第11話 敵対するなかれ
魔術学園入学に向け、本格的な準備が始まった。
エストはメイドのアリアと共に、ここリューゼニス王国、冒険者ギルド、ロックリア支部に来ていた。
目的は、帝国へ渡る際の身分証明証の発行だ。
全冒険者のギルドカードはそれだけで強力なパスポートになるので、例え冒険をしない商人であっても、そのカードを持っている者が多い。
「ねえ、この子のギルドカードを発行したいのだけど」
「ア、アリア様!? かしこまりました……えっ、その子の!?」
野蛮な人が多い印象がある冒険者ギルドは、アリアにとっては少し窮屈だった。
しかし、事前情報が無いエストは何も感じなかった。
自分を不思議そうに見る視線も。
子どもだからと侮蔑する視線も。
家族以外に興味が薄いエストには、イマイチ刺さらない。
受付嬢の案内で書類の記入が始まった。
アリアに羽根ペンを渡され、丁寧な字で書いていく。
「お姉ちゃん。この、講習会……って何?」
記入要項の末尾に、冒険者講習会があると書かれていた。
これを受けないとカードは発行することができないらしい。
「それはね〜、この毒草は危険だよ〜とか、この魔物を見たら逃げろ〜とか、初心者が受けるべきもの」
「そうなんだ。本読んでてもいい?」
「いいと思う。ねぇ、来週だっけ?」
「はい。三日後の水の曜日に講習会があります」
アリアは既に冒険者カードを発行している。
それも、階級としては上から三つ目の『一ツ星』だ。
大きく分けて、冒険者の階級は八つある。
下から順にE、D、C、B、A、一ツ星、二ツ星、三ツ星とあり、Cランクから一人前と言われている。
Bランクは腕利きの実力者。
Aランクは魔物狩りの達人かつ、信用度が高い人格者。
一ツ星からは、二つ名が付けられたり、崇められる対象となるほど実績を積まないと至れない。
一ツ星より上を『星付き』と呼ぶのだが、星付きは世界でも片手で数えられる人数しかいない。冒険者でなくても、街の誰もが知っていて当然の英雄が如き存在……それが星付きだ。
「実はお姉ちゃん、結構凄いんだよ〜?」
「知ってる。一番近くで見てるから」
「エストも言うようになったね〜」
軽口を叩き合っていると、アリアの背後に屈強な男性が立った。
周囲の冒険者もざわめき立ち、剣呑な雰囲気が漂う。
男はアリアが見上げるほど身長が高く、鎧のような筋肉が特徴的だ。目つきも鋭く、常に発している威圧感からか、疎ましそうに彼を見る冒険者も少なくない。
「アリアさん、その子ァなんですかい?」
「弟だけど。手を出したら容赦しないよ」
「ハッハッハ、手なんて出しませんよ。手を出すまでもない」
ギロリ、と。
男の鋭い目線がエストを射抜く。
しかしエストは興味を向けることなく、常に持ち歩いている魔道書を読んでいた。
「……胆力はあると」
「いや、単純にしょうもない人間に興味が無いだけだと思う。何のつもりか知らないけど、邪魔するなら消すよ?」
消す。
そうアリアが言った瞬間、エストは本を閉じた。
そしてアリアの裾を小さな手で掴み──
「お姉ちゃん。邪魔でも消しちゃダメだよ」
冷たく言い放った。
エストにしては珍しい、否定の言葉であった。
アリアは酷く焦り、ワタワタと手を動かす。
「あ、えっと、その〜、冒険者ジョークだよ〜?」
「ジョークにしては面白くない」
「えっ……ごめんなさい」
「うん。謝るならその人に向かってね」
エストが冷めた目で言うと、アリアは謝った。
男の方も毒気を抜かれ、こりゃ傑作だと笑う。
アリアは弟に弱い。
それは一瞬にしてギルド内で話題になった。
しかし、エストの魔術を見てきたアリアは気づいていた。
エストは本を閉じた瞬間、何らかの魔術を使ったと。
男の背後には、目に見えないほど細い氷の糸が網目状に張られ、いつでも男を拘束し、アリアを守れるようにしていたのだ。
あのまま口論が続くようであれば、きっと男の方が危険だった。
そう判断し、アリアはすぐに謝ったのだ。
「お姉ちゃん、師匠にお土産買いたい」
「はいは〜い。それじゃあね」
あの場で魔術に気づいたのはアリアだけだった。
それほどまでに、エストの氷魔術は洗練されている。
後日、知っていることを分かりにくく解説される講習会を終え、エストはギルドカードを受け取った。
受け取りだけなのでアリアは「一人で行ってみよう!」と送り出したが、それがかえって問題になった。
冒険者とは野蛮な者も多い。
あの後アリアから聞いていた。
しかし、ギルドカードを受け取って早々、問題に巻き込まれるとは思っていなかった。
「おいガキ、今すぐ訓練場に来い。冒険者の何たるかを教えてやる」
「はぁ。嫌ですけど」
あの日アリアに絡んだ男、レヴドがそう言った。
興味が無いエストは無視しようとしたが、次にレヴドが発した言葉で足を止める。
「来なかったらアリアを襲っちまうぜ〜?」
醜い。
汚い。
気持ち悪い。
腐った油のような笑みを浮かべたレヴド。
エストは無視しようと思っていたが、アリアに万が一のことを考えると、足はレヴドの方を向いていた。
……万が一にも、彼がアリアを襲える未来は見えないが。
「フッ、やる気になったか」
エストは答えない。
やる気以前に、やることは決まっていた。
ギルドの裏にある訓練場は、様々な冒険者が鍛錬や連携の確認のために利用している。
冒険者同士が戦うこと自体は、日常茶飯事だった。
しかし、今回は異常だ。
レヴドはBランクの冒険者である。
対してエストは、なりたてホヤホヤのEランク。
あまりに差が離れていた。
そしてレヴドの相手が子どもということもあり、何が起きるのかと見物人が増えた。
「かかって来い。お前が勝ったらさっきの言葉は訂正してやる。負けたら……まぁ、分かってるよなぁ?」
試合開始の合図は無し。実に野蛮だ。
実に野蛮で……愚かである。
こと魔術師であるエストにとって、開始の合図は終了の合図でもある。
故に合図も無く始めるのは愚かと言う他ない。
エストはふぅっと息を吐き、出口に向かって歩き出す。
「ビビって逃げたか。じゃあ約束ど────」
次の瞬間、レヴドの顔面を無数の火の玉が包んだ。
そして氷が微量に混ざった風に何百という傷が付けられ、股間の部分は大きく濡れた。
まだ見物人が多いうちに、エストは次の手を打つ。
男の股間を、光魔術の玉で照らしたのだ。
「──ククッ、ぶははは!!!」
「──あはははははは! あのレヴドが! あはは!」
「──股間が光ってやがるぜ! イーヒヒッ! 腹いてぇ!」
力は守るために使う。
今回エストは、アリアを守るために魔術を使った。
それも火、水、風、氷、光と、五つの属性で。
されど、皆エストを火の魔術師だと思った。最初の印象を強く植え付けたからだ。
顔中を火傷し、全身が切り傷まみれになり、股間は濡れた上に光っている。
ここでようやく、レヴドは理解した。
──本当に一ツ星の弟なんだ、と。
「ユーモアって、こういうことだよね。師匠」
大爆笑の渦に包まれるレヴドを一瞥し、エストは魔女の館に帰った。
事の顛末を二人に話すと、魔女は大笑いし、アリアは憤慨した。
ただ、この日からエストは街の有名人になった。
股間照明という、不名誉なあだ名と共に。




