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01 嘘でしょう!?乙女の夢が散ってる 

 彼の逞しい胸板が見えて、私を見下ろす彼の視線と私の視線が絡み合う。



 これはいつの記憶だろう。

 前の人生の記憶だろうか。って、今世に決まっているでしょう!

 

 唇を奪われて、優しく髪を撫でられたと思ったら……。

 彼の褐色の髪は汗で濡れて、彼の煌めく瞳からは「愛している」という声にならない声が届く……。


 何もかもが蕩け合い、私たちは一つになった。


 私は気を失いそうな多幸感に包まれて意識を手放す。


「可愛いぃ君を失いたくない」


 この言葉は、いつ聞いたものなのだろう。


 何回も繰り返し聞いた気がする。

 




 朝の光がゆっくりと部屋を照らし始め、眩しさに目を細めながら私は目を開けた。


 

 えぇっ……?


 ここどこだっけ。


 ふと目の端に褐色のものが目に入り、私はギョッとして飛び上がりそうになった。


 ひっ……ひと!?


 人だ!


 知らない人だ!

 いや?

 知らない?

 いや?

 知っている気がする。

 何となく見覚えがある……っ!?


 すんごいイケメンだ。でも、裸っ!?


 私はその瞬間、ゾッとして自分の体を見た。服を着ていないんですけどっ!!!



 私は公爵令嬢だ。長女だ。


 昨日は……うわぁ……思い出した。婚約破棄されたんだった。で、家を飛び出して、ほんで……見知らぬ高級サロン見たいなところに紛れ込んで、知らない男性に愛を告白されて、やけ酒を飲んで……記憶がない。


 でも、裸の彼が記憶にある……!?


「きゃっ!!」


 私は思わず叫び声を上げた。


「な……なんだよ、朝っぱらから」


 私の隣で真っ裸で寝ていた凛々しいお顔の若者がうんざりしたような声を出した。彼はふと私を見て、しばらくフリーズした。


「おっおはよう。あー昨日楽しかったね。おっとイケねー」


 彼はすごい勢いで飛び起きて服を身につけ始めた。


「帰らないとまずいっ!あっ!ここの宿代払っておいてくれる!?俺いま金無い!」


 私は目を丸くしたまま、眉をひそめて彼を見ていた。どういうことか分からない。


 この人に初めてを捧げた?初めてを捧げた?


 だよね?


 誰?この人誰?


 私は疑問だらけのまま固まってしまっていた。


 一旦、部屋を出かかった彼が引き返してきて、私の目の前に来て、彼におでこにキスされた。


「ね?ごめん。俺嘘言っていたわ。俺、既婚者。結婚しているの。君、ほんとに初めてだったね。なんかごめんね。また連絡するわー」


 公爵令嬢の私は、見も知らぬ既婚者に、しかも金欠の若者に初めてをあげてしまった……ってことだよね?


 これ、やってしまったよね?


 うわー!


 終わった気がする。気がする、ではなくて完全に終わった。


 修道院行きかぁ……。


 私はガックリとうなだれた。このままここでふて寝したい。


 いや、ダメだ。宿代を払って早く公爵家に戻らねば。皆、大騒ぎだろう。


 諸々バレてしまう前に、ひっそりと自分の部屋のベッドに戻ろう。


 できるか?

 できるか、じゃなくて、やるんでしょっ!


 私は飛び起きた。


 いたっ!


 体が何だか痛い。そっか。初めてだもん。


 初めてはあいつか……。


 いや、感傷に浸るなっ!

 

 まずは身支度!

 一人で着れないとか、私、言ってはならない!


 着たことないけど、脱げたんだから、また着れるはず!


 こうして、朝日の中、私は見知らぬ宿屋を後にした。馬車を用意してもらって、適当に公爵家に近いところでおろしてもらった。



 あの既婚者やろうは誰だ?


 

 そう思ったが、まずはバレないうちに部屋にたどり着けるかに集中した。


 父も母も侍女も、みんな泣き腫らした顔でいた。私を門のところで見つけた門番も泣いた。無事に戻ったと皆が大騒ぎしているうちに、婚約破棄されて川に身を投げたと思われていたことを知った。


 その線で行こう。

 身を投げた。

 散らしたのだから、ある意味そうだ。

  


「よくぞ戻ってきた!」


 父も母も私の前で泣き崩れていた。



 私がボロボロなのは、身を投げようと一晩中彷徨っていたからだと思われたのだ。



「マリー、ごめんなさい。湯を用意してくださるかしら?」


 私はそれだけお願いして、しばらく寝ると言って部屋にこもった。

 

 可愛らしい口付けの跡のようなものがあちこちあった。


 私はディッシュ公爵令嬢のエリザベスだ。リジーと呼ばれている。16歳の時に婚約したのに、18歳で婚約破棄された。


「リジー、君みたいに太った令嬢は好みじゃないんだ。ごめんね」


 婚約破棄の理由はこれだ。

 私は別に太ってはいないと思う。


 昨晩の既婚者やろうは、可愛いを連呼していたし!



 あぁ、負け惜しみだ。

 私の前から宿代も払わずに消えた男の言葉を出してどうするんだ。


 私は湯に浸かり、体についた可愛らしいあざのような跡を消そうとしたが、簡単には消えてくれなかった。



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