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第113話 不完全燃焼


「炎龍……ブロフ、やるよ!」


「正気か?」


「正気だったら二年前に死んでる」



 炎龍の吐息を相殺したエストは、震える手で杖を握りながら次の魔法陣を出す。

 最速で最高の威力を出すには、氷と火、そして水の魔術を掛け合わせる。


 しかし、それをするには数秒の時間が必要だった。



「五秒でいい! 時間を稼いで!」


「……信じるぞ」



 ブロフが前に出た瞬間、炎龍の頭上に三層の多重魔法陣が展開された。

 天井側が火と水の魔術であり、炎龍に近い方が氷である。


 使う魔術は、これといって難しくない。

 学園の同級生なら使えて当然であろう、中級と上級魔術の連なりだ。

 しかし、構成要素の一つ、消費魔力だけが異常に大きくなっている。


 なんてことない爆炎メダース水域アローテ氷槍ヒュディクの組み合わせ。


 だが、注目すべきは使う属性にある。

 相反する属性である火と水、その二つが特定条件下でぶつかった時、凄まじい爆発が起こる。



氷鎧ヒュガ。それじゃあブロフ、耐えてね」



 最前線で炎龍の攻撃を引き付けていたブロフに、騎士の鎧と見紛う分厚さの氷鎧ヒュガを使うと、エストは杖に魔力を込めた。


 目指すは一撃必殺。

 失敗すれば血みどろの戦いになることは必至である。



「吹き飛べ炎龍。氷槍ヒュディク!」



 カッと上の魔法陣が光った瞬間、大量の水に超高温の炎が接触する。


 刹那、凄まじい量の水蒸気が発生し、爆発した。

 その威力は、山をも吹き飛ばす。


 しれっと自分にもブロフと同じ氷鎧ヒュガを使っていたエストだったが、部屋の壁にめり込むほどの爆発に数秒だけ意識を失っていた。

 そして、それほどの力を使って推進力を得た氷の槍は、例え氷龍であろうとその肉体を貫通する威力を持っている……《《はずだった》》。



「いてて……あ、まずい。回復力を忘れてた」



 的確に心臓を穿つことができなかったためか、ところどころ鱗の剥げた炎龍が暴れていると、背中から腹にかけて貫いた大きな穴を持ち前の生命力で塞いでいた。


 ダンジョンの魔物であってもその性質は健在で、如何にドラゴンという種族が馬鹿げた存在かを物語る。


 近くで同じようにめり込むブロフが起き上がると、エストを見た。

 その顔には撤退の意思が込められており、充分に納得できる要素が揃っている。



 ──しかし。



 ここで諦めることは、エストのプライドが許さない。



「……僕の氷は炎も凍らせる。ここで炎龍に勝ったら、ようやく氷龍に挑めるんだ……やるしかないんだよ」



 氷龍()を超えることが、エストの目標だ。

 ドラゴンという種族において最強と言われる氷龍に傷をつけたエストには、立ち向かう以外の選択肢がない。


 再度杖を握りしめ、炎龍の前に立つ。



「いやぁ、ごめんね。火と水とかいう卑怯な手を使ってさ。氷龍だったら怒ってたよね。ははっ」



 直後、空気が破裂するような声量で咆哮する炎龍。

 エストの両耳から血が流れ、音が消滅した。

 慣れた手つきで治そうとしたエストだが、また破れたら手間なので放置する。



「うるさい。口を閉じろ」



 そっと杖先を床に打つと、顎の骨の隙間を狙った上向きの氷槍ヒュディクが貫いた。柱のように下顎と上顎を繋げると、炎龍は口の端から熱波を吐き、全身を使って横へ一回転する。


 巨体から伸びる尻尾は、その速度も尋常ならざることながら、縦にも横にも大きいのだ。

 咄嗟の回避が間に合わないと判断したエストは、転移クロエズにて数メートル上に移動し、回転の終わりと着地を合わせた。



「……あ、有り得ねぇ。ドラゴンと互角だと?」



 初めて戦う魔物とは思えないエストの動きに、ブロフは傍観することしかできなかった。


 今、エストと炎龍の間に入れば、間違いなく邪魔になる。

 炎龍の妨害だけなら望ましいが、エストの邪魔をしてしまうと大惨事になりかねない。


 指をくわえて見ているだけというのは、戦士として生きる道を思い出したブロフにとって、奥歯が砕けそうなほど屈辱的なものだった。



「あっははは! 鼓膜がちょっと治ってきた。耳鳴りがうるさいんだ。君にわかるかな?」



 着地と同時、エストは無意識に鼓膜を回復しながら横殴りの氷刃ヒュギルを炎龍に浴びせる。

 ただの攻撃では炎龍の頑丈な鱗を破ることはできないが、初撃の水蒸気爆発によって剥がれた鱗を起点に、赤い花弁が舞う。


 苦しそうにもがく炎龍だが、ダンジョンに現れる個体は模倣品と捉えているため、エストは一切の慈悲もなく、魔術の嵐で飲み込んだ。



「魔法陣なんてねぇ……別に要らないんだよ。君が使わないのに、僕が使うのもおかしな話でしょ? ほら、もっと戦おう」



 ブロフの目には、何も無い空間から透明な刃が現れ、炎龍に傷をつけていく異様な光景に映った。

 何せ、魔法陣すら出さない完全無詠唱は、その魔術における最高到達点と言われている技術だ。魔術師でも無い限り、何が起きているのか予想することすらできない。


 目を突かれ、怯んだ隙に腹の鱗を貫かれ。

 その場で羽ばたいて風を巻き起こそうとするも、エストの風魔術に負けて距離が取れない。

 ことダンジョンで現れる炎龍において、エストは圧倒的な差をつけている。


 氷龍との戦闘経験という、ジオですら目を瞑りたくなる行為を重ねたせいで、ある種の感覚麻痺を起こしているのだ。


 反撃の時間を作らず攻め続け、切った肉がすぐに修復されてしまうが、その速度に負けないペースで魔術を放つ。



「氷龍はもっと強かった……マニフはもっと怖かった。でも、君は……ただの大きなワイバーンだ」



 全身を血まみれにする炎龍に向けて、エストは大きく杖を振る。

 先端に現れた多重魔法陣は絶対零度ヒュメリジ


 立っているのもやっとな炎龍なら、有効打になり得る。



「野生で会った時は、きっと何倍も苦戦する。でも、その時はシスティも居るからね。負けないよ」



 ボロボロになり、抵抗力を失いつつある炎龍が足先から凍りついていく。

 最後まで足掻き続ける炎龍だったが、自慢の炎も硬い鱗も、全て叩き潰された。


 パキパキと心地よい音を立てながら全身が氷に包まれると、上を向いたまま炎龍は固まってしまった。



「ブロフ」


「……いいのか?」


「うん。ダンジョン(こんなところ)の炎龍なんて、ドラゴンとしての力が全く活かせないから。僕はこの子をドラゴンだとは……炎龍と認めることはできない」



 エストが『ここだよ』と炎龍の心臓部分を教えてあげると、ブロフは的確にハンマーで打ち抜き、ようやく炎龍が絶命した。


 巨体が魔力の粒子となって散ると、その場には大樽よりも大きい、赤い半透明な魔石が転がっていた。


 ブロフが片眉を上げ、エストは頷く。

 これを燃料にすることで、きっと残りの二千個分を賄えるのだ。

 炎龍の魔石とは、それほどの魔力量を秘めている。


 亜空間に魔石を仕舞ったところで、中央の宝箱に足が吸い込まれる二人。



「よっこいしょ。お? 無色の魔石が五つも!」


「珍しいな。いや、ドラゴンだからか?」


「ラッキーってヤツだね。これ、僕が貰っていい? ちょうど魔道具も作りたかったし、研究材料にしたいんだ」


「構わん。オレはドラゴンの前に立つという経験だけで充分だ」


「安い男は嫌われるよ?」


「……どこが安いだぁ?」


「ここのドラゴンなんていつでも会えるじゃん。誇るべきは五秒稼いだこととか、最後の粉砕でしょ?」


「けっ、あんなの誰だってできるわい」


「そうかな? 僕は違うと思うけど。まずドラゴンの前に立てるだけで、相当な耐性が要るからね。日頃から殺気に慣れてないと気絶するよ」



 真っ直ぐな褒め言葉にむず痒くなったブロフは、ガシガシと頭を搔いてエストに向けて手のひらを向けた。

 降参である。下手に戦闘経験豊富な者に謙遜すると、手痛いしっぺ返しを受けてしまう。


 帰り道、二人はずっと炎龍戦の話をしていた。


 やれ最初の爆発はなんだの、顎を開かせなくした魔術はなんだのと、ブロフによる質問攻めが殆どだったが、一番興味を持っていたのはエストが突然空中に現れたことだった。


 まだシスティリアにも時空魔術のことは話していないので、適当にはぐらかしてその場を切り抜けた。


 傾いた太陽を背に、男二人のダンジョン攻略は幕を閉じる。








「あら、今帰り? 二人で何してたの?」


「システィ! ちょうどこれから杖を改造してもらうんだ。一緒に来て」



 西門から入って中央の通りに出たところで、たまたま冒険者ギルドから出てきたシスティリアと遭遇した。

 エストが彼女の手を取ってブロフの後ろを歩くと、心から楽しそうに話すエストの声がブロフに届いていた。


 炎龍という強大な魔物を完封して倒した男が、恋人であろう女の子にここまでデレデレになるとは。


 人とは斯くも異性に甘いものかと、長命ゆえに生殖本能が働きにくいブロフは、理解し難い気持ちで工房へ向かうのだった。

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