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07 リジー、俺を誘ってるよね?

 よく考えたら、昨晩は酔っていたから、初体験は断片的にしか記憶がないのだ。



「リジー、俺、幸せでよく眠れそー」



 軽い調子で言って、チュッと私の頬にキスをしたアラン王子は、すぐにスヤスヤと寝入った。私も気の遠くなるような激動の1日だったし、猛烈な眠気が襲ってきて、すぐに意識を手放した。








「おっはよっ、可愛いぃ」


 男の声で目が覚めた。


 うん?

 

 やたらもの凄く綺麗な人が私の隣りにいて、私はその人に抱きついていた。薄いシーツが私の体にかかっているが、シーツを跳ねのけそうな勢いで綺麗な人に私は抱きついている。


 夢?

 だれ?

 きれーなヒト。



 目をしばたいて、見上げる。

 綺麗な人は頬杖をついて、私を見下ろしているが、何だか指先まで美しい人だ。


 高価なレースが縫い付けられたネグリジェを着ていて、頬杖をついて寝そべっている姿すらも、優美な雰囲気だ。



 えっ!?

 なんでっ!?


 私はその人の胸のあたりに手を置いていた。


 女性の姿なのに、手に当たる胸の感触はたいらだ。


 うん……?

 


 うわっ?

 ヨナン妃!?

 なぜっ!?


 私とアラン王子の間に、ネグリジェを着たヨナン妃が体を横たえていて、美しい顔を私のほう向けている。私の手はあろうことか、ヨナン妃の胸のあたりに置かれていた。

 


 キャッ!!



「ご……ご……ごめんなさいっ!」

「やだ……つれない。昨日会った事も忘れた?」


「いえ、覚えています!ただ、びっくりしたのでっ」



 私はすごい勢いでベッドの端に体を捩り、後ろ向きに後ずさった。


 えっ!?

 私、裸っ!?


 シーツの下から出ると、スースーして自分が裸であることに気づいて、自分で絶叫しそうになった。


 きゃっ!

 やだーっ!


 慌ててシーツを体に巻き付けて、ベッドから降りた。


「リジー、そんな挑発的な姿を見せちゃって。俺を誘ってるよね?」



 ネグリジェを着た美女は私の方にふっと妖艶な笑顔を見せてウィンクした。


「ぜっんぜっん誘っておりませんっ!」


 私はフルフル頭を振る。 



「うっさいな」


 ぶっきらぼうなアラン王子の声がして、ベッドのもう片方の端っこに、アラン王子がやはり裸で腰に申し訳程度に布切れを被せたような状態で寝ているのが見えた。



 逞しい胸筋が寝息で揺れている。



「アランが大好きな場所、教えてあげよっか」


 ヨナン妃が私にささやいた。



 その言葉に私はフリーズした。

 アラン王子のす、す、好きな……?


 なぜ、そんなことをヨナン妃がご存知なのでしょう?


 

 私がちょっと泣き顔になったのを、ヨナン妃は見逃さなかったようだ。



「あら?知らないの?私とアランは……」


「待てっ!」


 突然、ガバッとベッドから飛び起きたアラン王子が待ったをかけた。ヨナン妃の口を後ろからふさいだ。


 裸のアラン王子がヨナン妃に襲い掛かり、ヨナン妃がとても嬉しそうな顔をしたのを私は見た。


 いやっ!

 あぁ!


 ヨナン妃がハスキーな声でふざける。


「黙りなさいっ!」


 アラン王子は綺麗なネグリジェ姿のヨナン妃に馬乗りになっている。



 え?

 この2人、うん……?



 ベッドから離れたところにシーツだけを体に巻き付けて、呆然としている私。ネグリジェを着ている美しい女人に裸で襲いかかる超絶イケメン。



 一人は私の夫。

 一人は私の夫の正妻。



「ヨナンっ!!!!!!」

「なーに。今、アランの大好きな場所を……」


「やめなさいっ!朝食の時間だ。正妻らしい装いをしていただきたい。国王も一緒に召し上がるのだから」


 目を爛々と光らせたアラン王子は、ベッドから走るようにして猛烈なスピードで飛び降りて、すぐさま服を身につけ始めた。その間も、私の方を気づかわしそうに見ている。



「リジー、何もされていないか?」


 中途半端に服を羽織ったアラン王子は、すぐさまシーツを巻きつけただけの私を抱き抱えた。シーツごとお姫様のように恭しく抱き上げられて、ドアの方に運ばれる私。




「ほんとーに、何もされていないか?」

「キスは?」

「……っもしかして、触られたのかっ!?」


「……っもしかして、ヨナンに襲われたのかっ!?」


「……っえー!」

「もしかして、ヨナンと……「待って!」」



 私は暴走し始めたアラン王子を止めた。



「何もないのです。私とヨナン妃の間には何もなかったのです。目が覚めたら、ヨナン妃がいらしたので、驚いただけです」



 ふーっと安堵のため息をついたアラン王子は、煌めく瞳で私をしっかりと見つめた。



「昨日は最高だった。リジー、我が宮殿へようこそ。ヨナンとは訳あって離縁できないのだが、私の女人は其方だけだ」

  


 言葉遣いが丁寧。

 ヨナン妃が私たちの間に寝ていたのは、アラン王子にとっても動揺することだったようだ。


 バレたくない何かなんて、無いよね?

 

 2人の関係は一体どう……?  



 そもそもだ。

 アラン王子の大好きな場所なんて、どうしたら知れるというの?

 

 いやー……? 


 


「おぉ嬢さまぁっ!」


 マリーは私がシーツに包まれて颯爽とアラン王子に運ばれて私の部屋まで戻ってくるのを見て、両手を握りしめて顔を輝かせている。


 目がキラキラとして、私がアラン王子に大切にされていると思い、とても喜んでいるのが分かる。



 マリー、そうかもしれないけど。

 モヤモヤするのだ。


 言えないけど、聞いて。

 夫の妻がね……って。

 言っちゃダメな話だ。


 

「マリー、すぐに朝食だ。国王陛下も王妃様もいらっしゃる。リジーの身支度を頼む」



 アラン王子は、王子らしい高貴なオーラ全開でマリーに申し付け、すぐに踵を返して戻って行った。



 きっと、ヨナン妃がいるアラン王子の部屋に戻ったのだ。



 私の胸の奥がチクリとした。


 クリフに太っているからと婚約破棄された時には感じなかった、切ない痛み。



「お嬢様、アラン王子は素敵ですね。お嬢様をとても大切にされているご様子ですわ。マリーは安堵いたしました!今日の装いは、こちらのドレスにいたしましょうか」


 マリーは興奮して、ハイテンションで色々話しかけてくる。



 クリフに婚約破棄されて、川に身投げしたと思った主人が王子に拾われて、大切にされていると思い、マリーとしても嬉しいのだろう。



 清純極まりないマリーは、私の体に少し増えた虫さされに訝しげな顔をしたが、気のせいだと思ったらしく、テキパキとドレスを着るのを手伝ってくれた。

 


 私はあれよあれよという間に身支度を終えて、しずしずと宮殿の廊下を歩いて朝食の間に向かった。




 うわっ!



 朝食の席に向かう途中、ヨナン妃の腰に手を回してアラン王子がエスコートして歩いてくる2人にバッタリあった。



 私の心臓はドキドキした。

 私の心はチクチクした。


 

「リジー、アランのことなら何でも教えてあげる」



 耳元でヨナン妃がごく小さな声でささやき、私は真っ赤になった。


 

 私より先にヨナン妃が知っていることは、何だ?


 猛烈な嫉妬心に震える。


 

 これは恋だろうか。



 私のワンナイトは、予期せぬ展開へ。


 

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