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03 リジーはちゃんとしよう

 昨日までの私なら言えた。

 理性が確かにあった……と思う。

 公爵令嬢としての分別もあった。



「今晩からとはさすがに行けませんわ。婚礼の儀をつつがなく終わらせなければなりませんもの」



 というべきだが、なぜか目の前の凛々しい若者とのぶっ飛んだ熱い夜が頭によぎり、一言も言えなかった。


 その……目の前の凛々しいお顔の方が服を脱いで……。



 昨晩、私は幸せだった。

 

 また今晩も?

 いや、私、しっかりするのよ!


 頭をフルフルする。

 愛欲に惑わされるな!



「今日からすぐにだなんて」

「そ……そんな急なお話で……」



 父と母はオロオロと私を見つめて、アラン王子の信じ難い押しの強さに困惑している。私の顔色をうかがっている。何せ大切な娘は婚約破棄されて、失意のあまりに川に身を投げようとしたばかりだと思っている。



 いくらなんでも犬の子でもあるまいし、「今日もらって帰るね!」といった気軽さはダメだ。公爵令嬢に対しては、そぐわない振る舞いだろう。



 品格も何もないし。

 準備とか色々あるでしょう?



「リジーはどうする?」


 父と母が困惑する様子を見て、アラン王子は煌めく瞳で私を見つめた。


 彼が私を見つめると、全身が熱くなり、私の頭には不埒な残像がよぎる。



 彼の逞しい胸板。

 私を組み敷いて、真上から見下ろす彼。 

 凛々しいのに妖艶、色っぽい表情。

 私に愛していると言う瞳。

 信じられないほどの幸せに導く彼。

 今まで感じたことのない多幸感…。

 汗で濡れた髪が色気を増して、唇が誘う。



 弄ばれるというより大切に慈しまれる幸せ。

 


 汗に濡れた彼の髪の毛が私にゆっくりと近づき、キスをする……。


 2人で一つになって……。



 やだー!

 いけない私!


 綺麗に理性が消え去った。



「私は行きますわ、お父様、お母様。全て王命に従うと先ほど回答されましたでしょう?ディッシュ公爵家の長女としては、全てアラン王子にお従いいたしますわ」


 私はたおやかに父と母に答えた。



「な……なんと、リジーはそれでいいのか?」

「はい。お父様、アラン王子に求められてとても幸せでございますわ」



 私はまんざら本心とも言えない言葉をささやいた。


「おぉ、リジー!」


 父と母は昨日私は婚約破棄されて川に身を投げようとするところまで追い詰められたこと、それに比べれば、こんなありがたいお話と、私が健気に覚悟を決めたと思ったようだ。


 2人は泣きながら抱きしめてくれた。



「では、30分だけいただけますか。すぐに支度をしてまいりますので」


「俺は、可愛いリジーならカラダ一つで来てくれて構わないけど。俺は手ぶらで構わない」


 フッと近づかれたアラン王子に耳元で囁かれて、私は真っ赤になった。


 ウィンクされた。



 くるりとむきを変えて、自分の部屋までまっしぐらに戻った。

 はぁはぁと息が荒い。


「お嬢様ぁっ!」


 マリーが泣きながら追ってきた。


 泣くな、マリー。


 修道院行きを運よく免れる絶好のチャンス到来なの。


 全然、可哀想じゃないの。

 大事なものを散らしたの。

 あの男に捧げたの……っ!


 うわー。


 そしてあの……また、幸せになりたいかもしれないのっ!



 心の声が漏れないようにしなければ!



 大慌てでマリーとドレスや下着を鞄に詰め込み、部屋を出た。マリーの両腕にはいっぱいの荷物だったので、私も抱えた。


 夜逃げみたい。


 クリフのバカが太っていると婚約破棄した私を、可愛いと言って、乙女の夢を散らした責任まで取ろうとしているのはアラン王子。

 


 我が国の第一王子。

 超絶イケメン。

 凛々しい。



 ディッシュ公爵家に、王家の紋章のついた馬車150台ほど仰々しく停まっていると噂になったようで、近くのノーザント子爵家に住むクリフが何事かと駆けつけてきた。


「リジー、僕が婚約破棄したせいで、川に身投げしようとしたんだって!?」


 クリフは一晩でげっそりやつれていた。

 一晩中私を探したのか、服があちこち汚れて破けてすらあった。



 うん、私は、酔った勢いで愛を告白された知らない相手に初めてを散らしたあげくに、ぐっすり寝たけどね。



「僕のせいで、本当にごめんっ!そんなにリジーに愛されていたなんて……ごめん。俺をこんなにも好いてくれていたのに!」


 クリフはよろよろしながら、泣いて謝ってきた。



 はいっ!?

 いやー、そうだっけ?

 クリフを愛していたかは、知らん。


 子爵家の次男。

 それなりに顔立ち良し。

 21歳。

 チャラい。

 格上の公爵令嬢をつかまえた。私。

 スレンダー好き。

 ぽっちゃりを理由に私を振った。

 川に身を投げる、私!

 (投げない、投げない)



 今自分に酔っているな。クリフ?

 

 自分を好いてくれている格上令嬢が、自分に振られて失意のあまりに川に身を投げる。

 そんなに自分を愛してくれていた……という心理状態だろ。



 美化し過ぎだ、クリフ。

 いや、君はそんなに好かれていない!

 


「王命に従います。アラン王子の側妃になります」


 私は公爵令嬢らしく美しい笑みを浮かべて、慎ましい態度でクリフに言った。



「そんなっ!リジー、俺のせいでっ!」


 クリフは髪をかきむしって、悶えた。



 勝手に悶えてろ。



 アラン王子に恭しく手を添えられて私が王家の馬車に乗り込む瞬間、クリフが正義の味方を気取って割り込んできた。

 


「お待ちいただけますか?待ってください!リジーの気持ちを尊重してくださいっ!」



 返事をしたのはアラン王子だった。


 爽やかでゴージャスな魅力を振りまきながら、アラン王子は上から目線でクリフに冷たく言った。



「私の最愛の妻に何か用か。私は君より数倍も格上だ。私は彼女を大切にする」



 私はアラン王子にこれみよがしにキスをされた。両頬をふわりと包み込まれて熱いキスだ。



 クリフは青ざめてワナワナ震え始めた。そこにすかさず追い討ちをかけるアラン王子。


「リジーは最高だ。昨日は2人で一晩中過ごした。もうリジーから離れられない。最高の女性だ。可愛すぎてリジーに私はゾッコンだ。王命で私の妻に正式に決まった」


 真っ赤になったり、青くなったり忙しいクリフ。


「ごめんなさいね」


 私はすっとクリフ近寄り、言い放った。


「王子は最高なの。あぁん、最高の幸せを初めて教えてもらったの。リジー、知らなかったの」


 クリフは口を開けたまま、フリーズした。クリフは私の言葉に反応している。

 

 ふふふ。

 ざまァですわ。

 傷つけたらヤケドしますわよ!



 次の瞬間のクリフの顔は最高だった。



 激しい後悔。

 何かやってしまった感に溢れる顔。


 

 クリフの頭の中で私は最上級の女性になったと期待する。


 私を見る目つきがまるで違ったから。

 同じ公爵家のスレンダー美女に勝ったかもしれない。




 こうして私は、アラン王子の二番目の妻に華麗に転身した。


 華美なほどに飾り立てられた馬車と、祝時用のお仕着せを着せられた従者たちと一緒に、私はアラン王子の馬車に乗せられて、宮殿に向かった。



 マリーは後ろの馬車だ。

 両親もだ。


 私の馬車にはアラン王子一人乗っていた。横に座られて、手を握られて唇にキスをされた。


 とろけるようなキス。

 ふぅっと体から力が抜けてしまって、とろんとしてしまった。


 そっと唇を長い綺麗な指でなぞられた。


「キスも初めてだったの?」


 その言葉に、私は素直にうなずいた。


 アラン王子にぎゅっとされた。



「全部初めてだったんだ。嬉しー」



「取られたくないからさ、なんか悔しくて、失いたくなくて、口付けの跡をたくさんつけたんだけど。本当にごめんね。こんなの初めてで、俺も」



 独占欲強めなのだろうか。

 ただ、悪い気が全然しない。


 

「あの……私が誰だかどこかで話しましたでしょうか?」


 彼はふっと笑った。


「酔ってね、リジーは話してくれた。昨日婚約破棄されたんでしょ」



 そうか。

 私、全部話したんだ。

 この人に何もかも。



「今日の式はすごいから。全部用意させた。リジーは初婚でしょ?初めてなんだから、リジーはちゃんとしよう」


 えっ!?

 式って?


「ウェディングドレスは口付けの跡が隠れるやつにしたから。最高に綺麗かも。リジー、俺、初めて結婚式がワクワクするもんだと知った。なんかありがとね」


 チュッとほっぺにキスされた。

 

 私は今日結婚式をしてもらえるようだ。

 隣りの凛々しい王子は、真剣な眼差しで私を優しく見つめた。


「リジー、結婚して。俺と。大切にする」


 馬車の中でひざまずかれて、美しい箱が差し出されて、大きなダイヤの指輪が現れた。


「はい」


 私は泣きそうになりながら、うなずいた。アラン王子に指輪をはめてもらった。


 ちゃんと私の指に入った。

 スレンダーでもない、ぽっちゃりめの私の指に。



「可愛いリジー、俺の大切な花嫁に今日からなってね」




 私のワンナイトは、予期せぬ展開へ。


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