捕らわれた恐竜使い - 語られる一族の宿命
機能を大幅に制限した状態のマックスを抱え、深い悲しみを抱えながらも、翔たちは何とかその場から退却することに成功した。母親が操っていた恐竜たちは、彼女が去った後、その場に崩れ落ちるようにして動かなくなった。まるで、最初からそこに生命など宿っていなかったかのように。
翔は失意の中、それでも前進することを選んだ。アヤとエレーヌ、そしてプチと共に、森の奥深くへと足を踏み入れていく。彼らの行く手には、深い闇が広がっているように見えた。
しばらく進んだ後、翔たちは、かつて母親の部下であった恐竜使いたちを拘束した場所に戻ってきた。彼らは依然として気を失ったまま、地面に横たわっている。
「彼らを尋問するのね」
エレーヌが複雑な表情で恐竜使いたちを見つめながら言った。彼女の瞳には彼らへの同情の色が浮かんでいた。
「ああ。彼らから母親の行方、そしてクロノスの計画について聞き出す」
翔は固い決意を込めて言った。しかし、その声はわずかに震えていた。マックスを失った悲しみはまだ癒えていない。そして、マックスが一時的にでも使えなくなったことで、情報収集に大きな支障をきたすことは明らかだった。
「ピィ……でも、話してくれるピィ……?」
プチが不安そうに言った。確かに、彼らはクロノスに協力していたのだ。簡単に口を割るとは思えない。
「やってみるしかないさ」
翔はそう言うと、恐竜使いたちの中で最も年長と思われる男性の前に膝をついた。その男性は、他の恐竜使いと比べて一回り体が大きく、顔には深い皺が刻まれている。
「起きろ!」
翔は男性の肩を揺さぶり、声をかけた。しかし、男性は目を覚ます気配がない。
「仕方ないわね」
アヤはそう言うと、自分のリュックサックから小さな瓶を取り出した。その瓶の中には透明な液体が入っている。
「これは?」
翔がアヤに尋ねる。
「気付け薬よ。以前、恐竜たちの治療用に調合したものだけど、人間にも効果があるはず」
アヤはそう言うと、瓶の蓋を開け、液体を男性の鼻先に近づけた。すると、男性は激しく咳き込み、ゆっくりと目を覚ました。
「う……ここは……?」
男性は辺りを見回しながら、かすれた声で言った。その瞳はまだ焦点が定まっていない。
「お前たちは、何者だ?」
男性は、ようやく翔たちの存在に気づき、警戒心をあらわにした。
「俺たちはお前たちの敵じゃない」
翔は男性の目をまっすぐに見つめながら言った。
「ただ真実を知りたいだけだ。なぜクロノスに協力しているのか?そして、お前たちの指導者はどこへ行った?」
翔のまっすぐな問いかけに、男性は一瞬たじろいだ。しかし、すぐに表情を硬くし、口を閉ざした。
「答える義理はない」
男性は低い声でそう言った。その声には強い拒絶の意思が込められていた。
「そうか」
翔は無理に聞き出そうとはせず、静かに立ち上がった。
「ピィ……どうして、話してくれないピィ……?」
プチが男性に駆け寄り、その服の裾を引っ張りながら言った。
「お前たちにはわからない。我々が背負っているものの重さを」
男性はプチの純粋な問いかけに心を揺さぶられたのか、重い口を開いた。
「我々は『恐竜使い』と呼ばれる一族。代々、恐竜たちと心を通わせ、共存してきた」
男性は遠い過去を思い出すように、目を細めながら語り始めた。
「恐竜たちと、共存?」
翔は男性の言葉に驚きを隠せない。恐竜と人間が共に生きるなど、想像もつかないことだった。
「そうだ。我々は恐竜たちを単なる動物としてではなく、友として、家族として接してきた。彼らもまた、我々を信頼し、心を開いてくれた」
男性の言葉には、恐竜たちへの深い愛情が込められていた。
「しかし、その関係はある日、突然終わりを告げた」
男性の表情が一転して、苦渋に満ちたものに変わった。
「クロノス。奴らが我々の聖域に現れ、全てを奪い去ったのだ」
男性は拳を固く握りしめ、震える声で続けた。
「奴らは我々の一族に伝わる秘術、恐竜たちと心を通わせる技術を狙っていた。そして、その技術を悪用し、恐竜たちを兵器として利用しようとしているのだ」
「そんな」
アヤは男性の言葉に衝撃を受けた。
「我々は抵抗した。しかし、奴らの科学力の前に成す術もなく。多くの仲間が犠牲になった」
男性は目を伏せ、悲痛な声で言った。その目には深い悲しみと無力感の色が浮かんでいた。
「そして、奴らは我々に選択を迫ったのだ。協力するか、さもなくば一族全員の命を奪うと」
「それで、仕方なく、クロノスに?」
翔は男性の境遇に、同情を禁じ得なかった。
「そうだ。我々は生き残るために、そして恐竜たちを守るために、クロノスに従うしかなかったのだ」
男性は悔しそうに顔を歪めた。その表情には深い絶望と諦めの色が浮かんでいた。
「でも、あなたたちの指導者は、翔のお母さんはどこへ?」
アヤが恐る恐る尋ねた。
「あの方は、我々を救うために」
男性はそこで言葉を濁した。そして、観念したように深くため息をつき、
「あの方は時間移動で過去へ向かった。クロノスの計画を阻止するために」
「過去へ!?」
翔は驚きの声を上げた。母親が時間移動で過去へ向かったと?
「あの方は全てを捨てて、我々のために戦うことを選んだのだ」
男性は遠くを見つめるような目で言った。その瞳には指導者への深い敬意と、信頼の色が宿っていた。
「では、あなたたちはここへ残り、時間稼ぎを?」
アヤが男性に尋ねると、彼は静かに頷いた。
「希望を捨てないで。あの方は必ず戻ってきます」
男性は最後にそう言い残すと、再び深く口を閉ざしてしまった。
翔たちは残りの恐竜使いたちからも話を聞こうとしたが、彼らは一様に口が重く、有益な情報を得ることはできなかった。マックスが万全であれば、彼らの精神に干渉し、情報を引き出すことも可能だったかもしれない。しかし、今はその望みも絶たれてしまった。
「どうする、翔?」
アヤが翔に問いかける。
「今は彼らの言葉を信じるしかない。母親が時間移動で過去へ向かった理由はわからないが、何らかの手がかりが見つかるかもしれない」
翔は苦渋の決断を下した。今はこれ以上彼らを尋問しても無駄だろう。それに、母親が向かった過去に何らかの重要なヒントが隠されている可能性は高かった。
「ピィ……でも、どうやってクロノスを止めるピィ?マックスも今は動けないピィ」
プチが不安そうに言った。確かに、クロノスの強大な力を前に、彼らはあまりにも無力だった。
「まずは情報収集だ。クロノスの計画の全貌を掴まなければ。そして、母親が目指したものが何なのかを」
翔は遠くを見つめながら言った。その瞳には深い悲しみと同時に、未来への強い決意の光が宿っていた。