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02 一晩の相手は?

 よく分からないが、爽快な気分だ。

 最高に信じられないほどの多幸感がこの世には存在した模様だ。


 知らんかったっ……。




「死ぬ前に知っておいて良かっ……」

「ひっ!お嬢様っ!」


 え!?

 声に出して言っていた?



「お嬢様っ!その体の赤いあざは何でしょう?」



 く……口付けのあとだと思うのだけれど……。



「蚊に噛まれたみたい。ほら、河川敷をずっと歩いていたから」

「お、お……お嬢様ぁっ!」


 マリーは男女の営みのことはまだ何も知らない16歳。清純極まりないマリーの夢を壊してはならない。



「だ……だいじょぶ。二度と身を投げようなんて愚かなことは思わないから」


 私は力強くうなずき、ぶくぶくと湯の中に頭を沈めた。


 プハァッと顔を出すと、泣きそうな顔で見守っているマリーと目が合った。にこりと優雅に微笑み、スパッと湯から上がった。


 修道院に行きたいと父と母に申し出るのはもう少し後にしよう。


 次の縁談が来てからでも良いだろう。


 婚約者は、いえ元婚約者はクリフ。

 21歳。

 若造といえば若造だが、遊んでる。

 チャラい。

 ばか。


 最後のは私の怨念が入っているから、贔屓目に見れば「少し考えが足りない」と言うぐらいだろうか。


 私からすれば「ばか!」だ。


 20歳の令嬢がいる公爵家がある。

 格は同じ。

 資産状況も同じ。

 そっちはスレンダー美人。


 少々ぽっちゃりしている私とは違って、おみ足も長い。


 どうやらクリフはそちらがお好きなようだ。

 


 思えばクリフに初めてを捧げようとしていたが……。

 

 今から思えば、その線はナシだ。

 あの感じはその……上手くないと思う。

 断じて。

 そう信じたい。



 昨晩の名も知らぬ既婚者やろうの……やばい、妙なことを考えてはダメだ。


 色っぽい視線でうっとりと見つめられて、可愛い可愛いと言われて……愛されるということを初めて知った。


 最高に幸せだったと言う記憶はある。



 私はすました顔でマリーにドレスを着せてもらいながら、鏡の中の自分を凝視した。


 あれ? 


 ちょっと綺麗になってる?

 昨日より綺麗?

 大人の色気が出ているような……。


 そうか。

 充実した逢瀬で。って何を私は言っているんだ。


 乙女の夢を散らしたんでしょう。

 名も知らぬ金もない既婚者やろうにあげてやったんでしょう。




「何だかさっきからバタバタうるさくない?」


「そうでございますよね。実は私も先ほどからそう思っておりました」


 マリーは私の髪の毛を乾かそうとしっかりタオルで包んで雫を絞り切った後に、風を送ってくれている。


 それが心地よくて、昨晩の逢瀬のことを考えてしまっていたが、何だか公爵家の中が騒々しいような、さざなみのように興奮が伝わってくるような、協奏曲が静かに鳴り響いいているような……って私の心が昨晩の逢瀬で狂想曲が鳴り響いているんだけれどね。



「マリー!リジーは?」


 父の声がする。


「マリー!リジーは今どこに?」


 母の声がする。



「みんながマリーを呼んでいるけれど、あれは私を探しているよね」

 

 私はポツンと言った。


 ばれた?

 名も知らぬ貧乏若造と宿屋に入ったことがばれた?


 あぁ、早かったな。

 修道院行きかぁ。

 初めてをどこぞの誰かにあげたから。



「お父様、お母様、いかがなされまして?」


 私はヨイショと椅子から立ち上がり、まだ体に違和感を感じるまま、自分の部屋から廊下に顔を出して、すました顔で両親に聞いた。



「良い話のような……その……お前の気持ちを確かめたい話があってな……」


 父は恐る恐ると言った様子で私に聞いた。


 また身投げを考えると思っているから、慎重に話をしようとしているようだ。


「良い話でございますか?」


「まぁ、こちらに来なさい」


 私の顔色を伺うような父と母に付き添われて、私は客間に足を運んだ。



「こちら、アラン王子でございますわ」

 

 母がそっとささやき、私は慌てて綺麗なおじぎをした。公爵令嬢たる所作は完璧のつもりだ。

 


「リジー、迎えにきた」


 私はその言葉にハッとして顔を上げた。


 凛々しい顔をした今朝の金なし既婚者が、輝くような瞳で私を見つめている。


 かけちなしのイケメン。

 高貴なオーラ。

 服は高価なレースがふんだんに使われていて、生地は絹で最上級の仕立て。


 だが、顔は一晩限りの逢瀬の相手。

 宿屋の金を返しに来たのか。

 どういうことでしょう。



「あの迎えにとは……?」

「エリザベス嬢、ぜひ私の側妃になっていただきたい」


「いきなり……なんでそうなるの、側妃ですか?」


「そうだ。私には妻がいる。ディッシュ公爵令嬢と私ならば、最高に相性が良い(その……夜の?)はずだ」


 最後の言葉はウィンクされたので、勝手に私が解釈した。


「えっ待って!?アラン王子……!?」


 慌てふためく私に、父がそっと心配そうな顔でささやいた。


「リジーなら、どこの正妻にでもなれる格だ。この話を断るか?リジーの好きにして良いぞ」


 父はまた私が身を投げようとするのではないかと、オロオロした様子だ。


 修道院?

 もしくは、一晩の相手の側妃?

 どっち?



「謹んでお受けいたしますわ」


 私は完璧な所作でお返事をした。


 毅然としていながらも悠然とした微笑みを浮かべ、はにかんだ表情を初々しく浮かべて父と母を見つめた。


 静かにゆったりとうなずいてみせる。


 父と母は「おぉっ!」と声にならない感嘆の悲鳴をあげて、目をうるうるさせて、唇を震わせている。


「そうか!」

「そうでございますか!」





「どうぞ、娘をよろしくお願いいたします。王命に従います」


 父と母は抱き合ってよろよろとしながらもうなずきあって、アラン王子にしっかりとディッシュ公爵家の正式回答をした。



 颯爽と私の元に歩み寄ってきたアラン王子は、居並ぶ従者にも父にも母にも聞こえないぐらいのささやきを私にした。


「いや、リジー、可愛かったからさぁ、俺は君を失いたくなかったんだよね。今晩から俺たち行けるよね?」


 ささやかれて、チュッと頬にキスもされた。


 カラダがカッと熱くなる。

 真っ赤になった私。


 

 「愛している」って何度も言われたような気がしたけれど、こんなに軽い男なら、絶対に気のせいだ。


 宿代も払えない金ナシ既婚者は、アラン王子だった。


 私のワンナイトは、予期せぬ展開へ。




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