け、一軒ずつ消滅した家を建て直していた時のこと。
跡形も無く更地になった地面を固めていると、エストの背中に砂が投げつけられた。
振り返れば、十歳くらいだろうか。
涙目の幼い獣人が次の砂を手に、エストに振りかぶっていた。
「……急に家が無くなったらそうなるか」
自分だって幼い時にあの家を失い、忌避する人族がその場に立っていたら攻撃するかもしれない。
隣に居る年老いた獣人が止めようとするが、エストは見向きもせずに土像を焼成した硬い石材で家を建てていく。
家一軒を建てるのに使う魔力は、一般的な魔術師が十人ほど死に至る量だ。
ジオによって異常なまでに鍛えられたエストだが、休憩も無しに二日間も使い続ければ、魔力欠乏症の症状が出る。
『ありがとう。ありがとうねぇ』
「はぁ、はぁ……流石に……疲れた。帰る」
杖を地面に刺しながら、覚束無い足取りで拠点へ帰るエスト。
途中から砂を投げつける子どもが増えていたが、気にする余裕がなかった。
だが、道中、家族を失ったのか喪失感を顕にした犬獣人の男が、エストを見るなり勢いをつけて殴りかかった。
数メートルほど吹き飛ぶエストだが、反撃しようとしない。
そんな態度のせいか、更に殴り続ける姿を見て、近くに居た彼と同様に家族を失った獣人が止めに入った。
顔は腫れ、唇からは出血し、それでも黙って歩くエスト。
青白い顔で宮殿近くの宿に着くと、ちょうどこれから昼の炊き出しに行こうとしていたシスティリアと遭遇した。
「ちょっとアンタ、ボロボロじゃないの!」
「……寝る」
「ああもう、待ちなさい!」
杖を握ったままのエストを背負ったシスティリアは、僅かに重そうな素振りを見せながら部屋に運んだ。
そしてベッドに降ろそうとした時に、ガコンと杖が床に落ちる。
どうやら眠ってしまったらしい。
静かな寝息が肩越しに聞こえる。
ローブを脱がし、ベッドに寝かせて薄い布団をかけると、顔色の悪いエストの額を優しく撫でた。
完全無詠唱の回復で怪我を治すと、幾分か楽そうに呼吸している。
「人族だからって、恨まれてるのよね……アンタは充分頑張ってるわよ。ゆっくり休みなさい」
ただでさえ低い体温のエストが、より冷たく感じる。
再会してからエストがここまで魔力を使った姿を見たことがないので、自分が寝てる間にどれだけ働いたのか、想像することもできない。
ブロフはブロフで鍛冶仲間と共に荷物を運んでいる姿を見たが、エストは避難者から最も遠い場所に居るため、見かけることがなかった。
そのせいだろう。
家が無くなった獣人に嫌がらせを受けたり、恨みをかってしまうのは。
「すぐナバルディに知らせてくるから、少し待っててちょうだい」
優しく頬を撫でた彼女は、凛とした表情で宮殿へと向かう。
門番には顔を見せるだけで通すようにしてくれたため、歩く速度を落とさずにナバルディの居る執務室へと進んだ。
ゴン、ゴンと少し強めのノックをしてから入ると、報告を受けていたナバルディは彼女の表情を見て、顔を引きしめた。
「何があった?」
「うちのエストが住民に暴行を受けたのだけど、どういうことかしら? ドゥレディアは人族と敵対する道を選ぶということでいいのよね?」
「おい、そこの。来い」
ナバルディは近くに居た従者に耳打ちすると、従者は足早に執務室を去って行った。
「対応が遅れてすまない。エストに警護を付けた」
「……次にエストがあんな姿で帰ってきたら、アンタの命は無いと思いなさい」
「すまなかった。ワシの考えが至らなかった」
毅然とした態度のまま去るシスティリアの背中には、愛する者を傷つけられた怒りが滲んでいる。
五十日間の投獄で腕の鈍りを覚えたナバルディ。
獣人による人族への嫌悪感を取り除くのは困難を極めるが、これを機に大きく乗り出す決断を下した。
「街を滅ぼす魔族の討伐……彼らの功績は初代賢者と同じものだ。ワシらの国でも……できるやもしれん」




