05 俺にいじめて欲しかった?
失意のあまりに、一晩中川に身投げをしようとして彷徨っていたと信じ込んでいる父と母は、涙ながらに私を抱きしめて、ディッシュ公爵家に戻って行った。
「大丈夫なんだな?マリー頼んだぞっ!」
「大丈夫なのねっ?マリーお願いしますよっ!」
2人は何度も私に確認しつつ、16歳のマリーにすがり、私を振り返りながら、宮殿を後にして行った。
ふーっ。
キスマークのことはバレなかった。
宿屋にしけ込んだこともバレなかった。
朝帰りは、街の宿屋からだったことも。
「さあ、お嬢様、こちらでございます」
マリーは早速、湯浴み室や私の部屋についての情報を頭に入れたようだ。
「夢のように素敵な部屋でございますわ」
マリーのおしゃべりは止まらない。
「クリフさまではなくて良かったっ……」
マリーは「しまった!」という顔をして慌てて口をつぐんだ。私の顔を心配そうに眉を八の字にしてチラッと見ている。
大丈夫だ、マリー。
クリフのことなんか。
綺麗さっぱり忘れた!
今は、未来の第一王妃が男だということだけで、処理しきれんのだ。
なんでそうなったの?
政略結婚?
男だということを隠して嫁いだ?
国王も王妃も気づいてないってこと?
やだー。
ヨナン妃は男が好き?
そこはオーケー。
女もいけるって……!?
だよね、だよねって、そんな……って何想像しているのっ!
私はいじめられないかもしれないと分かってほっとした。
金無し既婚者やろうといたしてしまったと思っていたが、第二の妻として結婚式まで挙げてもらった。
第一の妻は「男」で、私の新郎となったアラン王子とは、そこはいたしていない……って何を妄想しているのっ!
君みたいに太っている令嬢は好みじゃないんだ、とか言われて婚約破棄されたが、もっと格上の王子と結婚式を挙げた。
要するに。
私は先ほどヨナン妃に挨拶した時の妙な感じが体にまとわりついていて、落ち着かない。
頭がぐるぐるする。
***
「……あの……よろしくお願いします。いじめられるかと思って緊張していたので……」
私がさっきヨナン妃にご挨拶をしたら、途端に口角を上げて、美しいうすら笑いを浮かべてヨナン妃は迫ってきた。
ちかっ!
後ずさる私。
私の耳元にふっと息を吹きかけて、キャッと身をすくめる私に、ヨナン妃は男の声でささやいた。
「俺にいじめて欲しかった?いいよ、リジーなら……最高だ」
絶対に卑猥な意味がこもっていた、と思う!
すけべな意味だ。
えっちな意味だ。
いじめるの意味がゼーったいに違うっ!
いや、完全に目が男なんですけれど。
欲望が見え隠れする男の目線。
これは上手いだろう……!
でも、だめよ……あぁ、私は誰に気兼ねをするんでしょう!
私はしどろもどろになって、後ずさって壁にドンと背をつけた。
ふふっと笑って顔を近づけてくるヨナン妃。
「ねぇ、昨日が初めてだったって。色々教えてあげよっか?リジーは可愛いからいいよ」
はぁっ!?
「いいです、結構です」
私は真っ赤になった。
ヨナン妃の瞳に吸い込まれそうになっている。
顎に手を添えられて……!
唇が私の耳に近づいて耳に口付けをされたっ!
なんで目が泳いでいるのっ!私、しっかりしなさいっ!
だめ!
いくらウブでも、隠微な世界の扉を開けたばかりでそんなぁっ!
だめよっー。
「ダメっ!」
ぐいっとヨナン妃の肩が誰かにつかまれて、目の前にすんごいイケメンが現れた。猛烈に怒った様子のアラン王子だ。
怒ると顔が真っ赤に上気して、目が爛爛とするんだ。
「ヨナン妃、我が妻は昨日が初めてなのだ。自重したまえ」
王子らしい言葉使いと威厳溢れるオーラに、私はひゅっと息をのんだ。
豹変している。
今までの軽さはいずこへ……?
「エリザベスは、しばらく部屋でゆっくり休むように。湯浴みが終わった頃にまた会おう。今日の夕食は全員では行わない。今日は初夜なので」
最後の言葉に含み笑いが込められた気がするのは気のせいだろうか。
猛烈に怒っていたはずのアラン王子の口角がもう上がっている。
「やだーっ初めての夜って。思い出すわぁ」
横でヨナン妃が男の声でぼそっと私たち二人にささやいた。
えっ!?
ヨナン妃とアラン王子の、二人の初めての夜……?
顔が能面のように無表情になったアラン王子が、私の目の前でビシッと言った。
「エリザベス、君の侍女はどこだ?確かマリーと言ったな?マリー!!!!」
アラン王子は大声で侍女のマリーを呼びつけると、ヨナン妃の腕をガシッとつかみ、大股で去って行った。傍目から見ると、美しい王子が魅惑的な若いヨナン妃を部屋に連れ込もうとしているようにしか見えない。
ヨナン妃はふっと笑って、私にウィンクして、アラン王子に連れて行かれた。
***
「お嬢様っ!さぁ、ここがご用意されたお部屋でございます」
マリーの声でハッと我に返った私。
オープンザドア!
それはそれは素晴らしい調度のお部屋が用意されていた。王子の側妃の待遇は素晴らしかった。
「お、おじょうさまっ!ドレスもネグリジェもこんなにたくさんっ!」
マリーは奥の衣装室の扉を開けて、興奮している。
私のワンナイトは、予期せぬ展開へ。