女侍との出会い
ある日、翔は長屋の近くの広場で、子供たちが木刀で打ち合うのを見かけた。
「あれは…?」
翔が興味深そうに見ていると、マックスが説明した。
「あれは、剣術の稽古だ。江戸時代では、武士の子弟は幼い頃から剣術を習う。」
「へえー、かっこいいな…。」
子供たちの真剣な表情や、木刀がぶつかり合う音が、翔の心を惹きつけた。
その時、一人の女性が翔に近づいてきた。女性は、凛とした佇まいで、歳は20代後半くらいだろうか。着物は質素だが、きちんと手入れされている。腰には、すらりと長い刀が差してあった。その姿は、まるで時代劇から抜け出してきたかのようだった。
「坊や、見ない顔ね。どこから来たの?」
女性は、穏やかな口調で翔に話しかけた。
「え、えっと…。」
翔は、言葉に詰まった。見慣れない着物姿の自分に気づき、少し恥ずかしくなったのだ。
「ショウ、この人は、侍、ダ。」
マックスが、小声で教えてくれた。
「侍…?」
翔は、目の前の女性が侍であることに驚いた。歴史の教科書で見た侍は、みんな男の人だったからだ。
「えっと…、僕は翔と言います。」
翔は、少し緊張しながらも、挨拶をした。
「私は、ツユと申します。」
ツユは、微笑んで答えた。
「ツユさん、剣術を教えてください!」
翔は、ツユに頼み込んだ。子供たちが稽古しているのを見て、自分も強くなりたいと思ったのだ。
「あら、坊やが剣術を習ってどうするの?」
ツユは、優しい口調で尋ねた。
「えっと…、強くなりたいんです! 悪い奴らを倒せるくらいに…。」
翔は、胸を張って答えた。
「強くなりたい、か…。」
ツユは、何かを考え込むように、しばらく黙り込んだ。そして、翔のまっすぐな瞳を見つめ、
「わかった。教えてあげましょう。」
と、静かに言った。ツユは、翔の熱意に心を動かされたのか、剣術を教えることにした。
ツユの指導は、厳しくも丁寧だった。
「足腰をしっかり! 木刀を振り回すのではなく、心を込めて打ちなさい!」
ツユは、澄んだ声で翔を指導した。
最初のうちは、翔は木刀をうまく振ることもできなかった。足腰がふらつき、すぐに息が上がってしまう。ツユは、そんな翔に根気強く指導した。
「諦めないで。誰でも最初は初心者なのよ。大切なのは、諦めずに努力すること。」
ツユの励ましが、翔の心を支えた。
翔は、汗だくになりながら、ツユの教えに従って稽古に励んだ。木刀を握る手は、すぐにマメだらけになった。しかし、翔は弱音を吐かなかった。ツユのように強く、凛とした侍になりたい。その一心で、稽古に打ち込んだのだ。
日に日に、翔の動きは鋭くなり、力強くなっていった。ツユは、翔の成長を喜び、
「あなたは、才能があるわ。きっと、立派な侍になれる。」
と、褒めてくれた。
稽古の合間には、ツユから武士道や侍の生き方についての話も聞いた。
「侍は、己の信念を貫き、主君に忠義を尽くす。そして、常に己を磨き、武芸に励む。」
ツユの言葉は、翔の心に深く刻まれた。
ある日、稽古を終えた後、ツユは静かに語り始めた。
「私は、幼い頃に両親を亡くし、親戚に育てられました。女だからといって、武芸を禁じられそうになったこともありました。でも、私は諦めませんでした。侍として生きる道を選び、厳しい修行に耐えてきました。」
ツユの言葉には、力強さと共に、どこか哀愁が漂っていた。
「女侍は、男社会の中で生きるのは容易ではない。偏見や差別に苦しむことも多い。それでも、私は侍としての誇りを持ち、自分の道を歩んでいく。」
翔は、ツユの話を聞きながら、彼女の生き方に心を打たれた。そして、女性が社会で活躍することの難しさ、それでも自分の信念を貫くことの大切さを学んだ。
ツユとの出会いを通して、翔は侍の誇り、そして女侍としての苦悩を知った。だけでなく、ツユの強さに憧れ、自分も彼女のように強く、そして優しくありたいと願うようになった。