帰還 - 歪められた未来、差し込む一筋の光
眩い光が渦を巻き、やがて静かに消滅した。後に残されたのは、微かな光の残滓と、焦げたような匂い、そして微かに漂う古代植物の生命の香りだけだった。あたりは不気味なほどの静寂に包まれている。
「ここは……?」
最初に意識を取り戻したのは翔だった。彼はゆっくりと目を開け、周囲を見回した。視界に入るのは見慣れぬ荒廃した景色。
「無事に帰ってこられたようね……」
次にアヤが意識を取り戻し、呟いた。その声には安堵と、同時に緊張の色が混じっていた。声が微かに震えている。
「みんな、無事……?」
エレーヌも目を覚まし、周囲を確認する。
「ピィ……」
プチはアヤの腕の中で小さく鳴き声を上げ、無事を知らせた。
翔、アヤ、エレーヌ、プチ……。彼らは古代植物の力を借り、無事に未来世界への帰還を果たしたのだ。
しかし、彼らの目に飛び込んできたのは、以前彼らが旅立った、見慣れた景色ではなかった。
「何だ……ここは……?」
翔は周囲を見回しながら、困惑した表情を浮かべた。空はどんよりとした暗雲に覆われ、太陽の光はほとんど地上に届いていない。空気は淀み、どこか重苦しい雰囲気が漂っている。まるで世界が灰色に塗りつぶされてしまったかのようだ。
「私たちがいた時代とは違う……?」
アヤも周囲の異様な光景に、不安を隠せない。彼らがいた時代は、確かにクロノスの脅威に晒されてはいたが、それでもまだ希望の光は失われていなかった。しかし、今、彼らの目の前に広がっているのは、まるで世界の終わりを思わせるような、荒廃した風景だった。
「マックス……!」
翔は腕の中で休止状態のままのマックスを見つめ、声を上げた。その瞳には深い悲しみと不安の色が浮かんでいた。
「大丈夫、きっとまた目を覚ましてくれるわ」
アヤは翔の肩にそっと手を置き、優しく言った。その声には自分自身を励ますような響きがあった。
「ええ、希望を捨てちゃダメ……」
エレーヌも静かに、しかし力強く言った。その瞳には未来への希望の光が宿っていた。
「ピィ……」
プチも小さく鳴き声を上げ、翔に寄り添った。
「ああ、そうだな……」
翔は仲間たちの言葉に励まされ、力強く頷いた。今は感傷に浸っている場合ではない。まずは現状を把握し、今後の方針を決めなければならない。
「それにしても、一体何が起こったのかしら……?」
アヤは周囲を見回しながら呟いた。その時、彼女はある異変に気づいた。
「ねえ、あれ……」
アヤが指差す方向を見ると、そこには崩れかけた建物があった。その建物は、彼らが以前拠点としていたレジスタンスの基地に酷似していた。
「まさか……!」
翔は嫌な予感を感じ、その建物へ向かって走り出した。
「翔、待って……!」
アヤとエレーヌも翔の後を追った。プチは小さな体を懸命に動かし、彼らから遅れまいと必死に走った。
崩れかけた建物の前に辿り着くと、翔はその無残な姿に言葉を失った。そこには、かつてのレジスタンスの拠点の面影は全く残されていなかった。無残にひしゃげた鉄骨、飛び散ったガラス片、立ち込める粉塵が、ここが激しい攻撃を受けたことを物語っている。
「そんな……」
アヤはその光景に絶句した。
「リョウさんたちは……?」
翔は周囲を見回したが、人の気配は全く感じられない。
「無事でいてくれればいいのだけど……」
エレーヌは不安げに呟いた。
「ピィ……」
プチも悲しそうな鳴き声を上げた。
その時、翔は瓦礫の中に何か光るものがあるのに気づいた。
「これは……」
翔はそれを拾い上げた。それはレジスタンスのメンバーが身につけていた通信機だった。しかし、その通信機はひどく損傷しており、使い物になりそうになかった。無残に割れた画面が、虚しく光を反射している。
「クロノスの攻撃を受けたのね……」
アヤは通信機を見つめながら言った。その瞳には深い悲しみと怒りの色が浮かんでいた。
「くそっ……!」
翔は拳を固く握りしめ、悔しさをあらわにした。
「今は感傷に浸っている場合じゃないわ」
アヤは自分自身を奮い立たせるように言った。
「まずは情報収集が必要よ。この時代の状況を把握しなければ……」
「ああ、そうだな……」
翔はアヤの言葉に頷いた。
「でも、どうやって……?」
エレーヌが尋ねると、アヤは少し考え込んだ後、言った。
「マックスの記録を調べてみましょう。彼なら何か情報を残しているかもしれないわ」
「でも、マックスは今は……」
翔が言いかけると、アヤは首を横に振った。
「完全に機能を停止しているわけじゃない。『古代植物』のエネルギーのおかげで、わずかだけど記録を参照することぐらいできるかもしれないわ」
アヤはそう言うと、翔の腕の中で眠っているマックスを優しく見つめた。
「マックス……お願い、力を貸して……」
アヤはマックスに語りかけるように言った。
すると、マックスの青い瞳が微かに光った。
「マックス!?」
翔は驚きの声を上げた。
「記録……参照……可能……です……」
マックスは途切れ途切れの合成音声で答えた。
「本当!? 良かった……!」
アヤは安堵の表情を浮かべた。
「マックス、この時代の情報を教えて……」
翔がマックスに尋ねると、マックスはしばらく沈黙した後、答えた。
「クロノス……『プロジェクト・ニューエデン』……最終段階……移行……」
「何だって!?」
翔はマックスの言葉に衝撃を受けた。
「時間……ない……。急が……ないと……」
マックスはそう言うと、再び深い眠りに落ちていった。その青い瞳は完全に光を失っていた。
「マックス……!」
翔はマックスの名を呼んだが、返事はなかった。
「行きましょう、翔……。時間がないわ」
アヤは翔の肩に手を置き、力強く言った。その瞳には決意の光が宿っていた。
「ああ……」
翔は深く頷き、再び歩き出した。