第109話 赤き洞穴を駆ける者
「システィ、朝だよ。早く起きて」
「……えぁい」
早朝に起きて朝食を済ませたエストは、システィリアを起こしてから、ラゴッド西部にある火山洞窟のダンジョンへと走る。
事前にもらった情報は二つ。
ダンジョンは上に行くほど気温が高くなることと、確認されている中で十一層から火のリザードマンが出現することだ。
気温に関しては風や氷の魔術で対処するとして、問題は、危険な階層まで目当ての魔物が現れないことである。
「朝六時……十一層まで何時間かかるかな」
ラゴッドから西南西へ走ること、一時間。
かつては激しく噴火していた火山のふもとに、ぽっかりと大きな穴があいていた。
周りには数組の冒険者パーティが立っており、ここがダンジョンの入口であることを示している。
しかし、どのパーティも十一層より上に行かないのか、魔術師らしい者は見えなかった。
そんな入口付近を抜けて洞窟へ足を踏み入れると、これまでのダンジョンでも感じてきた強い魔力を感じ取った。
一層目は外気温と変わらず、普通の洞窟型ダンジョンとして狩りができるが、二層目からその片鱗を見せ始めた。
「露骨に暑くなった。春くらいの気温かな」
外が冬のおかげか、むしろ活動しやすくなっている。
それは他の冒険者も同じようで、二層目と三層目は魔物を見ることが無く、冒険者を数組見た程度だった。
そうして何事もなく九層目まで来ると、遂に魔物と対面した。
真っ赤な体毛は暑苦しく。
牙を剥く姿は勇ましい。
暑い地域にしか生息しない野犬のような魔物、レッドハウンド。
体温が異常に高く、熱した金属のように熱い牙で噛まれると火傷を負うという、危険な魔物である。
「ダークウルフの方が可愛い。氷槍」
口を開けて飛びかかって来たところを貫くと、瞬く間に小さな赤い魔石へと姿を変えた。だが、この大きさだと炉の燃料にならない。
ポイッと魔石を亜空間に投げ入れて次に進み、十層目。
大きな扉が立ちはだかる、主部屋の前にたどり着いた。
こめかみに汗が伝い、ここに来てようやく風域で適温を確保すると、休憩も無しに突撃する。
「ゴーレムか、ウルフか。魔族じゃなければ勝てると思うんだけど……さぁ、誰かな?」
見たこともない真っ赤な石材でできた大きな空間を歩くと、中心付近に深紅の鎧を身に纏う騎士が二体立っていた。
剣の柄頭に両手を重ね、床に真っ直ぐ突き刺している。
まるで本当に階段を守っているようだな、と思っていると、エストはようやくソレに肉が無いことに気が付いた。
アンデッドの一種、カースドアーマー。
亡くなった騎士の怨念が正体と言われているが、その実態は霊体の魔物が鎧に収まることでカースドアーマーとなった、ということが最近解明された魔物だ。
運良くジオの家でカースドアーマーの記録を読んでいたため、エストは思い切った魔術を使う。
「ロマンを求めるなら、消費は惜しまない」
杖を片手で構えると、エストを中心に、黄金に輝く巨大な多重魔法陣が展開された。
これはシスティリアに教えた光の上級魔術……に、更に強い浄化の力を持たせた改良版である。
キーワードこそ変わらないものの、構成要素が数倍に増えており、今のシスティリアでさえ使うのは難しい術式だ。
カースドアーマーが剣を抜くと、両手で構えて走ってくる。
既に二体は魔法陣の上。逃げ場は無い。
エストはニヤッと口角を上げ──
「聖域胎動」
ドクン、ドクンと魔法陣から大きな鼓動が聞こえてくると、滲み出すように光の粒が舞い上がる。
そして一粒の光が鎧に付着した瞬間、無音の悲鳴を上げてカースドアーマーが苦しみ始めた。
剣を捨てて膝をつき、頭の鎧を抱えている。
次から次へと光が鎧を覆っていくと、やがてカースドアーマーは苦しまなくなり、そっと力尽きるように倒れ伏した。
二体が倒れると、スケルトンより少し大きな黒い魔石を二つ残し、塵になった。
「数ある領域系の魔術でもこれは特殊すぎる。広範囲の浄化なんて、いつの時代に誰が必要としたのかな?」
魔石と同時に現れた宝箱を開くと、中には赤い宝石がはめ込まれた金のブローチが入っていた。
宝箱から宝石系の物品が出ることは珍しく、金細工職人に見せればそこそこのお金になるだろう。
今はパーティを組んでいないので、取り分の話し合いをせずに済む。
気楽に亜空間へブローチを放り込み、ようやく本命である十一層への階段をのぼった。
一歩足を進めた瞬間、三歩下がるエスト。
「暑い、超暑かった。急に本気出してきたね」
まるで火にかけた鍋の中に居るような、四方八方から刺すような熱が襲いかかる。
エストは寒さには慣れているものの、暑さに対する耐性は全くと言っていいほど無い。
慌てて風域に冷気を混ぜると、適温を確保することに成功した。
「さてと、ここで八時か。移動と寄り道を入れて約二時間。じゃあ……あと八時間したら帰ろうかな」
大まかな時間配分を決めたエストは、まるで何度も訪れたことがあるかのように走り始めた。角を曲がれば赤い鱗を持つ人型の魔物、火のリザードマンが現れ、一瞥もくれずに氷の槍で串刺しにする。
そして魔石に氷の糸を伸ばして結ぶと、指先で引っ張って亜空間に仕舞い込む。
走り抜けながら討伐と魔石回収をするため、一秒の無駄なくリザードマンの赤い魔石を集められる。しかしこの方法は、尋常ではない体力と神経を使う。
的確にリザードマンを捉える感知能力。
一瞬で鱗を貫き、絶命させる攻撃力。
魔術を使いながら走る体力と精神力。
伸ばした糸を操り、亜空間に入れる集中力。
どれもが地道な鍛錬で得た力であり、それらを惜しみなく使うことで凄まじい勢いで魔石を集めていく。
常人なら気が狂ってもできそうにない所業だが、狂人の先へと進むエストはできてしまった。
それも……笑いながら。
「あはは! ダンジョンを走るの、楽しっ」
雪山とは違って起伏のない空間は、気分転換に走るのに最適だった。
リザードマンの鱗は氷龍に比べたら圧倒的に柔らかく、心臓部を真っ直ぐに貫けば一瞬で絶命するためお互いに緊迫感が無い。
一見するとただエストが走っているだけのように見えるが、あっという間に終わる戦闘に余韻が残らないため、本人もただ走っている気でいられるのだ。
そうして走り続けること、五時間。
時刻は昼を過ぎた頃。
ペースを確認するために、一度集めた魔石を数えることにした。
最初は洞窟内の地面に置こうとしたが、お尻が燃えそうになったので階段を使っている。
「この塊が十個で、それが横に十で、三段。余りが二つだから、三百二個か。えっ……五時間でこれだけ……? あと十回もこれやるの? バカじゃない?」
単純計算で五十時間もかかってしまう。
一日八時間やるとして、約一週間は丸々ダンジョンで走り回ることになるので、精神衛生上よくないと判断した。
システィリアの依頼が二週間あることから、それなりに余裕を持って集められるが……時間がかかるのは魔石集めだけではない。
杖の加工自体にも数日使うと考えれば、もっと早く集めなければならないのだ。
「システィに頼……ダメ。これは僕がやらないと。でもこの量は流石に……ダメ。もっと賢くやれるはずだ、考えろ」
この魔石収集で最も時間を使うのは、無駄に走ることである。
リザードマンが現れるのに、周期などの法則が無いため、延々と走り続ける割合が多い。
どうにかして対策を練らねば、まともに魔道都市を観光できない。
せっかくのシスティリアとの時間を楽しむためにも、早く魔石を集めなければ。
「……そうだ、回ってるからダメなんだ」
パッと明かりがついたように顔を上げると、これまた常人では不可能な案を思いついた。
「あの赤いリザードマンが出る階層を、全部走ればいいんだ」




