お母さんの影 - 哀しき操り人形
恐竜たちの猛攻に、必死に耐え続ける翔たち。しかし、敵の数はあまりにも多く、次第に疲労の色が濃くなっていく。空を舞うプテラノドン、地を駆けるヴェロキラプトルとコンプソグナトゥス、彼らはまるで終わりなき濁流のように、翔たちに波状攻撃を仕掛けてくる。
「くそっ……!キリがない……!」
翔は額に汗を浮かべながら、悪態をついた。彼の腕には、ヴェロキラプトルの爪が掠めた際にできた深い傷が、痛々しく、赤く腫れ上がっている。
「マックス……!まだ見つからないのか……!」
翔は希望をマックスに託し、再び彼の分析結果を尋ねた。この状況を打開するには、恐竜たちを操る恐竜使いを見つけ出し、その装置を破壊するしかない。
「もう少し、です」
マックスの声は先ほどよりもさらに弱々しくなっていた。彼の小さな体は限界を超えた演算処理により熱を帯び、今にも機能停止してしまいそうだった。
「マックス、無理はしないでくれ…!」
翔はマックスの身を案じ、声をかける。しかし、マックスは翔の言葉に答えることなく沈黙を続けた。
その時だった。
「! 見つけた!」
突然、マックスが叫んだ。その声には微かな希望の響きが込められていた。
「本当か!場所は!」
翔は身を乗り出すようにして、マックスに尋ねる。
「北西の方角、およそ500メートルの地点。強いエネルギー反応を感知します。おそらく、あそこに」
マックスの言葉に、翔はすぐさま視線を北西の方角へ向けた。しかし、そこには鬱蒼と茂る木々が立ち並ぶだけで、人の気配は感じられない。
「よし!ここは俺が引きつける!アヤとエレーヌは、マックスの言った場所へ急いでくれ!」
翔はそう言うと、手にしていた金属棒を力強く地面に突き立てた。それは、彼が過去の時代で手に入れた特殊な金属で作られた棒であり、クロノスの技術にも対抗できる数少ない武器の一つだった。
「で、でも、翔は?」
アヤが心配そうに翔を見つめる。彼女は翔一人をこの危険な場所に残していくことに、強い抵抗を感じていた。
「俺なら大丈夫だ!それよりも早く恐竜使いを見つけ出してくれ!この状況を打開できるかどうかはお前たちにかかっているんだ!」
翔は力強く言い放ち、アヤの不安を振り払おうとした。
「わかったわ。でも、絶対に無茶はしないで!」
アヤは翔の強い意志を感じ取り、渋々頷いた。
「エレーヌさん、行きましょう!」
アヤはエレーヌの手を取り、駆け出した。プチもアヤの後に続くように、小さな足を懸命に動かしている。
「ピィ、翔も気をつけるピィ…!」
プチは走りながら後ろを振り返り、翔に声をかけた。
「ああ!お前たちも気をつけてな!」
翔はプチの言葉に力強く頷き返した。
アヤとエレーヌ、プチが走り去るのを見送った後、翔は再び恐竜たちと対峙した。彼は深く息を吸い込み、金属棒を力強く握りしめる。
「さあ、来い!」
翔の決意に満ちた声が森の中に響き渡った。その声に応えるように、プテラノドンが鋭い鳴き声を上げ、ヴェロキラプトルとコンプソグナトゥスの群れが一斉に翔に襲いかかってきた。
激しい戦いが再び始まった。翔は恐竜たちの攻撃を巧みにかわしながら、金属棒を振るい、応戦する。しかし、多勢に無勢、次第に彼は追い詰められていった。
その時だった。
「! そこまでだ!」
突然、どこからか凛とした女性の声が響き渡った。その声は不思議な力を持っており、恐竜たちの動きを一瞬にして静止させた。
「え?」
翔は突然の出来事に驚き、動きを止めた。恐竜たちもまた、まるで石のように固まってしまっている。
一体、何が起こったのか?
翔が周囲を見回すと、木々の間から一人の女性が姿を現した。
その女性は長い髪を風になびかせ、白を基調とした見たこともない衣服を身に纏っていた。その姿は神々しく、どこかこの世のものではないような雰囲気を醸し出している。
そして、何よりも翔を驚愕させたのは、その女性の顔だった。
「まさか、母さん?」
翔は信じられないといった表情でその女性を見つめた。そこにいたのは紛れもなく彼の母親だったのだ。しかし、彼の記憶の中にある優しく穏やかな母親の面影はそこにはなかった。
彼女の表情は冷たく、感情を一切読み取ることができない。そして、その瞳はまるで別人を見るような冷ややかな光を放っていた。
「あの子」
母親は翔を見つめながら小さく呟いた。その声はまるで遠くから聞こえてくるように掠れていた。
「母さん!どうしてここに?それに、その姿は?」
翔は混乱しながら母親に問いかけた。しかし、母親は翔の言葉には答えず、手に持っていた見慣れない装置を操作し始めた。
それはクロノスが開発した恐竜を操るための装置に酷似していた。しかし、母親が手にしている装置はそれよりもさらに洗練されたデザインをしており、未知の技術が用いられていることが一目でわかった。
「母さん!まさか、あなたもクロノスに?」
翔は最悪の可能性を考え、声を震わせた。
母親は翔の言葉に反応することなく、装置の操作を続けた。そして、彼女が装置のボタンを押すと、再び恐竜たちが動き始めた。
しかし今度は、先ほどのような狂暴性は見られず、まるで母親の忠実な下僕のように、彼女の周囲に集まってきた。
「母さん!一体どういうつもりなんだ!」
翔は悲痛な叫びを上げた。しかし、母親は翔の叫びに答えることはなかった。
彼女は冷たい視線を翔に向けたまま、装置をさらに操作し始めた。すると、地面が激しく揺れ始め、木々の間から巨大な影が姿を現した。
「ティラノサウルス!」
翔はその巨大な姿に息を呑んだ。白亜紀最強の肉食恐竜、ティラノサウルス。その巨体は周囲の木々をなぎ倒しながら、ゆっくりと翔たちに近づいてくる。
「母さん!目を覚ましてくれ!お願いだ!」
翔は必死に母親に呼びかけた。しかし、母親はまるで翔の声など聞こえていないかのように、冷たい表情を崩さない。
そして、彼女はゆっくりと、その手に持った装置を翔に向けた。
「やめろ、母さん!」
翔の悲痛な叫びが虚しく森に響き渡った。しかし、その叫びは母親の冷たい沈黙にかき消されてしまうのだった。
ティラノサウルスが巨大な口を開け、今まさに翔に襲いかかろうとしていた。
絶望が翔を支配する。
彼は目を閉じ、迫り来る死を覚悟した……。