別離 - わずかな希望、そして迫りくる闇
母親が光の彼方へと姿を消した後、残されたティラノサウルスはまるで操り人形の糸が切れたかのように、その場に崩れ落ちた。巨大な体が地面に叩きつけられ、周囲に砂埃が舞い上がる。
「母さん……母さん……!」
翔は母親が消えた場所へ駆け寄ろうとした。しかし、その足はまるで鉛のように重く、前に進まない。
「どこへ行ったんだ、母さん…」
翔の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。彼はただ呆然と、母親が消えた虚空を見つめていた。
「翔、しっかりするピィ!」
プチが翔の足にしがみつき、必死に声をかける。その小さな体は恐怖と悲しみで震えていた。
「プチ」
プチの声で、翔は我に返った。そうだ、今は悲しみに打ちひしがれている場合ではない。母親の真意を突き止め、クロノスの野望を阻止しなければならない。
「すまない、プチ。ありがとう」
翔はプチの頭を優しく撫で、気丈に振る舞った。しかし、その瞳の奥には深い悲しみと、後悔の念が渦巻いていた。
「マックス、母さんが使ったあの装置を解析できるか?」
翔は腕の中のマックスに問いかけた。母親が時間移動に使った装置。それを解析できれば、彼女の行方を掴めるかもしれない。
「全力を尽くします」
マックスはそう言うと、青い瞳を明滅させ始めた。しかし、その光はいつもより弱々しく、どこか頼りない。そして……
「警告。エネルギー残量、著しく低下」
マックスの合成音声が途切れ途切れに告げた。
「マックス!?」
翔は不安に思いながら、マックスの顔を覗き込んだ。すると、マックスの青い瞳は先ほどよりもさらに光が弱まり、点滅の間隔が長くなっていることに気づいた。
「時間制御能力、および装置の強制起動により、想定を超えるエネルギーを消費しました」
「そんな」
翔は事態の深刻さに愕然とした。マックスは身を挺して自分たちを守ってくれたのだ。
「マックス、ごめん。俺がもっとしっかりしていれば」
翔は自分を責めた。
「翔」
アヤが翔の背中にそっと手を置いた。その手は温かく、翔の心を優しく包み込んでくれた。
「今は悲しんでいる場合じゃないわ。一旦、態勢を立て直しましょう。幸い、敵は一時的に退いたわ」
「ああ、そうだな」
翔は涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった。その瞳には先ほどまでの悲しみの色は消え、強い決意の光が宿っていた。
「今は退くべき時だ。情報も少なすぎる。マックス、すまないが一旦休んでくれ。エネルギーが回復したら、また力を貸してほしい」
翔はマックスにそう告げた。マックスは何も答えなかったが、その青い瞳が一度だけ小さく瞬いた。それが肯定の返事だと翔にはわかった。
「行きましょう、翔」
エレーヌが静かに声をかけた。彼女の優しい声は翔の心を癒してくれた。
「ああ」
翔は力強く頷いた。そして、アヤ、エレーヌ、プチと共に歩き出した。
「待ってろよ、母さん。必ず見つけ出すからな」
翔は心の中でそう誓った。母親を救い出し、クロノスの野望を阻止する。それが、マックスが命懸けで繋いでくれた未来への希望なのだから。
彼らは歩き出す。その後ろ姿を、崩れ落ちたままのティラノサウルスが静かに見つめていた。その瞳には哀愁の色が漂っているように見えた。
彼らは森の奥深くへと消えていく。残されたのは静寂と、そしてわずかな希望の光。しかし、その光はあまりにも小さく、頼りないものに思えた。
彼らはまだ知らない。クロノスの恐るべき計画が最終段階へと移行しつつあることを。そして、その先に待ち受ける過酷な運命を……。
遠くで、何かが蠢く気配がした。それはまるで巨大な闇が彼らを飲み込もうとしているかのようだった。そして、その闇は刻一刻と、彼らに迫りつつあった。