第100話 楽しいお金の稼ぎ方
「貴様、どこから来た! 怪しい奴め!」
「え〜……あっちの山から、あ〜」
街の北門には毛皮の防寒具を来た兵士が居たのだが、わざわざ危険な北側から来る者は必然的に怪しく、街に入ろうとしたエストは早速詰め所にぶち込まれた。
凍った魚や肉が吊るされている詰め所の中で、机を挟んで強面の兵士と向かい合う。
「で、目的は?」
「お土産を買いに。家族にお酒とか名産品を買ってあげたくて来た。もう行っていい?」
「ダメだ。見たところ上等なローブを着ているようだが……もしかしてどこかの貴族様か?」
「ううん、平民。それより美味しいお酒を置いてる店とか知らない?」
早く行きたいんだけど。
強面の兵士が出入口近くに立つ兵士に顔を向けると、片目を瞑って首を傾げられ、困った様子が丸わかりである。
じゃあ、と。
オススメの酒屋まで連れて行くという名目で、強面の兵士は監視をすることにした。
「すごい、屋根から氷柱が。雪かき大変だね。うわぁ、雪で潰れそうな家。大丈夫?」
兵士の周りをうろちょろしながら街並みに目を輝かせ、道行く住民に話しかけるエスト。
ローブはあまり暖かそうに見えず、寒くないのかと聞きたくなる。しかし、彼が聞く前に街の住民がエストに話しかけた。
屋根に積もった雪が非常に分厚く、落ちてきたら参事になりそうな家から老婆が出てきた。
「ごめんねぇ、腰が悪くてねぇ。雪かき、手伝ってもらっていいのかい?」
「うん。土像、火球」
エストが土の箱で雪を囲むと、内部で出した火魔術によって溶かし、あっという間に屋根や周囲の道を元の姿に戻してしまった。
「あらまぁ、すごい魔術師さんだったの?」
「すごいでしょ? 腰、良くなるといいね」
老婆の元を離れたエストが兵士の元に歩いてくると、とても凛々しい表情をしながら……足を滑らせた。
思いっきり後ろに倒れるエストだったが、間一髪で風域で衝撃を吸収し、地面に仰向けで着地した。
「お、おい、大丈夫か?」
「……雪かきした後の道、滑るね」
「雪に慣れていないのか?」
「山だと道は敷かれてないから。それよりお土産。早く行こう」
寄り道したのはお前だ、と言いたい気持ちを抑えた兵士は、渋々案内を続けることに。
ふらふらと周りを見ては屋根の雪を溶かしていき、酒屋に着くまでに三時間も要してしまった。
「ここは火酒が美味いんだ。弱い酒だと温まらねぇからな。土産には持ってこいだろ?」
「…………ない」
店主にお気に入りの火酒を持ってこいと言う兵士だったが、深刻そうな顔で俯くエストがボソッと呟いた。
「なんだって?」
「お金…………ない」
「は?」
「お金、持ってない。ここに来る前に、家族に全財産渡しちゃった」
魔族との戦いが終わった時、ネフの名札を消したことで遺言書は伝わっている。
手持ちの魔石はゼロ。金になりそうな物と言えば、今着ているローブや杖、氷龍の龍玉……どれも国が買うような価格になるため、差し出すことはできない。
これではお土産を買うどころか、今日食べる物すら買えないため、兵士も店主も頭を抱えた。
しかし、店主はパッと顔を上げると、少しだけ悪い顔でエストの肩を叩き、壁に向かって親指で示した。
「この隣はウチの酒場だ。暇な冒険者共がしょっちゅう金を賭けて遊んでいる。お前さんもやってみるか?」
「いいの? おじさん、行こう」
「おいおい嘘だろ!? ガキになんてこと教えてんだ!」
「いいじゃねぇか。きっといいモンが見れる」
そう言ってエストは隣の酒場に入ると、強いアルコールの匂いに包まれた、図体のデカい男たちがやたらと多い空間に笑みを浮かべた。
いくつかのテーブルでカードゲームを使った賭けをしているのを見て、キリのいいところで男の肩を叩く。
「ねぇ、僕も混ぜてよ。ポーカーでしょ?」
「あぁ? ガキは帰りな」
「いいじゃん、こう見えて結構強いんだよ?」
自信満々に空いている席から椅子を持って行く様子を見て、強面の兵士はため息を吐きながら後ろに立った。
「おじさん、お金貸して。倍にして返す」
「倍にして返さなかったらどうする?」
「近くの魔物を狩って返すよ。ほら、早く」
「……しょうがねぇなぁ」
一応ギルドカードは持っていたのでエストのランクは知っている。
若くしてBランクの冒険者になっている以上、その言葉に嘘はないと思えたのだ。
少しずつ賭けろよ、と言って五千リカを渡す兵士だったが、エストは真っ先に全額ベットした。
「おまっ、何してんだ!」
「黙って見てて」
冷たく言い放たれたその言葉は、異常なまでに威圧感が込められており、兵士は小さく頷いて後ずさる。
兵士が子どもに気圧されるという面白いものを見せてもらったと、テーブルに座る三人の男は大きく笑った。
それにエストも笑うと、遂に賭けポーカーが始まる。
スンと表情が消えたエストからは手札の善し悪しは全く窺えない。三人は感心した様子で続ける。
「チェックだ」
「俺もチェックだ」
「僕もチェック」
「それじゃあ出してもらおうか」
順に五枚のカードを広げて出すと、一人がフラッシュ、他二人がツーペア作った中、エストはフォーカードを出していた。
「なっ、嘘だろ!?」
「僕の勝ちだね。さ、続けよっか」
十倍にしたお金を再度全額差し出すと、狂気とも思える二試合目が始まる。
あまりにも運が良すぎると思った兵士は、まじまじとエストの手札を見ることにした。
チラッとエストが札を配る親を見ると同時に、その豪運を目の前にする。
(最初の手札……スリーカード!?)
初手でツーペア相手に勝てる手札が来たが、なんと全てドローした。
「はぁ!?」
「静かにして。集中できない」
つい大声を上げてしまったが、仕方がないことだった。
何せ、新たに配られたカードは数字がバラバラだが絵柄が同じ……フラッシュだったから。
どんな運をしているんだと、そう叫びたい気持ちを堪えると、このターンは全員ドローを希望した。
「出す前に聞いておこう。坊主、自信は?」
「無いね」
「ほう? じゃあ全員見せてもらおうか」
パッと机の上に置かれた役は、ストレートが一人と、スリーカードが二人。そしてエストのフラッシュで、三人から視線が集まる。
「よし、これで三十万リカだね。帰ろう」
「……待て。お前、気づいていただろ」
「何が?」
あっけらかんと答えるエストに、カードを配った親の男が睨みつけるように言った。
「本来ならそのフラッシュは俺の手札だ」
「うん、そうだね。あんなにわかりやすくカードを選んで配るから、つい見ちゃったよ。ズルするなら利用されないようにしないと」
手札を配る時、なぜか一番下のカードを混ぜて配っていた。他の二人は会話に夢中で気づいていないようだったが、隠す気も無さそうなイカサマにエストは乗っかった。
「……やるじゃねぇか。こっち側に来いよ」
「ヤダね。カードゲームは普通に楽しむのが好きなんだ。それに、元はこのおじさんに借りたお金だし」
誰かがベットした皮袋から一万リカを取り出すと、兵士に返した。
二十九万もあれば酒を買うには足りる。むしろ多すぎるくらいだ。
次はバレないようにね、と言ってから酒場を出ると、隣の酒屋に戻ってオススメの火酒を購入した。
「ハッハッハ! やっぱり逸材だったか!」
「おやっさん……こいつ頭おかしいぜ」
「失礼な。あ、お酒ありがとね。おじさんも案内お疲れ様。適当に食料を買ったら街を出るよ」
「もう行くのか?」
まるで当初の目的を忘れた兵士に、エストは苦笑いしながら仕事に戻った方がいいと伝えたが、最後まで見送ると行って着いてきた。
酒や食材をローブに仕舞うフリをして亜空間に入れていくと、特に気づかれる様子はなく南門で別れることに。
「気を付けて行けよ。最近は《《渡り》》の影響で魔物が暴れやすい」
「渡り?」
「ワイバーンの集団行動だ。雄のワイバーンが雌のワイバーンを探して高頻度で飛び回る。同じ雌を巡って争うから、地上が大惨事になる」
「へぇ。面白そうだね、見てみたい」
「……すぐに逃げろよ」
「じゃあね。またどこかで」
好奇心旺盛なエストに辟易した様子で、強面の兵士はエストの旅立ちを見送った。
街道の雪かきは終わったばかりだと言うのに、もう積もり始めている。住民に使ったように雪を消していってほしいと願っていると、次の瞬間──
「……感謝する」
街道とその辺りの雪を一瞬にして吹き飛ばしていく。
溶かせば次に積もった雪で凍ってしまい、馬車が横転する危険性があるので風魔術を使ったのだ。
一度転けただけで理解したことに感嘆の声をもらした兵士は、その背中が見えなくなるまで立っていた。
「ワイバーンの集団……お肉のチャンス!」
またシスティリアの美味しい料理を食べるために、ワイバーンとの接近を夢見るエストだった。




