16 俺の心はリジーのものだ
翌朝、朝食の席に本物のヨナンは欠席した。
本物のヨナンは我が国に来て以来、一度も朝食の席に来ていない。
だが、国王がヨナンだと思い込んでいる偽物のヨナン妃は、いつものようにアラン王子と腕を組んで現れた。
そう、いつものイザーク扮するヨナン妃だ。
「おぉ、2日ぶりじゃな。ヨナン、体調は大丈夫なのか?」
国王に心配そうに気遣われて、ヨナン妃は恥ずかしそうに恥じらい、うつむき加減にうなずいた。
「そうか、そうか。大丈夫なら安心だ。無理をせず、慈愛なさい」
そう言われてイザーク分するヨナン妃は嬉しそうにうなずいた。
朝食の席は穏やかに過ぎた。
私が昨晩の夕食の席を欠席したはずだが、街にお忍びでアラン王子とヨナン妃と出かけて一緒に食べたことになっていた。
「そう言えば、昨晩、ペジーカから早馬がヨナンのところに来たな。あ……」
キャッ!!
「うわっ!ご……ご……ごめん!」
アラン王子が突然お茶をこぼした。
私がびっくりしたところで、アラン王子が口をはさんできた。
「その件で、サプライズがあります。朝食のあと、一緒に庭に咲く美しい薔薇でも見に行きませんか。朝の散歩は体に良いといいますから」
アラン王子はイザーク分するヨナン妃に微笑み、国王と王妃を誘った。
昨晩のうちに、ノーザント子爵家のクリフのところには使者が向かい、本日宮殿に招待する手紙を渡してあった。
「朝の散歩か。良いな。ヨナンとエリザベスと一緒というのも楽しそうだ。王妃、行こう」
国王はどこか楽しげな雰囲気で立ち上がり、王妃と一緒に連れ立って歩き始めた。
いよいよだ。
侍女のルーシーがアラン王子にうなずいて合図をした。
「リジー、ヨナン、いいね?」
イザーク扮したヨナン妃と私は仲良く連れ立って、アラン王子と歩き始めた。
アラン王子とイザーク分するヨナン妃は手を繋いで歩いている。
仲睦まじく、絵になる2人だ。
その姿を眺めながら、後から向かう国王と王妃と私。
私たちは花や、庭園の木の実をついばみにやってきている小鳥の様子を見ながら、たわいもない会話していた。
爽やかな朝の庭園。
清々しい空気。
庭園は美しく手入れが行き届き、バラを初めとして色とりどりの花が咲き誇っている。
小鳥があちこちで楽しげに鳴いていた。
「エリザベス、アランととてもその……仲が良いらしいではないですか。毎晩のようにアランがあなたの部屋を訪れていると聞きますよ」
王妃が話し出し、国王も微笑んだ。
「良いことだ。エリザベスはヨナンとも仲良くしてくれていて嬉しい。この国を3人で支えて欲しい」
私は胸が痛んだ。
これから衝撃のシーンを2人は目の当たりにするのだ。
「あら?あの女性は…」
王妃が指差した。
国王はその方向を見て、立ち止まった。
「誰だ?ノーザントの倅に見えるぞ。あれは遊び人の噂が絶えないクリフじゃないか?隣にいるのは……」
私はイザーク扮するヨナン妃の腕をしっかり取り、国王と王妃の後ろに連れてきた。
「偽物ですか?」
王妃がクリフにしなだれかかって笑っている本物のヨナンを見つめて言った。
「なんじゃと……?おぉ、ヨナン。そなたはここにいる」
国王と王妃は振り返り、さっきからアラン王子と仲睦まじい様子で手を繋ぎ、私と腕を組んでいるイザーク分するヨナン妃を見つめた。
「私が知っているヨナンはここにいて、あそこにいるそっくりの女性は誰だ?なぜ遊び人クリフにしなだれかかっている?宮殿で何をしているんだ?」
国王は驚いて2人に声をかけた。
「お前はノーザントのクリフだな。ここで何をしている?一緒にいるのは誰だ?」
クリフはハッとして顔を上げた。国王と王妃に話しかけられていることに驚愕して、彼は座っていたベンチから転がり落ちそうになった。
「陛下っ!これはご……誤解ですっ!」
クリフは必死だ。
「お前が一緒にいるのは誰かな?」
青ざめたのはクリフだけではない。本物のヨナンもクリフにしなだれかかっていたのを、さっと態度を改めて立ち上がった。
「陛下っ……!ヨナンでございます」
本物のヨナンは顔色が真っ青だ。
「違うっ!そなたはヨナンではない。ほら、ペジーカから来てくれたヨナンはずっと私たちのそばにいてくれた。アランとエリザベスと一緒にいる彼女がヨナンだ。嘘をつくのではない!」
国王は本物のヨナンに「ヨナン」と名乗られたことで激怒した。
「ノーザントの倅とこんなところでいちゃついて、第一妃の名誉を汚すような噂にでもなったらどうするつもりだっ!?はて。そなたはわざとやっているのだな?第一妃の名誉を下げる噂を流すため……そういうのは断じて許さん!」
本物のヨナンはオロオロとした態度になった。
まさか、イザークは身代わりだったと告白するわけにも行かない。
クリフはすっとんきょうな間抜け声を出した
「偽物っ!?」
でかした、クリフ!
期待した動きだ。
とことん間抜けだ。
あなたの間抜けっぷりが嬉しい。
元婚約者……殿ですがね。
「宮殿からつまみ出しなさい。これっ!皆、このヨナンを語る不届者をつまみ出しなさい!」
国王は本物のヨナンを捉えさせて、宮殿の外に追い出した。
捉えられて暴れる本物のヨナンに、アランがそっと耳打ちした。
「ヨナン、さらばだ。外にペジーカの使者が待っている。ペジーカも君に国外に出られるとまずいから、連れ戻すってさ」
アラン王子はグッと声のトーンを落とした。
「間違えないでくれる?俺の心はリジーのものだ。君が何をしようと、君には俺の心は戻らない。残念だ。君より、俺にとってはイザークの方が大切なんだよ」
本物の美しいヨナンは、最後は毅然とした態度になり、大人しく宮殿の裏門に連れて行かれた。私は見送った。
アランは侍女のルーシーがペジーカまでヨナンに付いて行くようにお願いしていた。
アラン王子の初恋の相手だったわけだし。
彼女がアラン王子を弄んで捨てなければ、私はアラン王子に出会えなかったわけですが。
彼女が最後に私に囁いた言葉には傷ついた。
「ブス。太っっちょ。勘違いしないでくださる?アランがブス専、デブ専だっただけですから」
迎えの馬車に乗る本物のヨナンにそう耳打ちされて、グサリときた。
ひどくないですか。
裏門の所で落ち込む私に、そっとイザーク扮するヨナンがそばにきた。妖艶な微笑みを浮かべて、私に耳打ちした。
「リジー、間に受けちゃだめだよ?俺が慰めてあげよっか?」
いやぁっ!
耳に息を吹きかけられて、私は震えた。
イザークはこのままヨナンでいなければならなくなったのに。
どんな気持ちなんだろう?
横に立つイザークことヨナン妃の顔を私は見つめた。少し憂いを帯びて、ますます美しかった。
私が男なら、こんな美女がいたら放っておけないかも。
やだっ、私、変なことを想像しないっ!
私のワンナイトは、予期せぬ展開へ。




