捕らわれの身
「……くっ!」
翔は、床に崩れ落ちた。 まるで巨大な手に押し付けられたかのように、 彼の体は見えない力に押さえつけられ、身動きがとれない。 重力が異常なほどに増し、内臓が押し潰されるような感覚に襲われた。 息をするのも苦しい。 頭がガンガンと痛み、意識が遠のいていくのを感じた。 皮膚が引っ張られるような感覚、骨がきしむ音、 心臓が激しく鼓動する音…… 身体のあらゆる感覚が、異常な重力によって歪められていく。
(くそっ……何が起こった……?)
翔は朦朧とする意識の中で、周囲を見回した。 アヤとエレーヌも、同じように床に倒れ込み、 苦しそうな表情を浮かべている。 顔は赤く染まり、額には脂汗が浮かんでいる。 プチは小さいためか、他の三人よりは幾分か楽そうだが、 それでも苦しそうに身をよじっていた。
「翔!」
アヤが、苦しそうな息遣いで翔に声をかけた。 彼女の顔色は青白く、今にも気を失いそうだ。
「これは……重力を操作する装置か……?」
マックスは、冷静に状況を分析した。 彼の青い瞳は周囲の装置を捉え、内部の構造を解析しようとしていた。
「部屋全体に特殊な重力場を展開しているようだ。 特定の周波数の電磁波を照射することで、局所的に重力を増幅させている。 おそらく、侵入者を拘束するための罠だろう。 このままでは、身体に深刻なダメージを受ける…… 早急に脱出方法を見つけなければ……」
「くそっ!油断した!」
翔は、悔しそうに歯を食いしばった。 こんなところで捕まるなんて、不覚だった。 未来を救うためにここまで来たのに……。 クロノスの計画を阻止しなければならないのに……。 後悔と焦燥が、翔の胸を締め付けた。
(僕が……もっと注意していれば…… みんなをこんな目に遭わせることはなかったのに……)
エレーヌが、苦しそうな息遣いで翔に声をかけた。 彼女の顔色は青白く、今にも気を失いそうだ。
「大丈夫ですか?翔」
「ああ……大丈夫だ、エレーヌ」
翔は、なんとか笑顔を作ろうとした。 自分が弱音を吐いている場合じゃない。 仲間を、未来を守らなければならない。
「心配ないよ……絶対に、ここから脱出する」
そう言いながらも、翔の心には不安が渦巻いていた。 この重力場の中で、どうやって脱出すればいいのか……。 マックスなら何か方法を知っているかもしれないが、 今の状態ではろくに話もできない。
その時、部屋の奥からクロノスの幹部らしき、 赤いマントを羽織った女性が現れた。 彼女はゆっくりと歩み寄り、翔たちを見下ろした。 整った顔立ちには冷酷な笑みが浮かび、 その目は獲物を値踏みする肉食獣のようだ。 赤いマントが、彼女の動きに合わせて優雅に揺れる。 そのマントの裏地は黒く、不気味な雰囲気を醸し出していた。 彼女の瞳は冷たく、底知れない闇を秘めているように見えた。
「よく来たわね、翔!」
女は、ニヤリと笑った。 その口元には、隠しきれない優越感が滲み出ている。
「お前たちを待っていたのよ。 まさかこんなに簡単に罠にかかるとは思わなかったけれど。 愚かな侵入者たち…… 私の前では、どんな抵抗も無駄よ」
「貴様は!」
翔は、女に詰め寄ろうとした。 しかし、彼の体は重力に縛り付けられ、一歩も動けない。 屈辱と怒りが、翔の心を激しく揺さぶった。
(この女……!絶対に許さない……! 一体何が目的だ……?)
「無駄よ、翔」
女は、冷たく言い放った。 その声には、一切の感情がこもっていない。
「お前たちはもう逃げられない。 ここで大人しく捕まっているがいいわ。 おとなしくしていれば、苦しまずに済むかもしれないわよ?」
クロノスのメンバーたちが翔たちを取り囲んだ。 彼らは特殊な拘束具を取り出し、翔たちの手足を固定していく。 冷たい金属が肌に触れ、自由を奪われていく感覚が翔を苛立たせた。
(こんなところで……終わるわけにはいかない……! 僕には……未来を守る責任があるんだ……!)
翔たちは捕らえられ、牢獄に連行された。 牢獄は地下深くにあり、冷たい空気が淀んでいる。 壁は湿った岩で覆われ、水滴が滴り落ちている。 カビの匂いと、鉄の錆びた匂いが混じり合い、吐き気を催すほどだ。 微かな光が天井から差し込んでいるだけで、 周囲は薄暗く、閉塞感に満ちている。 鉄格子で厳重に閉ざされた牢獄は、 まるで巨大な墓穴のようだ。
翔たちは、それぞれ別の牢獄に入れられた。 鉄格子の向こうには、他の捕虜たちの姿も見えた。 彼らは絶望した表情でうなだれており、生気を感じられない。 中には、やつれ果てて意識を失っている者もいる。
「くそっ!こんなところで捕まるなんて……」
翔は、鉄格子を握りしめ、悔しそうに言った。 壁を殴りつけたい衝動に駆られたが、 それさえも無意味に思えた。 仲間たちの顔が、脳裏をよぎる。 マックス、アヤ、エレーヌ、プチ…… 彼らは今、どうしているだろうか……。 心配でたまらない。 特にエレーヌは、重力場の影響を強く受けていた。 彼女のことが心配で、翔の胸は締め付けられるようだった。
(僕が……しっかりしなければ……! みんなを……助けなければ……!)
「でも……諦めないぞ」
翔は、心の底から湧き上がる強い意志を抑えられなかった。 両親を亡くし、孤独な日々を送ってきた。 それでも、彼は諦めなかった。 未来を変えるために、ここまで来たのだ。 ここで諦めるわけにはいかない。
「必ずここから脱出して……クロノスを倒すんだ!」
翔は、心の奥底で固く誓った。 鉄格子の向こうに見える僅かな光を見つめながら、 彼は脱出の方法を探し始めた。 仲間の顔を思い浮かべた。 マックス、アヤ、エレーヌ、プチ…… 彼らを、そして未来を守るために、 絶対に諦めるわけにはいかない。
(みんな……待っていてくれ……!必ず、助け出す……!)