決死の反撃、そして…
巨大化したプチは、グリムの重力操作によって動きを封じられ、フレイアの紅蓮の炎を浴び続けていた。苦悶の咆哮は格納庫に響き渡り、翔たちの心を痛めた。プチの体は徐々に熱を帯び、毛皮が焦げ付き、焦げ臭い匂いが立ち込めていた。
「プチ…!やめろ!プチ!」
翔は腹部の痛みを堪えながら、必死に立ち上がろうとするが、グリムの攻撃で受けたダメージは深く、思うように身体が動かない。歯を食いしばり、爪が食い込むほど強く拳を握りしめ、地面に手をついてなんとか上半身を起こした。その目に宿る光は、怒りと悲しみ、そして決意の色を帯びていた。
マックスはプチを助けようと、内蔵された演算装置を限界まで稼働させ、グリムの重力操作のパターンを解析しようとしていた。
「重力場の歪み…解析完了まであと僅か…!このままではプチが…! 僕が…もっと早く解析できていれば…!」
マックスの内部回路は過熱し、警告音がけたたましく鳴り響いていた。自己責任を責める言葉が頭の中でこだまする。それでも、マックスは演算を止めなかった。友を、仲間を救うために。
アヤはフレイアの炎の制御を完全に遮断しようと、高周波パルス波の出力を最大まで上げていた。しかし、フレイアはエレーヌの歌声の影響で集中力を欠いているものの、炎の勢いは衰えない。アヤの装置も悲鳴を上げ始めていた。
「出力限界…!これ以上は装置が焼き切れる…!でも…! ここで諦めるわけにはいかない!皆を、プチを…!」
アヤは覚悟を決めた。装置の安全リミッターを強制的に解除し、制御不能になるリスクを承知で、さらなる高出力のパルス波を発射しようとした。その手は震え、顔には汗が流れ落ちていた。
エレーヌは必死に歌い続けていた。 彼女の歌声は、フレイアの精神を蝕み、炎の制御を不安定にするだけでなく、 グリムの集中力も削ぎ始めていた。 しかし、フレイアもまた、歌声に耐えながらも徐々に歌への耐性を得始めているようだった。 エレーヌの喉は限界に近づき、声はかすれ始めていた。
「もっと…もっと…!届け…私の歌…!皆の力に…!プチに…!」
エレーヌは喉から血を吐きそうになりながらも、最後の力を振り絞って歌い続けた。 その歌声は、悲痛な叫びのようにも聞こえた。
その時、マックスの演算が完了した。
「解析完了!重力場のパターンを逆算する!今なら…!いける…!」
マックスは内蔵ブースターを最大出力で作動させ、 グリムに体当たりを敢行した。 それは、自らを犠牲にする覚悟の、文字通りの決死の体当たりだった。 グリムは予想外の攻撃に大きく体勢を崩し、プチへの重力操作が完全に途切れた。
その決定的瞬間をプチは見逃さなかった。 拘束が完全に解き放たれた瞬間に、プチは全身の力を振り絞って咆哮した。 その咆哮は、単なる音の衝撃波ではなく、 プチの内に秘められたエネルギーが放出されたものだった。 咆哮はフレイアの炎を完全に吹き飛ばし、グリムを格納庫の壁に叩きつけた。 プチの体から発せられた熱波は、格納庫の温度をさらに上昇させ、 機械油の焦げ付く匂いをさらに強めた。
「今だ!翔!」
マックスが叫んだ。 しかし、体当たりでブースターを損傷したマックスは、 その場に倒れ伏してしまった。
翔はマックス、そしてプチが作り出した、 文字通り命がけの隙を見逃さなかった。 腹部の激痛、全身の痺れ、全てを押し殺し、 気力を振り絞って立ち上がった。 その足取りはよろめき、今にも倒れそうだったが、 その目はグリムだけを見据えていた。 その目に宿る炎は、決して消えることのない、不屈の闘志の炎だった。 そして、よろめきながらもグリムに向かって、 渾身の力を込めた、最後の突進を敢行した。 それは、もはや技でもなんでもない、ただの、 全身全霊を込めた、文字通りの体当たりだった。
「うおおおお!」
グリムは吹き飛ばされた体勢を立て直そうとしていたが、 エレーヌの歌声、そして何より、仲間たちの命をかけた行動によって生まれたこの状況に、 僅かに、本当に僅かに、動揺していた。 その隙を突き、翔はグリムに渾身の力を込めた頭突きを食らわせた。
「ぐっ…!」
グリムは大きく後退し、壁に叩きつけられ、ついに膝をついた。 仮面がひび割れ、その下から苦悶の表情が覗いた。
その直後、アヤはリミッターを解除した高出力パルス波を発射した。 それは、もはや制御されたエネルギーの奔流ではなく、 暴走したエネルギーの奔流だった。 パルス波はフレイアの制御装置に直撃し、 紅蓮の炎は完全に制御を失い、巨大な爆発を引き起こした。 フレイア自身も制御を失った炎に完全に飲み込まれ、絶叫を上げた。
エレーヌは喉が完全に限界に達し、血を吐きながらも、 最後の力を振り絞って歌い上げた。 それは、勝利を確信する凱歌ではなく、 仲間たちへの、そして戦いへの、魂の叫びだった。 その歌声は、グリムとフレイアの精神に、文字通り最後の一撃を与え、 彼らの意識を完全に刈り取った。
形勢は完全に逆転した。 グリムとフレイアは意識を失い、地に伏せていた。 プチは元の大きさに戻り、翔の元へ駆け寄った。 マックスは意識を失い倒れていたが、アヤが駆け寄り応急処置を施していた。 エレーヌは喉を抑え、血を流しながらも、安堵の表情を浮かべていた。
彼らは満身創痍だった。 しかし、彼らは、絶望的な状況から、自らの力で、仲間との絆で、奇跡を起こしたのだ。 格納庫には、機械油の焦げ付く匂いと、血の匂い、 そして微かに、エレーヌの歌声の残響が漂っていた。
しかし、彼らはまだ知らなかった。 これが終わりではないことを。 そして、この戦いを乗り越えたことで、 彼らはさらに強く、かけがえのない絆で結びつくことを。 そして、この出来事が、彼らの運命を大きく変えていくことを。
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