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第111話 鍛冶師の眼


「ああ? 千個だ? エスト、お前もしや貴族の坊だったりするのか?」


「違うよ。僕、本当にお金ないからね」



 ブロフの工房に来たエストは、半裸で刃を研ぐブロフを見ながら、大量の堅パンサンドを食べていた。

 どこか学園生活を思い出す食事だが、空腹が限界に近かったので致し方ない。



「……食いすぎだろう。何個目だ?」


「十四。昨日食べずに寝たから」


「その体のどこに入るんだ。それより、その魔石はどこにある? 嘘かもしれんからな」



 パンを片手に立ち上がったエストは、空いている大樽を用意してもらい、亜空間から大量の魔石を流し込んだ。

 ゴトゴトという音と共に、三割ほどを真紅の魔石が埋めつくした。


 どこから出したのか。

 それについては一切触れなかったブロフは、樽に腕を突っ込んで魔石を拾う。


 明かりに透かしたり、握る手に力を込めて確認すると、大きく頷いてエストの顔を見た。



「疑ってすまんかった。儂の負けだ」


「勝負だったんだ。じゃあ敗北を噛み締めてほしい。この魔石のせいで僕は反省しているんだから」


「何かあったのか?」


「ないよ。ただ、僕が天才すぎただけ」


「……」


「本当だよ?」


「疑っとらん! 天才かどうかも知らんがな」



 まるでアホの子を見る目でエストを見つめているが、目の前の樽にある魔石を見れば、本当に優秀な冒険者であることは分かる。


 しかし、戦っている姿を見たことがないブロフには、ただ痛いヤツにしか見えないのだ。



「仕事終わった? お昼ご飯食べない?」


「お前……あれだけ食っていただろ」


「全然足りないよ。昨日どれだけ魔力と体力を使ったと思ってるのさ。今日はずっと食べて鍛えないと、体が壊れちゃう」


「……そ、そうか。行きつけの酒場がある」


「いいね、行こう」



 工房の鍵を閉めて街に繰り出すと、やはりラゴッドは大きな賑わいを見せていた。

 歩く人の顔が皆明るく、健康的な生活を送れることが当たり前になっているようだ。


 ブロフの案内でラゴッド東部にある酒場に来ると、樽の椅子に脚の長いテーブルが印象的な、大人な雰囲気が漂っていた。


 慣れた様子でブロフが樽に飛び乗って座ると、獣人の店員が注文を取りに来た。



「ここは魚のシウ漬けが美味いぞ」


「じゃあそれで。あと適当な肉料理が三品と、サラダを山盛り。パンは一皿でいいかな」


「儂はいつものでいい」


「かしこまりました」



 犬獣人の店員の腰には短剣が差してあり、自衛もできる腕前からその足運びを見るエストだったが、やはり物足りないと感じてしまう。


 今のシスティリアを見ていると、どうしても彼女の方が凛々しく見えるのだ。


 姿勢や所作、立ち姿ですら威圧感を放つシスティリアは、アリアを彷彿とさせる立派な戦士に思う。



「良い目をしているな。武人のソレだ」


「そう? 僕、近接戦闘は苦手だけど」


「嘘をつくな。その体で苦手とは、馬が走るのが苦手と言うものだ。若いくせにどんな鍛錬を積んだ?」


「どんなって言われてもね。毎朝疲れるまで走って、それからトレーニングをして、杖の素振り。それぐらいかな?」



 前半二つは個人の裁量によるためブロフは判断できなかったが、杖の素振りという点では目を見張るものがあった。


 鉄よりも重たいアダマンタイトの棒は、並の大人でも()()()()()()重量をもつ。それを毎日振っているともなれば、エストの体に、どれだけの筋肉で詰まっているかが透けて見えるのだ。


 しかし、最初にブロフが感じたのはそれだけではない。


 一切の不純物が無い氷のような、極限まで研ぎ澄まされた魔力を纏う異様な空気に驚いたのだ。

 エストから放たれる透明な何かに、本能が身構えるような恐ろしさを感じている。



「明日はダンジョンに行くのか?」


「うん。いっぱい取ってくる」


「そうか。なら儂も連れて行ってくれ」


「ブロフも戦うの?」


「ああ。儂の腕も見せてやる」


「いいよ。僕の天才的なひらめきで組まれた完璧な魔石収集を見せてあげる」



 システィリアが見れば空回りが危惧されるほど自信のあるエストは、胸を張って了承した。

 たった一日で目標数の三割を達成するという所業の裏に、狂気と筋肉で詰まった思考があることをブロフはまだ知らない。


 


 翌朝、工房を訪れたエストは二人で火山洞窟のダンジョンへと向かう。

 現在のエストは薄いシャツにローブを羽織っただけで、ブロフも同じく薄手の服を着ただけであり、武器として大きなハンマーを背負っている。


 エストが魔術特化なら、ブロフは物理特化である。


 徒歩で一時間かけてダンジョンに潜入すると、十一層まではこれといった戦闘もなく、カースドアーマーは一瞬で浄化された。



「ここから走るけど、着いてきてね」


「構わん」



 杖を振って完全無詠唱の冷たい風域フローテを自身とブロフに使うと、エストは姿勢を低くした。

 カチッという音で時間を確認し、風を切って走り出す。



「……速い。ただの魔術師ではないな」



 瞬く間に視界から消えたエストを追って走るブロフもまた、尋常ではない速度で駆けている。


 エストの数メートル後ろを着いて走ると、現れたリザードマンが一瞬にして魔石になり、その魔石が虚空に消えるという奇妙な光景を目にした。


 それに、若干だが同じペースで走っても距離が生まれている。

 その理由を探ると、意外にも単純な行動だった。



「曲がる瞬間に杖を振る……重心を杖に引っ張らせるのか。はっ、動きに迷いが無い」



 杖の重さを利用して加速するという、シンプルながらに難しい技術で走っていた。そして、卓越した魔力感知により道に迷うことがないため、動きのキレは増す一方である。


 一切の無駄が無い高速討伐の景色は、ブロフの中にあった『魔石は戦って手に入れる』という概念を破壊する。


 あの魔石一つに命を落とす冒険者がいるというのに、目の前の男は異常だった。

 まるで目が合ったらリザードマンが死んでいるような、死神の全力疾走と思えるダンジョン攻略である。


 そして、一秒の休憩もとらずに二十層目の主部屋前に着くと、エストは懐中時計を見て笑った。



「よしっ、記録更新」


「ずっとこんなことをしていたのか?」


「そうだよ。最初は十一層目をぐるぐるしてたんだけど、ここまで殲滅した方が効率良くてね。楽しいでしょ?」


「……楽しい、か」



 ブロフは過去に、冒険者としてパーティを組んでいたことがある。

 当時は魔物の注意を引いてハンマーで殴り、隙を作る戦士をしていた。


 剣士の男に、魔術師の女。そしてブロフの三人でダンジョンを巡る旅をしていたが、ある時ブロフの不注意で剣士が重傷を負ってしまったのだ。


 仲間に治癒士が居ないために撤退を余儀なくされたが、後に教会で治癒をしてもらって少し経つと、傷口から入っていた病で帰らぬ人となった。


 その後魔術師の女はパーティを抜け、ブロフは罪悪感に押しつぶされて冒険者を辞めた。

 元々武器の手入れが好きだっただけに、師となる鍛冶師を求めていたところ、伝説の鍛冶師デゥフリィトに拾われたのだ。



 冒険者の時も、鍛冶師となってからも、ブロフに心から笑える瞬間は無かった。

 常に命を天秤にかける戦いを繰り返し、罪悪感の中で作った口など笑顔とは言えない。


 過去を背負うブロフには、目の前に居る笑顔の魔術師が分からなかった。


 何が楽しい?

 何が面白い?

 なぜ笑える?


 小さな疑問に胸を曇らせるブロフを見て、エストは語る。



「僕は強いからね。リザードマンなんて相手にならないんだ。だったら、より早く倒して、より早く二十層に着く時間を縮める方が刺激になる。じゃないと、魔石を三千個も集めるなんて、僕でも正気を保てない」



 内なる強さ。それがエストにはあった。

 それは一朝一夕で手に入るものではない。

 年単位で、身を削る思いをして鍛錬を積まなければ、ここまでの余裕は生まれない。



「それに、旅は楽しまないと。笑えなくてもいいから、楽しむことが重要だよ」



 昼ご飯を食べようと言った時と同じ表情で、エストは主部屋の大扉を開けた。目当ては魔石じゃなかったのか、なんて言葉が出るよりも前に進み出した。

 後に続くように主部屋に入ると、中央には見たことのあるシルエットが鎮座している。


 それは、かつての剣士に大怪我を負わせた魔物であり、因縁の魔物。




「ワイバーン……良い魔石になりそうだね」

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