エピローグ - 歪んだ歯車
翔たちが過去で歴史を修正した影響は、静かに、しかし確実に未来世界に波及していた。 クロノスの拠点は、以前のような統率を失い、重苦しい空気に包まれていた。幹部を失った組織は、 まるで心臓を失った機械のように、ぎくしゃくと動きを鈍らせていた。かつては整然と並べられていた機械やデータ端末は、埃をかぶり、稼働を停止しているものも少なくない。 薄暗い部屋の片隅では、壊れたアンドロイドが放置され、 その無機質な目が虚ろに天井を見つめている。 壁には、かつての栄光を物語る勲章や写真が飾られているが、 今は色褪せ、ひび割れ、 まるで過去の亡霊のように、 虚しくそこに存在しているだけだった。
研究員たちの間には焦燥と不安が広がり、 かつての自信に満ちた表情は見る影もなかった。 彼らは失われた設計図の代わりとなるものを必死に探していたが、 焦れば焦るほど、空虚感だけが募っていった。 研究室では、 かつて熱心に議論を交わしていた研究員たちが、 今は無言で、ただひたすらデータ端末に向かっている。 彼らの目は、疲れと焦燥で充血し、 かつての輝きを失っていた。
「設計図…やはり、過去で失われたのか…?」
薄暗い部屋の中で、クロノスの残党らしき人物が、 苛立ちを隠せずに呟いた。 その声は、以前の威圧感を失い、 ただの焦燥と諦めに満ちたものだった。
「計画は大幅な見直しが必要になる」
彼らの計画は、根幹から揺らいでいた。 過去の改変は、彼らの想定を遥かに超える影響を及ぼしていた。 歴史の流れは、まるで巨大な川の流れのように、 一度方向を変えると、容易には元に戻らない。 彼らが過去に仕掛けた小さな歪みは、 未来で巨大な変化となって現れていた。
その変化は、単に設計図の喪失だけにとどまらなかった。 彼らが過去で操作しようとしていた出来事そのものが、 歴史から消え去っていたのだ。 それは、まるで誰かが歴史のページを破り捨てたかのようだった。
「一体何が起こった?」
彼らは混乱していた。 自分たちが何を失ったのか、何が改変されたのか、 正確に把握できていなかった。 過去で起こった出来事は、 まるで霧に包まれたように曖昧で、 彼らの記憶からも曖昧になりつつあった。
しかし、彼らは諦めてはいなかった。 混乱と動揺の中、彼らは新たな計画を企て始めていた。 それは、失われた計画の代わりとなる、 より危険で、より大規模な計画だった。
「ならば別の方法で歴史を支配する」
その言葉には、狂気にも似た決意が込められていた。 彼らは、過去の改変が失敗に終わったことを教訓に、 過去に干渉するのではなく、未来そのものを操作しようとしていた。
その時、部屋の奥の暗闇から、低い声が響いた。
「まだ諦めるのは早い」
その声の主は、暗闇に溶け込んでいて、姿を捉えることはできない。 しかし、その声には、圧倒的な威圧感と、底知れぬ知性が宿っていた。
「失われたものは必ず取り戻せる」
その声は、まるで蛇が獲物を誘うように、甘く、そして危険な響きを持っていた。
「そのためには新たな力が必要となる」
暗闇の中で、何かが動く気配がした。 それは、人間ではない、 何か異質なものの存在を匂わせていた。
そして、その声は、最後に、意味深な言葉を呟いた。
「翔……」
その言葉は、まるで誰かを呼ぶように、 切なく、そして悲しげだった。 それは、翔の母親の声に、酷似していた。
この言葉を最後に、部屋は再び静寂に包まれた。 しかし、その静寂は、嵐の前の静けさだった。 クロノスの新たな計画は、静かに、しかし確実に進行していた。 そして、その背後には、謎の人物、 翔の母親の影が、色濃くちらついていた。