14 本気で愛しているの、分からない?
「分かりました。私が身を引きます」
私はヨナンに申し出た。
「あら?そお?」
ヨナンは美しい顔にうっすらと笑いを浮かべた。そして、うつむく私の顔をじっくりとのぞき込んで私に微笑んだ。
「ふんっ。太っちょのあなた。あなたなんかには所詮ムリムリ」
そう小声で私に囁いたヨナン。
彼女は勝ち誇った顔をしていた。
私のことを鼻で笑った。
「あなたは過去の女よ。エリザベス。今までアランの面倒を見てくれてあ・り・が・と」
ヨナンは最後の言葉を区切ってわざとらしく言った。
私は過去の女か……。
ですね……って。
黄昏てないで、私、さっさとここから離れなさいっ!
力及ばず。
私は愛する人の元にはいれないのだ。
裏門のところで馬車に乗り込む前、ヨナンのそばに行った私は、ヨナンに声をかけたのだ。
イザークは怒った顔をしたアラン王子の様子を見るために後ろの方にいたし、ヨナンは気晴らしだと説明されたらしく、外に連れ出されて物珍しそうに宮殿の裏門の辺りを見渡していた。
「時々、ここからお忍びで街に出れます」
私はヨナンに説明した。
「あら?そお?あなたも試したのかしら?」
ヨナンに聞かれて、私はうなずいた。
「私も街の宿屋に行きましたわ」
私は正直に答えた。
「街の宿屋ですってっ!?」
驚いた声を出したヨナンに私は囁いた。
「私はここでお別れします。ペジーカの資源の共有利権は今まで通りにお願いできますか」
「もちろんよ。あなたが退くなら、今まで通りよ」
ヨナンは高尚な慈悲の心を持ち合わせていますわ、と言った恩着せがましい態度で私にささやいた。
あくまで上から目線。
それはそう。
ヨナンはペジーカのお姫様。
私はしがない公爵令嬢。
持っている力が違う。
私はうなずいて、ヨナンにお願いした。
「どうか、アラン王子を幸せにしてあげていただけますか」
やっとの思いで、言葉を振り絞った。
声が震えた。
そのまま馬車に乗らずに裏門から外に走って出た。慌ててマリーが私を追ってきた。
「お嬢様っ?」
運良く辻馬車をつかまえることができた。
「お嬢様っ!?」
マリーが血相を変えて追ってきたので、そのままマリーも馬車に引き上げた。
「ディッシュ公爵家までお願い。急いで」
私は御者に叫ぶように言うと、そのまま馬車の座席の奥深くに身を沈めた。
涙が溢れた。
クリフなんかに。
あいつにヨナンの心を慰めることなんか出来っこない。
あいつは私を捨てた男だ。
甲斐性ナシだ。
ヨナンは絶世の美女。
クリフはただのチャラい遊び人。
無理。
到底無理。
クリフなんかにできっこない。
国を守るなんて。
私がやるしかあるまい。
私が潔く身を引く。
アラン王子の国を私は守らなければならない。
私さえ、アラン王子の前から姿を消せば、元に戻る。
最初に選ばれていた令嬢が、第二妃に戻るだけだ。
ディッシュ公爵令嬢リジーは、アラン王子に離縁された女でもう良い。
辛かったら、修道院に行こう。
私、泣くな。
最初の路線に戻るだけだ。
何も損はしていない。
何も起きていない。
私は嗚咽が漏れた気がした。
マリーは目にいっぱい涙を溜めて、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「あんなに愛されていらっしゃるのに、なぜですか?お嬢様っ!?」
マリーは私を叱ってくれた。
「愛しているから」
私は泣きながら、言った。
「愛しているから、身を引くの。私はアラン王子の前に現れちゃダメな人だったの」
世界が終わった気がした。
涙が止まらない。
体が震える。
胸が痛い。
離れていたら、何もかも忘れられるのだろうか。
分からない。
修道院って楽しいのかな?
そんなわけないよね。
久しぶりに戻った実家のディッシュ公爵家は大騒動になった。
私が出戻ったから。
「おぉ、リジー、何があったの?」
「リジー、里帰りなら、無理にするものではない」
父も母も使用人たちもオロオロと心配した。
また川に身投げするのではと、マリー含めて色んな従者や侍女が私の部屋の外や窓の下で、そうなったらお嬢様を止めようと待機した。
父と母も泣いていた。
私はひたすら一日中ベッドの中で泣き続けて、泣き疲れて眠った。
忘れなければ。
処女を金ナシ既婚者に散らしただけ。
私は淫靡な世界の扉を開けただけ。
もう、一生あんな恋はできない。
思い出だけ抱いて一人で生きて行こう。
ダメ。思い出も、忘れなきゃ。
あんなイケメン、思い出しちゃダメ。
胸が痛んだ。
泣きすぎて頭も痛い。
その晩遅くにディッシュ公爵家に予想外の来客があった。
家中にさざなみのような興奮が広がっている気配で、私は目を覚ました。
何かしら?
部屋の外に私は思わず出た。
えっ?
どうして?
「リジー!」
それは、デジャブだった。
美しい男性が私の名前を呼びながら近づいてきた。
「俺いや、リジー、可愛かったからさぁ、俺が愛しているリジーを失いたくなかったんだよね。今晩から行けるよね?」
ささやかれて、チュッと頬にキスもされた。
言葉は軽いのに、アラン王子の煌めく瞳は濡れていた。
全部受け止めると包み込むような優しい笑顔で、私を愛しむように見つめる瞳。
耳元で囁かれた。
「俺、リジーがいないとダメなの。アレ、本気だから。勝手にいなくならないで。俺だってパニくるからさぁ」
アラン王子は私を抱きしめて、温かい胸に包まれて涙を流す私に優しく囁いた。
「リジーを俺が本気で愛しているの、分からない?」
私のワンナイトは、予期せぬ方向へ。




