希望の歌、そして出会い
タイムトラベルで未来に到着した翔たちだったが、クロノスによる厳重な警戒態勢が敷かれており、リョウたちとの合流は難航した。
「ここが、SOS信号の発信源付近のはずだが…」
翔は周囲を見渡したが、荒廃したビルの残骸が立ち並ぶばかりで、人影は全く見当たらない。風が吹き抜けるたびに、瓦礫の隙間から、乾いた砂が舞い上がる。
「マックス、リョウたちの居場所を特定できるか?」
「試してみます…」
マックスは目を閉じ、しばらく集中していたが、やがて目を開け、言った。その青い瞳には、わずかに失望の色が浮かんでいた。
「すみません、翔。この時代は、クロノスによる強力な通信妨害が行われており、特定は困難です…」
「妨害が酷くて、プチの索敵能力も役に立たないよ」
アヤが悔しそうに言った。プチも肩をすくめて、不満そうな表情を浮かべている。
「仕方ない、こうなったら直接探すしかないな」
翔が、決意を込めて言いかけた、その時だった。
エレーヌが突然、歌い始めた。彼女の透き通るような歌声が、荒廃した街に響き渡る。その歌声は、まるで、傷ついた世界を癒すように、優しく、そして力強く、響き渡った。
「エレーヌ?どうしたんだ?」
翔が驚いて尋ねると、エレーヌは歌うのをやめ、静かに言った。
「この歌は、私が子供の頃、母から教わった歌なの。未来で、希望を失わないために、母がいつも歌って
くれた…この歌が、彼らに届けばいいと思って」
エレーヌの歌声は、翔たちの心に深く響いた。彼女の歌声には、悲しみと希望が入り混じった、不思議な力があった。それは、この時代に生きる人々の、心の叫びのようでもあった。
歌い終わった後、しばらくの沈黙が続いた。
「ダメか…」
翔が諦めかけた、その時だった。
「…聞こえるか?」
どこからか、かすかに声が聞こえた。その声は、希望の光のように、翔たちの心に響いた。
「今の声は…?」
翔たちは、声のする方へ、慎重に近づいていった。瓦礫を踏みしめる音が、静寂の中で、やけに大きく響いた。
声の主は、瓦礫の陰に隠れていた、一人の青年だった。彼は、翔たちを見つけると、安心したような表情を浮かべた。
「君たちが、タイムトラベラーか…?」
青年は、掠れた声で言った。その声は、今にも消え入りそうだった。
「そうだ。君は…?」
翔が問いかけると、青年は、弱々しく微笑んだ。
「俺は…リョウの仲間だ…エレーヌさんの歌声が聞こえて…ここに来た…」
「リョウの仲間…!無事でよかった…!」
翔は、青年に駆け寄り、その手を握った。
「リョウは無事なのか?」
翔は、息を呑んで尋ねた。
「ああ…だが、クロノスの追跡が厳しい…アジトは包囲されている…」
青年は、苦痛に顔を歪めながら答えた。
「何だって…!?」
翔は、青年の言葉に、愕然とした。まるで、冷たい水を浴びせられたような衝撃だった。
「俺は…囮になって…時間稼ぎを…」
青年は、途切れ途切れの言葉で、必死に訴えた。
「リョウたちを…助けてくれ…」
青年は、最後の力を振り絞るように言った。そう言うと、青年は、力尽きたように、意識を失ってしまった。
「しっかりしてくれ!」
翔は、青年の体を揺さぶったが、反応はなかった。
「手遅れだ…彼は、もう…」
アヤが、悲痛な声を絞り出し、青年の脈を確認し、悲しげに言った。
「そんな…」
翔は、青年の亡骸を前に、立ち尽くした。握りしめた拳が、怒りと悲しみで、小さく震えていた。
「すまない…君の勇気は、無駄にはしない…」
翔は、青年の亡骸を、静かに地面に寝かせ、誓った。
「マックス、リョウたちのアジトの位置を特定できるか?今度こそ、妨害を突破して…」
「全力を尽くします。必ず…!」
マックスは、決意を込めて、力強く答えた。
マックスは、再び目を閉じ、全神経を集中させた。そして、しばらくして、目を開け、言った。
「特定できました!座標は…ここから北西に約1キロ…地下30メートルの地点です!」
「よし…!急ごう…!」
翔たちは、青年の亡骸に別れを告げ、リョウたちのアジトへと急いだ。彼らの胸には、青年の遺志が、重く刻まれていた。
クロノスの追手を振り切り、ようやくアジトの入り口にたどり着いた翔たち。
「待たせたな、リョウ…!」
翔は、固く閉ざされた扉に向かって、叫んだ。
場所は、未来都市の地下深くに広がる、隠された空間。かつては地下鉄のトンネルだったと思われるその場所は、今はレジスタンス組織のアジトとして使われていた。壁はひび割れ、配管が剥き出しになった通路には、古びた機械や武器が雑然と置かれている。空気は湿っぽく、カビ臭い匂いが漂う。長い間、閉ざされた空間であったことを、物語っていた。
翔たちの声を聞きつけたリョウは、数名の仲間と共に、重々しい扉を開けて彼らを迎え入れた。その表情には、長い間の緊張と警戒の色が浮かんでいた。
「よく来てくれた、翔…!無事でよかった…!」
リョウは、翔と固い握手を交わした。彼の顔には、安堵と喜びの表情が浮かんでいた。その手は、固く、力強かった。
「ああ…!しかし、残念ながら、君の仲間を救うことはできなかった…すまない…」
翔は、先ほどの青年の死を報告し、頭を下げた。
「いや、お前たちのせいじゃない…彼は、自分の意志で、俺たちを逃がすために囮になってくれたんだ…」
リョウは、悲しげな表情を浮かべながらも、翔の肩を叩き、彼をアジトの中へと案内した。その表情には、仲間を失った悲しみと、未来への決意が入り混じっていた。
「さあ、中に入ってくれ。詳しい話は、そこでしよう」
翔、マックス、アヤ、プチ、エレーヌの5人は、リョウと名乗る青年に案内され、アジトの奥へと進んでいた。リョウは、20代前半の若者で、引き締まった体格と、強い意志を感じさせる瞳が印象的だった。彼は、翔の父親を知る人物であり、レジスタンス組織のリーダーを務めている。
「ここが、俺たちのアジトだ」
リョウは、古びた鉄製の扉の前で立ち止まり、翔たちに言った。
「クロノスの連中も、さすがにここまでは把握しきれていないはずだ」
彼は、扉の横にあるパネルに手をかざし、暗証番号を入力した。すると、重々しい音を立てて、扉が開いた。
中に入ると、そこは、外の通路とは打って変わって、活気に満ちた空間だった。大勢の男女が、コンピューターの前に座って作業をしたり、武器の整備をしたり、食料の配給をしたりと、忙しそうに動き回っている。彼らの表情は真剣そのもので、このアジトが、彼らの希望の砦であることを物語っていた。
「おお、リョウさん!その人たちは?」
一人の男が、翔たちに気づき、声をかけた。
「ああ、こいつらは、過去から来たタイムトラベラーだ。俺たちの仲間に加わってくれることになった」
リョウは、誇らしげに、男にそう答えると、翔たちに向き直り、言った。
「こいつは、ケンタ。俺の右腕だ」
紹介されたケンタは、ニカッと笑い、翔たちに手を差し出した。
「よろしくな!お前らが、噂のタイムトラベラーか!話はリョウさんから聞いてるぜ!」
ケンタは、人懐っこい笑顔で言った。
翔は、ケンタの手を握り返しながら、言った。
「よろしく、ケンタさん。俺は翔。こっちは、マックス、アヤ、プチ、エレーヌだ」
翔が仲間たちを紹介すると、ケンタは、興味深そうに彼らを眺めた。
「テディベアが喋ってる…それに、小型の恐竜ロボットまでいるのか!未来の技術は、すげぇな!」
ケンタは、子供のように目を輝かせ、マックスとプチを見て、目を丸くした。
「ああ。マックスとプチは、俺たちの頼れる仲間だ」
翔は、笑顔で答えた。
「それにしても、お前ら、よくクロノスの目を掻い潜って、ここまで来れたな」
ケンタは、感心したように言った。
「マックスの力で、なんとかね」
翔は、マックスの頭を撫でながら、答えた。
「まあ、とりあえず、中に入ってくれ。詳しい話は、そこでしよう」
リョウは、そう言うと、翔たちをアジトの奥にある、大きな部屋へと案内した。
部屋の中央には、大きなテーブルが置かれ、その周りには、椅子が並べられている。壁には、未来都市の地図や、クロノスのエンブレムが描かれた資料などが貼られていた。それらは、彼らが、どれだけ真剣に、クロノスと戦っているかを物語っていた。
「さあ、座ってくれ」
リョウは、翔たちに椅子を勧め、自分もテーブルの向かい側に座った。
「まずは、自己紹介からだな。俺は、リョウ。このレジスタンス組織のリーダーをやっている」
リョウは、改めて自己紹介をした。
「俺の親父は、かつて、翔の父親と一緒に、クロノスと戦っていたんだ」
リョウは、翔の目を見つめながら、言った。
「だが、親父は、クロノスに捕らえられ、処刑された…」
リョウの瞳には、深い悲しみと怒りの色が浮かんでいた。
「俺は、親父の遺志を継ぎ、クロノスを倒すために、この組織を立ち上げたんだ」
リョウは、拳を強く握りしめた。
「そして、お前ら、タイムトラベラーの力を借りて、必ずや、クロノスを打倒する!」
リョウの言葉に、翔は、強く頷いた。
「僕も、父の遺志を継ぎ、未来を救うために、戦います。よろしくお願いします」
翔は、リョウに、深々と頭を下げた。
「ああ、よろしく頼む」
リョウは、翔の手を、力強く握り返した。
「それで、クロノスの連中は、一体何を企んでいるんだ?」
翔は、真剣な表情で、リョウに問いかけた。
「奴らは、『プロジェクト・ニューエデン』と呼ばれる計画を実行しようとしている」