母の足跡 - 託された希望、卵に隠された真実
クロノスの猛攻は一時的に食い止められた。アヤが呼び寄せた恐竜たち、そしてレジスタンスの決死の反撃によるものだ。しかし、敵の圧倒的な戦力を前に、状況は依然として予断を許さない。彼らが立っている場所は、崩れかけたビルの屋上。足元には瓦礫が散乱し、遠くではまだ戦闘の音が鳴り響いている。
「時間がない……。一刻も早く『プロジェクト・ニューエデン』を阻止する方法を見つけなければ……」
アヤは息を切らし、呟く。その瞳には、強い焦りと決意の色が宿っている。見上げた空は、硝煙と暗雲に覆われ、希望の光を遮っていた。
「アヤ、何か考えがあるのか……?」
翔が尋ねた。
「ええ。母の足跡を辿ってみる価値はあると思う」
アヤはきっぱりと言い切った。
「母さんの……?」
「ええ、母が残したメッセージ、覚えているわね……?恐竜の卵、そしてクロノスとの取引……。それらの真実を知るためには、母が何を研究していたのかを調べる必要がある」
「しかし、どこから調べればいい?」
翔の問いに、アヤは遠くを見つめ、静かに呟く。
「母が研究を行っていた場所……。私たちが元いた、未来の研究所……」
「! あそこか!」
翔はハッとする。アヤと翔の母親は、彼らが元いた時代、同じ研究所で働いていたのだ。
「でも、あの場所はクロノスの支配下にあるはずよ……。危険すぎるわ……」
エレーヌが心配そうに声をかける。風が彼女の髪を揺らし、不安げな表情を露わにする。
「ええ、わかってる……。でも、他に方法がないの……」
アヤは決意を込めて言った。
「僕も一緒に行く!」
翔がアヤの手を力強く握りしめる。
「ありがとう、翔……」
アヤは翔の手に自分の手を重ね、小さく微笑んだ。
「私たちも協力するわ!」
エレーヌが静かに、しかし力強く言った。
「ピィ……!」
プチも小さく鳴き声を上げ、二人に同意する。
「よし、では早速出発の準備を……」
リョウがそう言いかけた時だった。
「待ってくれ……!」
どこからか、弱々しい声が聞こえた。
「マックス!」
翔は声のする方を見た。そこには休止状態だったはずのマックスが、微かに青い瞳を光らせている。
「お前たち……だけでは……危険すぎる……」
マックスは途切れ途切れの声で言った。
「私も……データ……収集……協力……します……」
「マックス……無理しないでくれ!」
翔はマックスの身を案じ、制止しようとする。
「時間……ない……。私に……できること……させて……ください……」
マックスはそう言うと、再び目を閉じた。その瞳は、先ほどよりもさらに光が弱まっているように見える。
「マックス……」
翔はマックスの決意を感じ取り、それ以上何も言えなかった。
「わかったわ、マックス。一緒に行きましょう」
アヤはマックスを優しく抱き上げ、言った。
「ありがとう……ございます……」
マックスは微かにそう言うと、再び深い眠りに落ちていった。
「よし、出発しよう!」
翔は決意を新たに、仲間たちに声をかけた。
彼らはリョウたちレジスタンスに別れを告げ、未来の研究所跡地へと向かった。
道のりは、想像以上に困難を極めた。崩落した建物の隙間を縫うように進み、いつ敵に見つかるかと、常に周囲を警戒しなければならない。緊張と疲労が、彼らの足取りを重くする。
「ここが……私たちの研究所だった場所……」
数時間後、彼らはようやく目的地に辿り着いた。そこは、かつてアヤや翔の母親が、研究に明け暮れていた場所。今は無残にも破壊し尽くされ、瓦礫の山と化していた。無機質な残骸が、かつての面影を偲ばせる。
「ひどい……」
アヤの喉が引き攣ったように、細く声を絞り出す。目の前に広がる惨状に、言葉を失った。
「でも、まだ希望はある。お母さんの研究室は、地下深くに、あったはず」
アヤは自分に言い聞かせるように言った。
「よし、探してみよう!」
翔は力強く頷き、瓦礫の中へと足を踏み入れた。
彼らは瓦礫をかき分け、母親の研究室へと続く入り口を探した。そしてついに、地下へと続く階段を発見する。
「ここね……」
アヤは階段を見つめながら、呟いた。その瞳には、不安と期待の色が混じり合っている。
「行きましょう」
アヤは決意を込め、階段を下り始めた。翔、エレーヌ、プチもアヤの後に続く。
階段を下りていくと、長い廊下が続いていた。廊下の両側には、いくつもの部屋が並んでいる。薄暗い廊下には、非常灯の頼りない光だけが、進むべき道を照らしていた。
「ここが、お母さんの研究室……」
アヤは、その中の一つの部屋の前で足を止めた。扉には『主任研究員 [母親の名前]』と書かれた、埃を被ったプレートが掲げられている。
「ここが、お母さんの研究室……」
掠れた声でアヤがつぶやく。埃をかぶったプレートを見つめる目は、懐かしさと寂しさに揺れていた。
アヤは震える手で扉に手をかけた。冷たい金属の感触が、指先から緊張を伝えてくる。そして、ゆっくりと扉を開けた。
部屋の中は薄暗く、埃っぽい匂いが鼻をついた。長年、閉ざされていた空間特有の、重苦しい空気が漂っている。しかし、そこには確かに、母親が研究を行っていた痕跡が残されていた。
「これは……!」
アヤは部屋の奥に置かれた、大きなコンピューターを見つけ、声を上げた。
「このコンピューターに、お母さんの研究データが残されているかもしれない」
アヤはそう言うと、コンピューターの電源を入れた。
長い年月放置されていたにも関わらず、コンピューターは問題なく起動する。古びた機械が発する、かすかな駆動音が静寂を破った。
「あった……! お母さんの研究データ……!」
アヤはコンピューターの画面を見つめながら、歓喜の声を上げた。
「これで、『プロジェクト・ニューエデン』を阻止する手がかりが見つかるかもしれない!」
アヤはそう言い、早速データの解析を始めた。
翔たちは息を潜め、アヤの作業を見守った。キーボードを叩く音だけが、静寂を破る。
しばらくして、アヤが突然、声を上げた。
「これよ……!」
「どうしたんだ、アヤ!?」
翔が尋ねる。
「お母さんの研究……。それは、『プロジェクト・ニューエデン』を阻止するための対抗手段……!」
アヤは興奮気味に言った。
「お母さんは、恐竜の卵を使って、ある『装置』を開発していたの!」
「恐竜の卵を使った『装置』……?」
翔はアヤの言葉に首を傾げた。
「ええ……。その『装置』は、時間軸の歪みを安定させ、巨大隕石の衝突を回避できる可能性がある……!」
「そんなことが、本当に可能なのか!?」
翔は信じられないといった表情で、アヤを見つめた。
「お母さんの研究データが正しければ」
アヤは力強く頷く。
「そして、その『装置』を完成させるためには、恐竜の卵が必要不可欠なの!」
「恐竜の卵が……」
翔は、ようやく母親が恐竜の卵を狙っていた理由を理解した。
「でも、その『装置』はどこに……?」
エレーヌが尋ねると、アヤは首を横に振った。
「わからない……。でも、きっと母がどこかに隠しているはず」
アヤはそう言うと、再びコンピューターの画面を見つめた。
「急がないと。『プロジェクト・ニューエデン』の最終段階が始まる前に、『装置』を見つけなければ……!」
アヤの焦りの声が、部屋に響いた。
彼らはまだ知らない。その「装置」を巡り、クロノスとの最後の戦いが待ち受けていることを。その戦いは、彼らの想像を絶するほど、過酷なものとなる……。そして、その「装置」に隠された、さらなる真実を……。