ジェームズ・ワットとの出会い
翔たちは、しばらくの間、ただただその巨大な蒸気機関の動きに見入っていた。
その時、アヤが、蒸気機関を熱心にスケッチしている男に気づいた。
「あの人誰?」
アヤは、翔に尋ねた。
「わからないけどきっとこの工場で働いている人だろう」
翔は、答えた。
「話しかけてみようか?」
エレーヌが提案した。
「そうだな何か情報が得られるかもしれない」
翔は、頷いた。
翔たちは、顔を見合わせ、緊張しながらも、男に近づいていった。
「あの……」
翔が、男に声をかけた。
男は、翔たちの声に気づき、ゆっくりと顔を上げた。
「なんだい?」
男は、翔たちを見て、少し驚いた様子だった。
男は、40代半ばくらいだろうか。額には汗がにじみ、作業着の袖は煤で汚れていた。しかし、彼の目は、少年のように輝き、蒸気機関を愛おしそうに見つめていた。
「僕たちは旅人なんです。この蒸気機関に興味があって」
翔は、男に説明した。
「旅人?」
男は、翔たちの言葉を不思議そうに繰り返した。
「そうです、この蒸気機関は本当に素晴らしい」
翔は、蒸気機関を褒めた。
「そうかい?ありがとう」
男は、少し照れくさそうに言った。
「私はジェームズ・ワットと申します」
男は、自己紹介をした。
「ジェームズ・ワット?」
翔は、その名前に聞き覚えがあった。
「もしかしてあなたは蒸気機関を改良したあのジェームズ・ワットさんですか?」
翔は、興奮気味に尋ねた。
「ええそうですが」
ワットは、静かに頷いた。
「すごい!本物のジェームズ・ワットさんだ!」
翔は、興奮を抑えきれず、思わずワットの肩を掴んだ。
「あの、えっと」
ワットは、翔の勢いに押され気味だった。
「ワットさん、僕たちは蒸気機関についてもっと詳しく知りたいんです」
翔は、ワットにお願いした。
「ええいいですよ」
ワットは、快く引き受けた。
工場内は、耳をつんざくような轟音と、息苦しいほどの熱気で満ちていた。蒸気機関からは、轟音と共に白い蒸気が勢いよく噴き出し、機械油の刺激臭が鼻をつく。床は油で滑りやすく、時折、火花が散って危険な香りが漂う。翔たちは、ワットの周りに集まり、彼の説明に熱心に耳を傾けた。
「この蒸気機関は私の長年の研究の成果なんです」
ワットは、熱心に説明を始めた。
「ワットさん、この蒸気機関は、どうやって動くんですか?石炭を燃やすとどういう仕組みでこんな大きな力が生まれるんですか?」
翔は、好奇心いっぱいの目でワットに質問した。
「それにこの蒸気機関はどんなことに使われているんですか?」
アヤも、興味津々に尋ねた。
「この蒸気機関はまだ改良の余地があると思うのですが、ワットさんは今後どのように改良していくつもりですか?」
マックスも、専門的な質問を投げかけた。
「ええそうですね」
ワットは、一つ一つの質問に丁寧に答えてくれた。
「この蒸気機関はまだまだ未完成なんです」
「私はもっと効率が良くて安全な蒸気機関を作りたい」
ワットは、蒸気機関への熱い思いを語った。
「私は幼い頃体が弱くてよく病気をしていました」
ワットは、少し寂しそうに過去のことを語り始めた。
「だから人々が重い荷物を運んだり辛い仕事をしなくても済むようにこの蒸気機関を作ったんです」
「この機械が人々の暮らしを楽にそして豊かにしてくれると信じて」
ワットは、蒸気機関に触れながら言った。
「しかし同時に不安も感じているんです」
ワットは、目を伏せ、深い皺を刻んだ額に手を当てた。
「この蒸気機関が悪用されれば人々を不幸にしてしまうかもしれないと」
「例えば工場から排出される黒煙が大気を汚染し人々の健康を害するかもしれない」
「それに蒸気機関を動かすために大量の石炭が必要になるそれはいずれ枯渇してしまうだろう」
ワットは、未来を見据えているようだった。
その言葉に、翔はハッとした。
「もしかしてワットさんは地球温暖化のことを?」
翔は、未来の知識を総動員して、ワットの言葉の意味を理解しようとした。
「地球温暖化?」
ワットは、翔の言葉に首をかしげた。
「ええ、あの石炭を燃やすと二酸化炭素というものがたくさん出てそれが地球を暖かくしてしまうんです」
アヤが、翔の説明を補足した。
「二酸化炭素?地球温暖化?」
ワットは、初めて聞く言葉に戸惑っていた。
「そうなんです!二酸化炭素が増えすぎると地球の気温が上がって氷が溶けたり海面が上昇したり異常気象が起きたりするんです!」
アヤは、熱心に説明した。
「そんな!」
ワットは、アヤの説明に衝撃を受けた。
「私の発明がそんな恐ろしい未来を招くことになるなんて」
ワットは、顔を青ざめた。
「でもワットさん」
翔は、ワットの肩に手を置いた。
「未来では二酸化炭素を減らす技術も開発されています。それに石炭に代わる新しいエネルギーも生まれています」
翔は、未来の技術について語り始めた。
「未来では空に浮かぶ巨大な風力発電所や海に広がる太陽光パネルからクリーンなエネルギーが供給されているんだ」
翔の言葉に、アヤは目を輝かせた。
「そうよ、ワットさん未来では自然のエネルギーを利用することで環境問題を解決できる方法を見つけたのよ!」
プチも、翔の言葉に興奮した様子で、
「ピッ!すごい!未来のエネルギー!ピッ!」
と叫んだ。
エレーヌは、静かに微笑んで、
「きっと未来は明るいわ」
と言った。
「電気自動車や空飛ぶ車が走り人々は自然と調和した暮らしを送っているんだよ」
翔の言葉に、ワットは目を輝かせた。
「そんな未来が来るのか」
ワットは、希望に満ちた表情で言った。
「ええきっと」
翔は、力強く頷いた。
その時、翔は、工場の壁に描かれた奇妙なマークに気づいた。
そのマークは、工場の壁の片隅に、黒く塗りつぶされた形で描かれていた。それは、一見するとただの落書きのようにも見えたが、よく見ると、幾何学的な模様と複雑な記号が組み合わさった、不気味なデザインだった。中心には、鋭い爪を持つ獣の足跡のようなものが描かれ、その周囲を、矢印のような記号が取り囲んでいる。まるで、獲物を狙う獣の眼光を思わせる、鋭く、冷酷な印象を与えるマークだった。
それは、翔たちが以前にも見たことがある、クロノスのマークだった。
「あれは」
翔は、マークを見て、息を呑んだ。
「クロノス!」
翔は、確信した。
クロノスは、きっとすでにこの工場に潜入しているのだ。
「ワットさん」
翔は、ワットに真剣な表情で語りかけた。
「あなたの発明は未来を変える力を持っている。だからどうか希望を捨てないでください」
翔の言葉に、ワットは深く頷いた。
「ありがとう。少年君たちの言葉が私の心に光を灯してくれた」
ワットは、再び蒸気機関に目を向けた。
「私はこの蒸気機関を完成させる。そして人々の暮らしを豊かにする」
ワットは、力強く宣言した。
その時、工場の奥から不気味な物音が聞こえてきた。
「なんだ?」
翔は、警戒した。
「何か嫌な予感がする」
アヤも、不安そうに言った。
「ピッ?なんか怖いピッ」
プチは、アヤにしがみついた。
「気をつけましょうみんな」
エレーヌは、静かに言った。
翔たちは、互いに顔を見合わせ、警戒を強めた。
翔は、息を呑んだ。
「奴らやっぱりここにいるんだ!」
翔は、拳を握りしめた。
「僕たちは奴らを止めなければならない!」
翔は、決意を新たにした。