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08 君は今は従者だ

 国王は最初の印象とまるで違った。


 柔和な笑みから一瞬で威厳ある表情に変わるところのある人だ。


 少し怖いが、国王としては当たり前かもしれない。


 朝食の席は一見穏やかだったが、衝撃的な事実が分かった。


「ヨナン、たくさん食べなさい。そろそろお子ができるかもしれないのだ。栄養をつけなさい」


 フルーツを食べながら、優しく穏やかな好好ジジイのような柔和な笑みを浮かべて、国王がヨナン妃に言ったのだ。


 私は凍り付いた。

 えっ!?

 お子ができるかもしれない!?

 どうーいう……?


 国王もヨナン妃を女性だと信じているのだ分かり、よろめくような気分だ。


 国王の「お子」発言を聞いて、弾かれるようにヨナン妃が嬉しそうに微笑んだ。


「そうよ、ヨナン、遠慮なく食べてね。あなたはもっと太った方がいいわよ」


 王妃も優しい言葉をヨナンにかけた。



 思わず、私のフォークの先の肉がぽたっと皿に落ちた。


 アラン王子に一瞥された。

 他は誰も気づいていないようだ。


 ヨナン妃が男だという事実は、現時点でアラン王子と私だけの秘密のようだ。


 アラン王子は「そういうこと」という表情で私を見つめた。

 

 私は目をパチリとして、見つめ返した。

 ……OK。


 周りは、ヨナン妃を徹底的に女性と信じ込んでいる。


 柔和な笑みを浮かべているヨナン妃をアラン王子も見つめて、夫らしくうなずいた。


「食べなさい、ヨナン。確かに今が一番大事な時だ」

 

 アラン王子の言葉にヨナン妃が赤くなり恥ずかしそうに微笑んだ。


 美しくはにかんだ表情。

 世の男性は皆よろける程の破壊力のある魅力。


 ……ずっこける。


 やだー!

 これに調子を合わせるのね。

 

 ヨナン妃は言葉少ないというより、ほぼしゃべっていない。


 彼は恥ずかしがり屋でシャイな笑みを浮かべる美しいお姫様で通っているようだ。


 なぜバレないの?

 喋らないから?

 脱がないと分からないレベルだから?


 私はフルーツを頬張りながら、考え込んだ。


 急に国王が話を変えた。


「今日のガリエペンの宰相との契約だが、王印章が必要だ。アラン、この前代理で執務をしてもらったが、午後の会合で使うから帰してもらえるか」


 文字通りにアラン王子が凍りついた。

 完全に動きが止まっている。


 やっべー。


 私の耳にアラン王子が小さくうめく声が聞こえた。


 ヨナン妃も「はて?」という顔をしてアラン王子を見つめる。


「もちろんですっ!時間までにお持ちします」


 アラン王子は愛想よく答えたが、汗が額に滲み出ている。国王は気づいていないようだ。


「そうか。頼むぞ。エリザベスは、宮殿住まいに不便はしていないか?」


 急に私に振られて、私はにっこりと微笑んだ。


「えぇ、本当によくしていただいてありがたいですわ」

「アランとヨナンと助け合って、我が国の王政を支えてくれ」


「はい、是非に。色々学び、励みます」


 国王と王妃は満足そうに目を合わせて、微笑んだ。朝食の席は一見筒がなく終わった。





「印章を宿屋に忘れてきたっ!?」


 私が絶叫する口を慌てて塞いだアラン王子は、コクコクと声なくうなずいた。朝食後にアラン王子の部屋に引きずりこまれた。



 ブルブル震えるように、青ざめているアラン王子。


「俺はガリエペンの大臣との会合で、午前中は執務を抜けられない。リジー、どーしよっ!」


 終わった……とうめきながら、部屋をぐるぐる歩き回るアラン王子。


「私が取ってくるわ」


私はいたした宿を覚えている。朝早くに宿代を払って馬車を借りたから。


「じゃあ、俺が一緒に行ってあげよう」


 いつのまにか、アラン王子の部屋に入り込んでいたヨナン妃が、スパッと髪の毛を取り、服を脱ぎ始めた。

 短髪の凛々しいイケメンが現れた。


 へっ?

 ズ……ズラだったの!?

 ウワッ、凄いイケメンじゃない!?


「アラン、服借りるぞ」

「約束して!リジーには絶対に手を出さないでっ!」

「アラン、俺に助けて欲しい?それとも、リジー一人に行かせて危険な目に合わせたい?どっち?」


 アラン王子とヨナン妃は、カンカンガクガクの内輪揉めしている。


 私はひとまず、街に出れる格好になるために、マリーの待つ自分の部屋に退散した。


「お嬢様。朝食のお席はいかがでしたか?」

「美味しかったわ」

「私も宮殿の使用人用の食事の部屋で、楽しくいただきました!」


 マリーはお友達ができたらしい。

 顔が輝いている。


 私がクローゼットをあさって、黒マントと街娘に見えそうな服を次から次に取り出して、ソファに投げているのを手伝っている。


 お友達は、ヨナン妃の侍女と庭師の若者と……エトセトラ、エトセトラ、おしゃべりが……。


「お嬢様っ!?」


 リジーがハッとして何かに気づいて、鋭く叫んだ。


「もしや……また川に身を投げに……っ、おやめくださいっ!」


 最後は泣いて私にすがってきた。


「違うから、マリー!」

「だってだって…お嬢様はあの日も街娘の格好に黒マントで、ちょっと街に出てくると仰って戻ってきてくださらなかったじゃないですかぁっひーっ!」


 16歳のマリーは必死だ。

 私が身投げモードに入ったと勘違いして、泣きじゃくってしがみついてきた。


「アラン王子は最高なの。私が身を投げる訳がないじゃない。コレは、その、アラン王子に頼まれた秘密ミッションなの」


 マリーの泣き声が止まった。


「アラン王子に頼まれた秘密ミッション……ですか?スパイ的なでしょうか?」


 子犬が主人に何かを期待するような目で私の腰にしがみついたまま、マリーが私を見上げてきて聞いた。


 涙のあとがほっぺにもアゴにも残っている。


「マリー、イエスだ」


 私はしぃーっと唇に人差し指を当てて、厳かに言った。


 パッとマリーが私から離れた。

 テキパキと衣装の中から、目立たず、街娘らしく、かつ清潔感のある装いを選び、ブーツも用意している。


 私は皮のポシェットのようなものに、現金の入った財布、レースのハンカチ、水筒を手際よく準備した。水差しの水は、今朝マリーが井戸から準備して、キッチンで煮沸してくれたもの。


 ドレスを脱ぎ、街娘用の服に着替えるのをマリーがテキパキと手伝ってくれた。マリーもエプロンを外し、カバンを背負った。


「お嬢様、私もお供します!」


 マリーはキッパリと宣言した。

 マリーのグリーンの瞳は超真剣。

 てこでも主人にお供する気マンマンだ。


 いやー?

 ヨナンがいるし、問題だろう。

 散らした宿に行くんだよ?


「待って!従者が一人私に付いてきてくれるから、マリーはこっちで時間を稼いで欲しいの。アラン王子はガリエペンの大臣と会合なの。午後からガリエペンの宰相と国王の契約が行われるの」


 マリーは、国交問題ですか……と呟いて目をパチクリしている。


「そう!だから、私のお昼までに終わらければ、舞踏でも披露して時間を引き伸ばしてくれる?綺麗なあの舞踏衣装を来て、待機していて欲しいの」

「えっ!?」


 私とマリーは一緒にダンスのレッスンをうけていた。我が国に伝わる民族的な衣装で踊る、古くはアラビアから伝わって、我が国独自に発展してきた魅惑的なダンスだ。私のスタイルが良いとすれば、この舞踏で鍛え上げられた所によるものだ。


 ぽっちゃりですがね……。


 私が嗜みとして始めたのに、マリーも付き添っているうちに、いつのまにかマリーも付き合いで踊るようになった。


 暇な夜は2人で踊って遊んだのだ。


 そんなことにはならないと思うが、マリーは大事なミッションを与えられて、ピタリと動きが止まった。


 どう?マリー?

 固唾を飲んで、主人について行くと言い張るマリーの心が変わるのを待った。


 どっち?


「分かりました、お嬢様っ!お帰りをお待ち申し上げます。いざとなれば、いつでも踊り出せるように綺麗にしてお待ちしております!」


 16歳のマリーは悲壮な使命感を漂わせて、うなずいた。


「リジー?」


 外からドアがノックされている。

 私はドアをさっと開けて、アラン王子と1人の若者を部屋に招き入れた。


 マリーは若者に目が釘付けだ。

 短髪の爽やかイケメン。

 化粧も落としたらしい、ヨナン妃だ。


「あっ、マリー、こちらが一緒に街に付いてきてくれる……人よ」


 名前は何と呼べばわからず、誤魔化した。


「本日エリザベス妃のお供を担当するイザークだ」


 落ち着いた低い声で挨拶したヨナン妃。

 マリーの目がハートに変わるのは、一瞬だった。


「アラン王子、今日の午後までに私の秘密ミッションの完了が間に合わなければ、こちらのマリーが我が国に伝わる民族舞踏を披露して時間を稼ぎますわ。民族舞踏のベリフラックがマリーは踊れます。衣装も用意してあります」


 おぉ!と言った表情になったアラン王子。

 

「分かった。イザーク、リジー、秘密ミッションを頼む。隠密に、そして安全に。頼んだぞ、イザーク!」


「はっ!」


 私たちは走るようにして宮殿を抜け出した。宮殿の外にはアラン王子が手配した馬車が待っていた。


「リジー、やっと2人きりになれたね」

「イザーク、君は今は従者だ」

「リジー、アランに似てない?」


 私たちは軽口を叩きながら、馬車に乗り込んだ。



 私のワンナイトは、予期せぬ展開へ。



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