アジト潜入
「よし、行くぞ!」
翔は低い声で囁き、仲間たちに合図を送った。 銀色のドームは、鬱蒼とした森の中で異質な輝きを放ち、 まるで異星から飛来した巨大な卵のようだ。 高い壁には有刺鉄線が張り巡らされ、 無数の監視カメラが機械的な眼を光らせている。 レンズの奥で点滅する赤い光は、獲物を狙う捕食者のようだ。 門の前には黒いマントを羽織ったクロノスのメンバーが二人、 微動だにせず警備に当たっていた。 彼らの手には、見たことのない形状の銃が握られ、 先端には不気味な青白い光が揺らめいている。 森の静寂が逆に緊張感を際立たせていた。
「どうする?翔」
アヤが小声で尋ねた。 彼女の指は、懐から取り出した小型のレーザー銃のトリガーにかかっている。
「マックス、何かいい手はないか?」
翔はマックスに助けを求めた。 マックスは目を閉じ、周囲の微細なエネルギーの流れに意識を集中させていた。 彼の青い瞳は微かに輝き、まるで周囲の情報をスキャンしているようだ。
「正面突破は危険だ。連中の装備は見たところ、この時代のものじゃない。 下手に刺激すれば、何が起こるかわからない」
「では、どうすれば……」
エレーヌが不安げに尋ねた。
「プチの力を借りるしかない」
マックスは静かに答えた。
「プチなら、あの監視網を掻い潜れるはずだ」
「ピッ!ボクに任せて!」
プチは得意げに胸を張った。 彼はアヤの肩から飛び降り、素早く地面を駆け出した。 ヴェロキラプトル型の小さな体躯を活かし、草むらを縫い、 木の根を飛び越え、音もなく壁へと近づいていく。 監視カメラは規則的に首を振り、その死角は刻々と変化する。 プチは持ち前の情報収集能力と俊敏性を活かし、 まるで忍者のように、その動きを予測し、 完璧なタイミングで死角に身を隠していく。 壁にたどり着くと、彼は壁面を注意深く観察し、 わずかな隙間や配管の影を見つけては、身を滑り込ませていく。 その動きは流れるようで、まるで壁の一部と化したかのようだ。
壁をよじ登り、換気口のような小さな穴を見つけると、 プチは躊躇なく中へ滑り込んだ。 中は薄暗く、湿った空気と機械油の匂いが混じり合っている。 複雑に張り巡らされた配管が、まるで血管のように壁面を覆っていた。 プチは小さな体で配管の間を縫うように進んでいく。 冷たい金属の感触が、プチの小さな体を冷やした。 彼は持ち前の鋭い嗅覚と聴覚を駆使し、周囲の状況を探っていた。
「ピッ!翔、潜入成功!内部の様子も確認できた。 換気口から直接内部に侵入できるルートがある。ただ……」
プチの声が途切れた。
「プチ?どうした?応答しろ、プチ!」
翔は焦って無線機に呼びかけたが、 砂嵐のようなノイズが返ってくるだけだった。
「まさか……」
マックスが眉をひそめた。
「この施設全体が、特殊な電磁波で覆われているのかもしれない。 プチとの通信が途絶えたのも、その影響だろう。 この施設は、電波を遮断する特殊なフィールドを展開しているようだ。 外部との通信を完全に遮断することで、内部の活動を秘匿しているのだろう」
「なら、どうすれば……」
アヤが焦燥感を露わにした。
「行くしかない」
翔は覚悟を決めた表情で言った。
「プチが作ってくれたルートを信じよう。 正面突破は避けたいが……他に手はない。 プチは勇敢だ。きっと中で合流できるはずだ」
翔はアヤとエレーヌに目配せし、換気口へと近づいた。 壁面には、プチがこじ開けたと思われる小さな隙間があった。 翔はそこに手をかけ、ギヨームから授かった剣の柄を支点にして 力を込めて押し広げた。 錆び付いた金属が軋む音を立て、 ようやく大人が一人通れるほどの隙間ができた。
翔が先頭に立ち、換気口をくぐって内部に侵入した。 中は薄暗く、機械の作動音と微かな話し声が聞こえてくる。 壁や床は冷たい金属でできており、無機質な雰囲気を醸し出している。 廊下には規則的に配置された監視カメラが設置され、 警備員が巡回しているのが見える。 壁には複雑な配線が張り巡らされ、時折青白い光が走っている。 空気は重く、僅かに金属と油、そしてオゾンの匂いが混じっていた。
翔たちは見つからないように壁に身を隠しながら、慎重に進んでいった。 プチとの合流地点を目指していたが、通信が途絶えているため、 手探りで進むしかない。
廊下の角を曲がると、複数の人影が見えた。 クロノスのメンバーだ。 彼らは何かを運んでいるようで、こちらには気づいていない。 翔たちは息を潜め、やり過ごそうとした。
しかし、その時、運ばれていた荷物の一つが落下し、大きな音を立てた。 クロノスのメンバーは一斉に振り返り、翔たちの姿を捉えた。
「侵入者だ!」
一人が叫んだ。 彼らは手に持った銃を構え、翔たちに向けてきた。 その銃口から、先ほど門の前で見たものと同じ、 不気味な青白い光が放たれている。
「まずい!」
翔は叫んだ。 彼はギヨームから授かった剣を抜き、 得意の剣術で光線を弾きながら、先陣を切って飛び出した。 アヤはレーザー銃を構え、冷静に敵の動きを分析しながら 正確な射撃で敵の動きを封じようと試みた。 エレーヌは背後から歌い始めた。 彼女の歌声は、敵の意識を混乱させ、動きを鈍らせる効果を持つ特別な歌だった。
クロノスのメンバーも応戦し、激しい銃撃戦が始まった。 青白い光線が廊下を飛び交い、金属の壁に火花を散らす。 翔は剣を振るい、飛んでくる光線を弾き、敵に斬りかかった。 彼の剣技はギヨームの厳しい指導によって磨き上げられ、 目にも止まらぬ速さで敵を翻弄する。 アヤはレーザー銃で敵の持つ武器を狙い、正確に破壊していく。 エレーヌの歌声は廊下に響き渡り、敵の動きは明らかに鈍くなっていた。 彼らは頭痛を覚え、平衡感覚を失っているようだ。
激しい攻防の中、翔たちはなんとか敵を撃退し、先に進むことができた。 しかし、銃撃の音は施設内に響き渡り、 他の警備員もこちらに向かっているはずだ。 時間がない。翔たちは急いでプチとの合流地点を目指した。
廊下の奥にある大きな扉の前までたどり着くと、 扉の隙間から微かな光と音が漏れていた。 そして、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ピッ!こっちだ!こっち!」
プチの声だ。
翔たちは扉を押し開けて中に入った。 そこは広大な実験室だった。 無数の機械や装置が所狭しと並べられ、 複雑な配線が天井から床まで張り巡らされている。 壁には巨大なモニターが設置され、複雑な図形や数式、 そしてワットの蒸気機関の設計図が映し出されている。 その中心には、巨大なエネルギー発生装置のようなものが設置され、 青白い光を放っていた。
プチは装置の陰に隠れるようにして、 翔たちに駆け寄ってきた。
「ピッ!翔!大変だ!クロノスは……」
と言いかけた時、背後から複数の足音が聞こえてきた。 振り返ると、クロノスの幹部らしき男が、 複数の兵士を引き連れて立っていた。 男は冷たい笑みを浮かべながら、翔たちを見下ろしていた。
「よくもここまで……だが、お前たちの冒険もここまでだ」