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テディベアが時空を超える時  作者: Gにゃん
産業革命の光と影
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脱出


鉄と埃の匂いが混ざった重苦しい空気が、翔の肺を締め付けた。天井の隙間から漏れる僅かな光が、牢獄の閉塞感を一層際立たせ、まるで底なしの暗闇に閉じ込められているようだった。どうすればここから脱出できるのか……。冷たく湿った石壁、豆粒ほどの小さな窓は頑丈な鉄格子で覆われ、外の様子を窺うことすらできない。規則正しく廊下を行き交う見張りの足音と、時折交わされる低い話し声、かすかに光を反射する銃が、翔の焦りを容赦なく煽った。このままではクロノスの好きにされてしまう。ワットを、大切な仲間たちを、そして何より、この時代の未来を守らなければならない。彼は冷たい鉄格子を握りしめた。指が白くなるほど力を込めたが、びくともしない。冷たい鉄の感触が、翔の焦りをさらに増幅させた。状況は絶望的だった。


その時、牢獄の奥、壁の向こうから微かな物音が聞こえてきた。規則的な足音とは明らかに違う、何かを探るような、不規則な音だ。耳を澄ますと、それは次第に大きくなっていく。かすかな金属音、砂利が擦れる音、そして微かに聞こえる土の崩れる音……。心臓が早鐘のように打ち、緊張が翔の背筋を氷のように走り抜けた。ついに、壁の一部がゆっくりと、しかし確実に崩れ落ちていった。砂埃が舞い上がり、視界がかすむ。咳き込みそうになるのを堪えながら、翔は目を凝らした。砂埃が晴れる中、姿を現したのは…待ち望んだ人物、マックスだった。


「しっ、静かに、翔。見つかったら全てが水の泡だ。」


マックスは低い声で、しかし鋭く言った。彼の青い瞳には、いつもの穏やかさではなく、任務の成功を期する緊張の色が浮かんでいる。崩れた壁の隙間から、さらに砂が落ちてくる。


「マックス、どうしてここに?」


翔は小声で訊ねた。一体どうやってこんな場所に?それに、壁を壊して入ってくるなんて、まるで魔法のようだ。


「この牢獄のセキュリティシステムをハッキングして侵入したんだ。」


マックスは少し早口で、しかし冷静に説明した。


「この牢獄は未来の技術で作られているから、通常の手段では侵入は不可能に近い。しかし、私ならそのセキュリティの脆弱性を突いて、簡単にハッキングできる。プチが換気口を通って内部に侵入し、私がハッキングするための足がかりを作ってくれたんだ。」


「プチが…?」


翔は驚きを隠せない。

その時、マックスの背後から、小さな影が現れた。プチだ。彼は埃まみれになりながらも、得意げな表情で翔に小さく手を振った。


「ピッ!」


と小さく鳴き、プチはマックスの足元に駆け寄った。


「プチはすごいな。」


翔は心から感心した。本当に頼りになる、大切な仲間だ。


「ああ、プチは本当に頼りになる仲間だ。」


マックスの口元に、任務の成功を確信する微かな笑みが浮かんだ。


「ところで、翔、君の身体に異常はないか?重力操作の影響は?」


マックスは真剣な表情で翔の様子を尋ねた。


「ああ、大丈夫だ、マックス。心配ない。それより、ここからどうやって脱出するんだ?」


翔は小声で尋ねた。


「心配するな、翔。私には周到な計画がある。」


マックスは確信に満ちた目で言った。彼の青い瞳には、緻密に計算された計画を持つ者の自信が宿っている。マックスの計画は、特殊電波による電子ロックの一時無効化、翔によるアヤとエレーヌの救出、そしてプチの案内による脱出という、綿密に練られたものだった。さらに、万が一見つかった場合の逃走経路も複数用意してあるという。


「さすがマックス!」


翔はマックスの頭脳に心から感嘆した。彼がいなければ、今回の脱出は絶対に不可能だっただろう。


「感謝する、翔。」


マックスはほんの少しだけ照れくさそうに微笑んだが、すぐに冷静な表情に戻った。今は感傷に浸っている場合ではない。


「では、早速計画を実行するぞ。まず、この牢獄の電子ロックを一時的に無効化する。」


マックスは低い声で、しかし力強く言った。彼の声には、強い決意と、僅かな緊張が混じっている。

マックスは手のひらから微かな光を放ち、牢獄の電子ロックに向けて照射した。それは、目に見えない、しかし確実に存在する特殊な電波だった。その電波がロック機構に干渉し、静かな牢獄内に微かな電子音が響いた。それは、まるで小さな虫の羽音のようだったが、研ぎ澄まされた翔の耳にははっきりと聞こえた。


「よし、開いた!」


マックスが静かに、しかし確実に言った。重い鉄格子のロックが解除され、扉がゆっくりと音を立てずに開いた。


「さあ、翔、早く出てくれ。時間がない。プチ、案内を頼む。」


マックスはプチに視線を送った。プチは小さく鳴き、頷いた。

翔は牢獄から出ると、プチに先導されながら、アヤとエレーヌの牢獄へ向かった。冷たい石の床を踏みしめ、薄暗い廊下を、プチに先導されながら進む。湿った空気が肌にまとわりつき、微かなカビの匂いが鼻腔をくすぐる。壁に設置された松明の火は、酸素不足のせいか、赤黒く揺らめき、壁に奇怪な影を落としている。油の焼ける匂いと、鉄錆の匂いが混じり合った空気が、翔たちの鼻を突いた。遠くから兵士たちの話し声と足音が聞こえてくる。革靴が石畳を叩く乾いた音、金属が擦れる音、時折混じる低い唸り声……。翔は壁に身を隠しながら、息を潜めて慎重に進んだ。心臓の鼓動が早くなる。見つからないように、神経を研ぎ澄ませた。足音のする方向、兵士の人数、彼らの会話の内容……あらゆる情報を頭の中で整理し、最適なルートを選択する。プチは小さな体を生かして、排水溝や配管の間をすり抜け、翔たちを安全なルートへと導いていく。廊下の角を曲がるたびに、兵士に見つかるのではないかという恐怖が翔を襲う。背後から聞こえる足音に、何度も振り返りそうになる衝動を必死に抑えた。


(アヤ……エレーヌ……今、助けに行く……!必ず、みんなでここから脱出するんだ……!ワットを、この時代を、守らなければ……!)


アヤとエレーヌの牢獄にたどり着き、無事に合流を果たした翔たちは、プチの先導で本格的な脱出を開始した。プチはまるでこのアジトを知り尽くしているかのように、迷うことなく進んでいく。狭い通路を抜け、配管が張り巡らされた裏道を進み、換気口をよじ登る。冷たい金属の感触が手に伝わり、埃が舞い上がる。プチは小さな体を生かして、狭い場所も難なく進んでいく。翔たちはプチの後を追い、息を潜めながら、しかし迅速に進んだ。マックスは時折、携帯端末を取り出し、周囲の電波状況を分析し、警備システムの配置や兵士の位置を予測していた。


「この先に熱源反応が複数。おそらく歩哨だ。迂回ルートを探す。」


マックスは低い声で告げた。アヤは風の力を操り、微かな物音をかき消したり、空気の流れを変えて敵の追跡を撹乱したりしていた。エレーヌは水の力で壁の隙間を湿らせ、足跡を誤魔化すだけでなく、水滴を操作して微かな音を立て、敵の注意を逸らそうとしていた。それぞれの能力を最大限に活用し、完璧な連携を見せていた。

換気口を抜けた先は、巨大な配管が入り組んだ空間だった。蒸気と熱気が充満し、視界は悪く、足場も不安定だ。汗が額を伝い、息苦しさを感じる。配管からは絶えずシューという音が聞こえ、熱い蒸気が噴き出している箇所もある。プチは配管の上を軽々と飛び移っていくが、翔たちは慎重に進まざるを得ない。足を踏み外せば、熱い蒸気を浴びて大怪我をするか、下の階まで落下してしまうかもしれない。


「気を付けて。足元が滑る。熱い蒸気にも注意して。」


エレーヌが注意を促した。彼女自身も、熱い蒸気を避けながら進むのに苦労しているようだ。

その時、背後から複数の足音と、無線通信のような電子音が聞こえてきた。


「まずい、見つかった!しかも通信している。増援を呼ばれるかもしれない!」


翔は小声で言った。彼の心臓は、激しく鼓動している。


「隠れる場所を探すんだ!早く!」


マックスが低い声で指示した。彼は携帯端末を操作し、何らかの妨害電波を発信しているようだ。

プチは素早く周囲を見回し、近くの巨大な配管の下に、他の配管と構造材が複雑に組み合わさった、比較的に広い空間があるのを見つけた。そこは薄暗く、奥はよく見えない。翔たちは急いで配管の下に身を隠した。息を潜め、物音を立てないようにじっとしていると、すぐ近くを兵士たちが通り過ぎていくのがわかった。彼らは何かを探しているようで、低い声で話し合っている。


「……逃げた先は、この辺りのはずだ。換気口の出口付近を重点的に捜索しろ。」


「了解。他の部隊にも連絡を回し、周辺を封鎖する。」


「念のため、幹部の方々にも報告を……。」


兵士たちの声と電子音が遠ざかっていくのを確認してから、翔たちは再び移動を開始した。しかし、敵に見つかったことで、警戒レベルが上がったことは明らかだった。無線連絡で周辺が封鎖されている可能性もある。迂闊な行動は許されない。

配管空間を抜け、さらにいくつかの通路を抜けた先は、巨大な格納庫だった。巨大な蒸気機関が何台も並び、けたたましい蒸気を噴き上げている。機械油と焦げ付いた金属の匂いが鼻をつき、熱気が肌を焼くように感じられた。床は油でぬるぬるしており、足を踏み外すと転倒しそうだ。格納庫全体が振動し、機械の唸り音が耳をつんざく。格納庫の中央には、異様な雰囲気を放つ二人の人物が立っていた。漆黒のローブを纏い、冷たい眼光を放つ男と、深紅のドレスを身にまとい、妖艶な笑みを浮かべる女。クロノスの幹部、黒マントの男と赤マントの女だった。彼らの背後には、巨大な機械がそびえ立ち、何かの作業が行われているようだ。


「まさか、こんなところで……」


翔は息を呑んだ。彼らのただならぬ雰囲気に、身体が強ばるのを感じた。

マックスは周囲を警戒しながら、静かに言った。


「間違いない。クロノスの幹部だ。警戒しろ。おそらく、この格納庫で何か重要な作業を行っているのだろう。」


アヤとエレーヌも、緊張した面持ちで幹部たちを見据えている。プチはマックスの肩に乗り、警戒するように周囲を見回し、小さく唸っていた。

黒マントの男が、ゆっくりとこちらを向いた。その冷たい眼光が、翔たちを射抜く。その視線を受けた瞬間、翔は背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「よくぞここまで来たな、翔たち。」


黒マントの男が、冷たい声で言った。その声は、まるで氷の刃が肌を切り裂くように、翔たちの心に突き刺さった。


「貴様らの抵抗も、ここまでだ。」


赤マントの女が、甘い声で囁いた。


「覚悟はいいかしら、坊やたち?」


しかし、その声には、隠しきれないほどの殺気が込められていた。 彼女の赤い瞳が、獲物を定める獣のように、翔たちを捉えている。

ついに、クロノスの幹部との対決が始まろうとしていた。




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