でっかいピッ
「よくぞここまで来たな、翔たち。」
黒マントの男、グリムが、冷たい声で言った。 その声は、格納庫全体に響き渡り、機械の轟音さえも一時的にかき消した。 その声は、まるで氷の刃が肌を切り裂くように、翔たちの心に突き刺さった。
「貴様らの抵抗も、ここまでだ。」
赤マントの女、フレイアが、甘い声で囁いた。
「覚悟はいいかしら、坊やたち?」
しかし、その声には、隠しきれないほどの殺気が込められていた。 彼女の赤い瞳が、獲物を定める獣のように、翔たちを捉えている。 その妖艶な微笑みは、獲物を前にした捕食者のそれだった。 彼女の纏う赤いドレスからは、甘い香水の香りと共に、 微かな焦げ付いた匂いが混じり合っていた。 それは、彼女が操る炎の残香だった。 フレイアは、楽しむように舌なめずりをした。 戦いを、破壊を、心から愉しんでいるのだ。
格納庫の熱気と機械油の匂いがさらに濃くなったように感じた。 床の油で足が滑らないよう、翔は足に力を入れた。 マックスは静かに携帯端末を構え、周囲の電波状況を分析し、 敵の能力を推測しようとしていた。 アヤは自身の開発した特殊なゴーグルを装着し、 格納庫内のエネルギーの流れを分析していた。 エレーヌは静かに呼吸を整え、歌い出す準備をしていた。 プチはマックスの肩に乗り、小さく唸りながらも、 鋭い目で幹部たちを睨んでいた。
緊張が極限まで高まった瞬間、グリムが動いた。 彼の異質な速度は、単なる身体能力の高さではない。 彼は自身の周囲の重力を操作し、自身を加速させていたのだ。 まるで瞬間移動のように、男の姿が翔たちの目の前から消えたかと思うと、 次の瞬間にはマックスの背後に現れていた。 彼の手に握られた黒い剣は、「虚無の剣」と呼ばれ、 特殊な金属でできており、重力の影響を受けにくいように加工されている。 そのため、マックスの重力操作も完全には通用しない。 剣が、マックスに向かって振り下ろされる。 グリムは、無表情の仮面の下で、獲物を狩る冷酷なハンターの目をしていた。
「マックス!」
翔が叫んだ。
マックスは辛うじて男の攻撃を察知し、 内蔵されたブースターを作動させて自身の身体を横に滑らせた。 しかし、グリムの剣はマックスの肩をかすめ、外装の一部を切り裂いた。 マックスの顔に冷や汗が浮かぶ。 グリムの速度と剣の特性は、想像以上だった。
フレイアは、両手を広げると、格納庫のあちこちから炎が噴き出した。 彼女は単に炎を発生させるだけでなく、自身の周囲の熱を操り、 炎の温度と形状を自在にコントロールしている。 彼女の操る炎は、「紅蓮の炎」と呼ばれ、触れるもの全てを焼き尽くす。 床から、配管から、そして巨大な機械の隙間から、容赦なく炎が吹き出す。 格納庫の温度が急上昇し、息をするのも苦しくなってきた。 熱風が肌を焼き、汗が噴き出す。 フレイアは、恍惚とした表情で炎を見つめていた。 彼女にとって、炎は破壊の象徴であり、彼女自身の力の源泉なのだ。
「アヤ!援護を!」
翔が叫んだ。
アヤはゴーグルを通して分析した情報を元に、 フレイアの炎の発生源となっているエネルギーの流れを特定し、 自身の開発した特殊な装置から高周波のパルス波を発射した。 パルス波はフレイアの炎の制御を一時的に乱し、炎の勢いが僅かに弱まった。
「エレーヌ!今だ!」
アヤが叫んだ。
エレーヌは静かに歌い始めた。 彼女の歌声は、格納庫に響き渡り、フレイアの精神に直接作用する。 フレイアは歌声に意識を集中しようとするが、 その歌声は彼女の集中力を削ぎ、炎の制御をさらに不安定にした。 フレイアは苛立ちを隠せない表情を浮かべた。
「邪魔をするな!」
フレイアは叫び、エレーヌに紅蓮の炎を放った。 しかし、制御を乱された炎は、狙いを定められずに四方に散らばった。
「咳っ!視界が…!熱い…!」
翔は咳き込みながら言った。 蒸気と熱気で、呼吸が苦しい。
その混乱の中、グリムが再び姿を消した。 翔は周囲を警戒するが、蒸気で視界が悪く、グリムの居場所を特定できない。 グリムは、重力操作による高速移動を繰り返し、神出鬼没に現れては攻撃を仕掛けてくる。 彼は、獲物を追い詰めるように、じりじりと翔たちを追い詰めていく。
「どこだ…!くそっ…!」
翔は焦燥感を募らせた。
その時、背後から殺気を感じた。 振り返ると、グリムがすぐそこに立っていた。 男の黒い剣、虚無の剣が、翔に向かって振り下ろされる。 グリムの冷酷な表情からは、一切の感情が読み取れない。 彼は、まるで機械のように、ただ任務を遂行しているだけのように見える。 翔は咄嗟に剣で受け止めたが、グリムの圧倒的な力に押し込まれ、体勢を崩してしまう。 グリムの重力操作と虚無の剣の重さが合わさり、翔の体にかかる負荷は尋常ではない。
「ぐっ…!」
翔は歯を食いしばり、なんとか体勢を維持しようとするが、 グリムの圧倒的な力の前に、徐々に追い詰められていく。 虚無の剣が再び振り下ろされ、翔の剣と激しくぶつかり合う。 その衝撃で、翔の手から剣が弾き飛ばされそうになる。
「しまっ…!」
その隙を見逃さなかったグリムは、重力操作で自らを加速させ、翔の懐に飛び込んだ。 そして、虚無の剣の柄で翔の腹部を強烈に打ち付けた。
「がっ…!」
翔は大きく息を吐き、膝をついた。 腹部には激痛が走り、呼吸をするのも苦しい。
「翔!」
マックスが叫んだ。 彼はグリムに重力操作を仕掛けようとするが、 グリムは周囲の重力場を歪ませ、マックスの操作を無効化する。 グリムは、マックスを一瞥すると、再び翔に視線を戻した。 まるで、他の者は眼中にないと言わんばかりの態度だった。
その時、格納庫の天井から巨大な鉄骨が落下してきた。 それは、グリムが重力操作で天井の一部を引き剥がし、落下させたのだ。 マックスは内蔵された演算装置をフル稼働させ、 落下地点と速度を計算し、重力操作で鉄骨の軌道を僅かに変えようと試みるが、 グリムの干渉によって効果を発揮できない。
「まずい…!間に合わない!」
マックスは焦りの色を隠せない。 アヤとエレーヌは、迫りくる鉄骨を見上げ、絶望的な表情を浮かべていた。
「アヤ!エレーヌ!」
翔は腹部の痛みに耐えながら、必死に叫んだ。 しかし、彼は立ち上がることさえままならない。
その瞬間、プチが大きく吠えた。 そして、驚くべきことに、プチの身体が巨大化し始めたのだ。 みるみるうちに、プチは巨大な獣の姿へと変貌を遂げた。 その姿は、まるで神話に出てくる魔獣のようだった。
巨大化したプチは、落下してきた鉄骨に体当たりした。 鉄骨は衝撃で軌道が変わり、アヤとエレーヌの脇に落下した。 間一髪で、二人は鉄骨の下敷きになるのを免れた。
「プチ…!?」
翔は驚きで目を見開いた。
しかし、巨大化したプチは、その巨体ゆえに動きが鈍くなっていた。 グリムは重力操作でプチの巨体を拘束し、 フレイアは紅蓮の炎をプチに集中させた。 巨大なプチは、グリムとフレイアの攻撃を受け、苦悶の咆哮を上げた。
翔たちは、プチの活躍によって一時的に危機を脱したものの、 今度はプチがグリムとフレイアの標的となってしまった。 彼らは、再び絶体絶命のピンチに陥ったのだ。