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第117話 飛竜討伐のすゝめ


「まだ誰も来てない。先に終わらせる?」


「当然のようにアタシと同じ速さで走ってたわね。ちょっと悔しくなるじゃないの」



 ひと足早く現場に着いた二人は、通達通り四体のワイバーンが闊歩する平原で喋っていた。

 近くには農村が広がっているために、早期討伐が望ましい。


 被害が出てからでは遅いと思ったエストは、一秒にも満たない一瞬、魔力制御を辞めた。


 刹那、ビリビリと痺れるような魔力の匂いがシスティリアの鼻を突き抜け、離れた位置で休んでいたワイバーンたちが顔を向ける。



「野生だと、魔力に反応するから便利だね」


「アンタねぇ……何倍も匂いが濃くなってたわよ? どれだけ鍛えたっていうの?」


「とにかくたくさん。さぁ、昼ご飯の準備だ」



 四体全てのワイバーンが飛び上がると、エストに向かって飛来する。

 本能だけで生きる魔物の目には、さぞかし簡単に取れる極上の食材に映ることだろう。


 放たれた矢のような速さで接近したワイバーンだったが、突然現れた氷の壁に激突した。

 標準的な大きさの三体は両翼と頭だけが飛び出る形で挟まったが、少し痩せた個体は衝撃で首が折れて堕ちてしまった。


 地面の上でピクピクと動いていたが、直ぐに生命活動が停止する。



「あれ? 死んじゃった?」


「みたいね。ワイバーンって意外と首が弱点なのかもしれないわ。試してみようかしら」


「……僕らで全部倒しちゃっていいのかな?」


「いいに決まってるでしょ? 一応緊急よ」


「じゃあ壁から抜けそうな二体を倒す。その後、壁を消すから気をつけてね」


「ええ、任せたわ」



 衝突時に入ったひびを暴れながら広げたワイバーンが、氷の壁から抜け出した。

 晴れて自由の身となったところだが、無情にも真っ白な単魔法陣が向けられた。


 何の変哲もない上級氷魔術、絶対零度ヒュメリジである。

 しかしそれは、魔術を学ぶ者であれば違和感に気づけるものだった。



「あの感じ、上級なのに単魔法陣シングル? またアタシの知らない魔術の世界に入ってる……」



 そう、領域系かつ高威力の魔術になれば、必然的に構成要素が増えるために多重魔法陣として使うことが一般的である。

 にも関わらず、エストは一見して普通の魔法陣に感じても、中身が意味不明で単純シンプルな術式を組んだのだ。


 本職には劣るが、剣士としては異常と言えるほど魔術の勉強をしたシスティリアにとって、目の前で使っている魔術は理解ができない。

 後で聞いてみようと思っていると、不思議な魔法陣が輝いた。



「逃げないと死ぬよ。氷龍開口ヒュドラジア



 雪原に浮かぶ太陽の如き銀光が放たれると、正面に向けて筒状の冷気を吹き出した。

 指向性を持った極低温の冷気は、軽く触れた草の指先を白く染めていき、今にも飛びかかろうと翼爪を食い込ませたワイバーンを撫でる。


 一瞬だった。


 冷気に触れた翼脚から順に、巨体のワイバーンを完全に凍らせたのだ。

 あまりにも冷たいエストの魔術は、熱湯のように熱い血を送り続ける心臓をも凍結させ、命を物へ変えた。


 同時に二体のワイバーンを真っ白に凍らせたところで、壁の中でもがいていた最後の個体を解放する。


 急激に大量の魔力を使ったせいで片膝をついたエストだが、システィリアの活躍を目に収めるために、土像アルデアで作った椅子に座る。



「全くアイツは……アタシが勝つって信じきってるわね。ふふっ! これほど嬉しいことは他に無いわ!」



 姿勢を低くし、右手だけで剣を構えたシスティリアの型は独特のものだった。

 両手で持って力を込めるのではなく、足運びを重視して速度を高める意図が見える。


 左脚を前に出すと同時に、ワイバーンが突進する。


 猛火の塊を吐くことがワイバーンの脅威とも言えるが、真に恐ろしいのはその巨体による質量攻撃である。走って突っ込めば村一つ破壊できる膂力に対して、システィリアは技で対抗する手を取った。


 大きく口を開け、早馬も泣き出す速さで突っ込んできたワイバーンがシスティリアに触れる瞬間──



 彼女の姿が消える。



 離れて見ていたエストが身を乗り出して観察すると、ワイバーンの体から赤い花が咲き乱れていた。



「……凄い。あの一瞬で潜り込んだんだ」



 僅かに下がった顎の下から潜り込み、目にも止まらぬ速さで切り裂き、ものの数秒でワイバーンの腹部を血まみれにしたのだ。


 魔族と戦う前、舞うように戦っていたアリアを思い出すエストだったが、目の前で起きたことはそれを超えると感じ、戦慄する。



 ワイバーンの血の川が流れ出す。

 だが絶命には至っていないため、依然としてシスティリアの状況は危険である──はずだった。



「見てなさい!」



 尻尾付近まで移動していた彼女は、大きく痛がるワイバーンよりも早く胸側に走り込み、肋骨の隙間を縫うように剣を突き立てた。


 ビクっとワイバーンの体が跳ねると、噴水のように血を噴き上げ、システィリアの全身を赤く染める。


 ワイバーンの心臓を穿つ的確な一撃。

 優れた剣士の中でも、一握りしかできない神業だ。


 完全に事切れたことを確認してから、目を見開くエストに親指を立てた。



「想像以上だったよ。危なくなったら助けようと思ってたけど、まさか無傷で倒しちゃうなんて」


「アタシ、これでもAランクよ?」


「え、そうなの?」


「……知らなかったの?」


「うん、まさか追い抜かれていたとは。それはそれとして……システィ、またお風呂に入らないと」



 耳の先から尻尾、靴に至るまで真っ赤なシスティリア。

 エストが一瞬で水域アローテを使って血を落としたものの、強烈な臭いは落ちなかった。



「また洗ってくれるんでしょ?」


「もちろん。システィのから────まずい」



 エストの視線の先を追うと、今になってラゴッドから出てきたBランク冒険者たちが到着した。

 氷漬けになっていたり首が折れたワイバーン、それにシスティリアがやった血まみれの惨状を見て、二人に対して畏怖の眼差しが向けられた。


 そんなことの何が『まずい』のかとエストを見た瞬間、彼が顔を上げていたことを知る。


 エストの視線の先に、『まずい』の正体があった。



「ワイバーンの……群れ? いち、に、さん……十五体ですって!? これ、まずくないかしら!?」



 彼女の声に反応した冒険者が同じ方向を見ると、まさに絶望の群れが滑空する直前だった。

 今しがた倒した四体の敵討ちに来たのか、群れを作ったワイバーンが……《《渡り》》がここに集まろうとしている。


 そして恐ろしいことに、戦闘のワイバーンが向かっている方向には──



「あっちには農村があるわ! エスト!」


「……」


「エスト!? 早くたす「静かに」…………え、ええ」



 無言だったエストは、静かに魔力を練り上げていた。

 農村に被害を出さないためにも、魔力を解放して呼び寄せたいところだが他の冒険者が邪魔である。


 では、今できることは何か?


 魔術師であれば、一つだけあるのだ。



 両手で杖を構えた先には、真っ白な魔法陣に重なるようにして半透明な魔法陣が浮かんでいる。

 白い魔法陣ですら初めて見る者が多い中、二層になった半透明の魔法陣には首を傾げた。


 だが、システィリアだけは反応が違った。

 これまでに数回ほど見てきたが、ここでようやく確信に至ったのだ。


 時空魔術。


 魔女エルミリアが愛用する最高難度の魔術であり、使える人間は魔女以外では賢者リューゼニス……ジオのみと言われていた。


 今のエストにできること。

 それは、時空魔術を使った迎撃である。



「……よし、結べた。氷槍ヒュディク土槍アルディク風槍フディク



 透明な魔法陣だけを立てたエストは、それに向かって無数の中級魔術を放ち始めた。

 すると、射出された槍たちが虚空に消える。


 迎撃作戦の内容は、とてつもなく単純だ。

 亜空間に入れた魔術を放出する。

 ただそれだけなのだ。


 しかし問題はその数であり、急がねばならない現状で十五体ものワイバーンを堕とす数が用意できない。

 このままではある程度間引けるかもしれないが、農村に突っ込む方が早い。

 そう思った瞬間、隣から水の槍が亜空間に向けて放たれた。



「アンタねぇ、もっとアタシを頼りなさい。何でも一人でできると思ったら大間違いよ?」


「……システィ」


「大丈夫。エストならやれるって信じてるわ」



 緊急時に一人で動こうとするのは、修行生活でついたクセである。

 魔族と戦った時も、氷龍と出会った時も、エストは導かれたように単独だった。


 だが、今は違う。


 心から信頼できるパートナーが隣に居る。

 魔力を使わず、力と技のみでワイバーンを圧倒するほどの実力を持った、最愛のシスティリアが。


 彼女なら、撃ち漏らしたワイバーンを相手にできる。



「……魔力を出しておびき寄せる。その後に攻撃するけど、そこで僕の魔力は尽きると思う。あとはシスティ、君に託す」


「ええ。託されました。村人が死なないならそれでいいわ」



 覚悟を決めたように大きく息を吐き、エストは魔力を解放する──



「……ふぅ。やろうか」

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