闇の影
朝の澄み切った空気の中、翔はギヨームから剣術の指導を受けていた。
「もっと腰を落として!剣は体の一部のように扱え!」
ギヨームの厳しい声が響く。
「ハッ!」
翔は、額に汗を浮かべながらも、真剣な表情で剣を振るう。
数日間の療養で、翔の腕の傷はほぼ完治していた。
「いいぞ、翔!その調子だ!」
ギヨームの激励に、翔はさらに熱心に稽古に励んだ。
その頃、アヤは屋敷の庭で薬草の研究に没頭していた。
「この薬草は、傷の治りを早める効果があるはずだわ…」
アヤは、ルーペで薬草を仔细に観察しながら、メモ帳に書き込んでいく。
プチは、アヤの隣で、庭に咲く花を眺めていた。
「ピィ…きれいだな~」
プチは、花に顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅いだ。
「プチ、手伝ってくれる?」
アヤが声をかけると、
「ピィ!なんだい?」
プチは、アヤの方を向いた。
「この薬草をすり潰して、ペースト状にしてほしいの」
「ピィ!わかった!」
プチは、小さな体で器用に薬草をすり潰し始めた。
屋敷の中では、マックスが暖炉のそばでくつろいでいた。
「それにしても、平和だな~」
マックスは、炎の揺らめきを見ながら、呟いた。
その時、屋敷の門を叩く音が響いた。
「誰だろう…?」
使用人が、玄関へ向かった。
ドアを開けると、そこには、顔面蒼白の男が立っていた。
「ギヨーム様はいらっしゃいますか!?」
男は、息を切らしながら叫んだ。
「近隣の村で、原因不明の病気が流行り始めたのです!」
男の言葉に、使用人は事態の深刻さを察知した。
「すぐに、ギヨーム様をお呼びします」
使用人は、急いでギヨームを呼びに行った。
ギヨームは、使用人に案内された男を応接間に通した。男は、息も絶え絶えに、震える声でギヨームに訴えた。
「ギヨーム様…大変です…!」
男の顔色は土気色で、額には脂汗が浮かんでいる。ギヨームは、男の様子から只事ではないと察し、彼に近づいて肩に手を置いた。
「落ち着いて話してくれ。何が起こったんだ?」
男は、ギヨームの落ち着いた声に少しだけ冷静さを取り戻したようだった。深呼吸をしてから、男は震える声で語り始めた。
「わ、私の村…ティエール村で…原因不明の病気が…!」
「病気…?」
ギヨームは、眉をひそめた。ティエール村は、彼の領地内にある小さな村だ。
「は、はい…数日前から、村人が次々と高熱や咳、体に赤い斑点を発症するようになったのです…!」
男の言葉に、ギヨームの表情はさらに険しくなった。
「原因は分かっているのか?」
「い、いえ…全く分からず…治療法も見つかりません…!」
男は、絶望的な表情で訴えた。
「村人は…どれくらい…?」
ギヨームは、言葉を詰まらせながら尋ねた。
「も、もう…半数以上が…!」
男の言葉に、ギヨームは言葉を失った。
(半数以上…だと…?)
ギヨームは、事態の深刻さを改めて認識した。原因不明の病、急速な感染拡大、そして有効な治療法がないという絶望的な状況。
「すぐに、村へ向かおう」
ギヨームは、決意を込めて言った。
「翔、アヤ、プチ、マックス、調査に行く!手伝ってくれ!」
ギヨームが声をかけると、
「はい!」
「ピィ!」
「了解です!」
3人は、すぐに準備を始めた。
ギヨームは、馬を用意させ、一行は急いで村へと出発した。
ギヨームの心は、不安と焦りで重く沈んでいた。
ギヨーム一行がティエール村に到着すると、そこは異様な雰囲気に包まれていた。
かつては活気に満ち溢れていた村は、静寂に支配されていた。家々からは、苦しむ人々のうめき声や咳き込む音が漏れ聞こえてくる。道の脇には、衰弱しきった人々が倒れ込み、助けを求める力もない様子だった。
広場の中央には、井戸がポツンと佇んでいる。普段なら、村人たちが集い、水を汲んだり、談笑したりする場所だが、今は誰もいない。水桶が転がり、打ち捨てられたままになっている。
家々からは、苦しむ人々のうめき声や咳き込む音が、不気味な静けさの中に響き渡っている。道の脇には、衰弱しきった人々が倒れ込み、助けを求める力もない様子だった。
ギヨームは、馬から降りると、不安な表情で村を見渡した。
「これは…酷い…」
アヤも、その光景に息を呑んだ。
「一体何が…?」
翔は、言葉を失った。
「ピィ…!」
プチは、アヤの肩の上で不安そうに鳴いた。
「我々ノ早急ナ対応ガ必要デス」
マックスは、冷静に状況を分析した。
ギヨームは、村長の家へと向かった。
村長は、憔悴しきった様子でギヨーム一行を迎えた。
「ギヨーム様…お越しいただき、ありがとうございます…」
村長は、深々と頭を下げた。
「一体、何が起こったんだ?」
ギヨームは、心配そうに尋ねた。
「数日前から、村人が次々と高熱や咳、体に赤い斑点を発症するようになったのです…」
村長は、言葉を詰まらせながら説明した。
「原因は分かっているのか?」
「いえ…全く分からず…治療法も見つかりません…」
村長の目は、 絶望で覆われていた。
ギヨームは、村長の話を聞き終えると、すぐに村の中を回り、状況を把握することにした。
「翔、アヤ、プチ、マックス、一緒に行こう」
ギヨームは、一行に声をかけた。
石畳の道は荒れ果て、家々は窓を閉ざし、人の気配がない。時折、開いた扉の隙間から、苦しむ人々のうめき声が漏れ聞こえてくる。
ギヨームは、ある家の前で立ち止まった。中からは、激しい咳き込む音が聞こえる。ギヨームは、恐る恐る家の中へと入った。
薄暗い室内には、藁の上に横たわる女性の姿があった。顔色は青白く、呼吸は荒い。体には、赤い斑点がいくつも浮かび上がっている。
「これは…」
ギヨームは、言葉を失った。
アヤは、女性の脈を測り、額に手を当てた。
「高熱が出ています…そして、脈も弱いです…」
アヤは、深刻な表情で言った。
翔は、女性の苦しむ姿を見て、心を痛めた。
「何か…できることはないのか…?」
翔は、ギヨームに尋ねた。
ギヨームは、首を横に振った。
「今のところ、何も…できることはない…」
ギヨームは、無力感に苛まれた。
一行は、家から家へと移動し、村人たちの様子を伺った。どの家でも、病に苦しむ人々の姿があった。
ギヨームは、村人たちの苦しむ姿を見て、怒りを感じた。
(一体、誰が…こんなことを…!)
ギヨームは、拳を握りしめた。
翔たちもまた、村人たちの苦しみを目の当たりにし、心を痛めた。
「これは…本当に、ただ事ではないな…」
マックスは、村人たちの症状を分析しながら、呟いた。
アヤは、治療法を探し出すために、薬草の知識を総動員していた。
プチは、アヤの肩の上から、周囲を警戒していた。
一行は、日が暮れるまで村の中を歩き回り、状況を把握した。
そして、ギヨームの屋敷に戻ると、対策会議を開いた。
ギヨームの屋敷に戻った一行は、暖炉のある広間に集まり、重苦しい雰囲気の中、対策会議を開いた。窓の外は既に夕闇に包まれ、暖炉の火が部屋を薄明かりで照らしている。
「マックス、何か分かったことはあるか?」
ギヨームが、険しい表情でマックスに尋ねた。
「ハイ…村人タチノ症状ヲ分析シタ結果…コレハ…未知ノウイルスニヨル感染症ダト考エラレマス」
マックスは、深刻な表情で報告した。その言葉に、部屋の空気はさらに重くなった。
「未知のウイルス…?」
アヤは、不安そうに尋ねた。彼女の顔色は、いつもより青白く見えた。
「ええ。このウイルスは、非常に感染力が強く、致死率も高いようです」
マックスの説明に、一同は言葉を失った。翔は、顔をこわばらせ、窓の外の闇を見つめていた。プチは、アヤの肩の上で小さく震えていた。
「治療法は見つかるのか?」
ギヨームが、絞り出すように尋ねた。彼の声には、わずかながら希望が込められていた。
「今のところ、有効な治療法は見つかっていません…」
マックスの言葉に、ギヨームは肩を落とした。
「しかし…」
マックスは、言葉を続けた。
「アヤ、君ノ薬草ノ知識ガ役ニ立ツカモシレナイ」
アヤは、マックスの言葉にハッとした。
「薬草…?」
アヤは、目を輝かせた。
「ええ。君ガ白亜紀デ習得シタ薬草ノ知識ハ、コノ時代デハ未知ノモノデス。もしかしたら、コノウイルスニ効果的ナ薬草ガ存在スルカモシレマセン」
マックスの言葉に、アヤは希望を見出した。
「そうか…!」
アヤは、すぐに自分の持っている薬草の資料を調べ始めた。
「もしかしたら…この薬草と、この薬草を組み合わせれば…!」
アヤは、いくつかの薬草を見つけると、興奮気味に呟いた。
「アヤ、何か…?」
ギヨームが、アヤの様子に気づき、尋ねた。
「まだ、確実なことは言えないけど…もしかしたら、この組み合わせで、ウイルスの増殖を抑えられるかもしれないわ!」
アヤは、希望に満ちた表情で答えた。
「本当か…!」
ギヨームは、アヤの言葉に、わずかな光を見出した。
「でも…まだ、試したわけじゃないから…」
アヤは、言葉を濁した。
「それでも、希望があるなら、試してみる価値はある!」
ギヨームは、力強く言った。
アヤは、マックスの協力のもと、薬草を調合し、薬を作り始めた。
翔とプチは、アヤを手伝い、薬を村人たちに配り歩いた。
「どうか、効いてください…」
翔は、薬を配りながら、心の中で祈った。