恐竜使いの襲撃 - 偽りの笛の音
卵が奪われた巣を後にし、翔たちは、さらに深く、森の中へと、足を踏み入れていた。荒廃した大地とは対照的に、この森は、まだ、わずかながら緑を、残している。しかし、その緑も、どこか、生気を欠いており、不気味な静寂だけが、辺りを支配していた。
「それにしても、本当に恐竜がいないピィ……。このままじゃ、アヤ姉ちゃんが、寂しがるピィ……」
プチが、周囲を見回しながら、呟いた。その声には、恐竜たちに、会えないことへの、純粋な落胆の色が、滲んでいる。
「そうね……。でも、今は我慢よ、プチ。きっと、また、会える日が来るわ……」
アヤは、プチの頭を、優しく撫でながら、そう言った。しかし、彼女の表情は、晴れない。恐竜たちの気配が、あまりにも、希薄なことに、強い違和感を、感じていたのだ。
その時だった。
「……! 何か、来るぞ……!」
翔が、鋭い声で、叫んだ。その声には、明確な、危機感が含まれていた。
彼の視線の先、鬱蒼と茂る木々の間から、何かが、高速で、こちらに、接近してくるのが見えた。それは、最初は、小さな影だったが、瞬く間に、その輪郭を、はっきりと、現していく。
「あれは……翼竜……?」
アヤが、息を呑んだ。空を飛翔しているのは、巨大な翼を持つ、翼竜たちだった。しかし、その姿は、彼女が知っている、翼竜とは、明らかに異なっていた。
「いや……違う……!あれは、プテラノドンだ……!だけど、様子がおかしい……!」
翔が、叫んだ。確かに、翼竜たちは、白亜紀後期に、生息していた、大型翼竜、プテラノドンに、よく似ていた。しかし、その瞳は、赤く濁り、口からは、聞いたこともない、奇妙な唸り声を、上げている。まるで、何かに、操られているかのようだった。
そして、プテラノドンだけではなかった。
「地上にも、何かいるピィ……!」
プチが、今度は、地面を指差しながら、叫んだ。彼の視線の先、木々の陰から、今度は、地上を駆ける、恐竜たちの群れが、姿を現した。
「ヴェロキラプトル……!それに、コンプソグナトゥスも……!」
アヤが、驚愕の声を上げる。彼女の言う通り、そこには、白亜紀を代表する、小型肉食恐竜、ヴェロキラプトルと、さらに小型の、コンプソグナトゥスの群れが、いた。彼らもまた、プテラノドン同様、赤い瞳を、ぎらつかせ、異常な興奮状態にあるように、見えた。
「まずいな……完全に、包囲されている……!」
翔は、周囲の状況を、素早く確認し、危機的な状況を、悟った。空には、プテラノドン、地上には、ヴェロキラプトルと、コンプソグナトゥス。完全に、退路を断たれている。
そして、恐竜たちの、ただならぬ様子から、彼らが、野生の状態ではなく、何者かに、操られていることは、明らかだった。
「ピィ……どうするピィ……?」
プチが、アヤの腕の中で、震えながら、言った。
「落ち着いて、プチ。きっと、大丈夫よ……」
アヤは、プチを、安心させようと、優しく、声をかける。しかし、その声は、わずかに、上ずっていた。彼女自身、この絶体絶命の状況に、動揺を隠せないでいたのだ。
「……おそらく、連中は、何らかの装置で、恐竜たちを操っている……」
マックスが、冷静な声で、分析結果を、告げた。
「恐竜を、操る装置……?そんなことが、可能なのか……?」
翔は、マックスの言葉に、驚きを隠せない。
「……ええ。以前、クロノスの工作員が、恐竜を、制御する装置を、使用していたのを、見たことがあるわ……。おそらく、今回も、同じような技術が、使われているはずよ……」
アヤが、過去の経験を、思い出しながら、言った。彼女の言う通り、クロノスは、過去の時代で、恐竜を、兵器として利用しようと、画策していたことが、あったのだ。
「くそっ……!また、クロノスの仕業か……!」
翔は、怒りに、歯ぎしりした。この時代の異変、そして、恐竜たちの異常行動……全ては、クロノスの、仕業に違いない。
その時、プテラノドンの群れが、一斉に、鋭い鳴き声を上げ、急降下してきた。まるで、獲物に、襲いかかる猛禽類のように、その巨大な翼を、羽ばたかせ、翔たちに、迫ってくる。
「危ない……!」
翔は、咄嗟に、アヤとエレーヌを、庇うようにして、身を屈めた。間一髪、プテラノドンの、鋭い爪が、翔の頭上を、かすめていく。
「きゃあああ!」
エレーヌが、悲鳴を上げた。彼女の腕に、プテラノドンの爪が、掠め、赤い傷跡が、浮かび上がる。
「エレーヌさん……!」
アヤが、エレーヌの腕を、支えながら、心配そうに、声をかける。
「大丈夫です……かすり傷です……」
エレーヌは、痛みに、顔を歪めながらも、気丈に、答えた。
「ピィ……エレーヌ、痛い痛いピィ……」
プチが、エレーヌの傷を見て、悲しそうな声を上げた。
その間にも、恐竜たちの攻撃は、止まない。地上では、ヴェロキラプトルと、コンプソグナトゥスの群れが、翔たちに、襲いかかってきた。
「マックス、何か、手はないのか……!」
翔は、ヴェロキラプトルの、鋭い爪を、かわしながら、マックスに、助けを求めた。
「……時間稼ぎなら、あるいは……」
マックスは、そう言うと、自身の体から、高周波の音波を、発し始めた。その音波は、人間の耳には、ほとんど聞こえないが、恐竜たちには、大きな影響を、与えるはずだ。
マックスの、発した音波は、恐竜たちの動きを、一瞬だけ、鈍らせた。しかし、それは、ほんの、わずかな時間稼ぎにしかならなかった。恐竜たちは、すぐに、体勢を立て直し、再び、翔たちに、襲いかかってくる。
「くっ……!このままじゃ、埒が明かない……!」
翔は、苦しげに、呟いた。恐竜たちを、傷つけずに、この状況を、打開する、方法は、ないのだろうか……?
「翔!恐竜使いたちを、探して!彼らが、どこかで、この恐竜たちを、操っているはずよ!」
アヤが、ヴェロラプトルの一撃を、躱しながら、叫んだ。確かに、恐竜たちを、操っている、恐竜使いを、見つけ出し、その装置を、破壊すれば、この状況を、打開できるかもしれない。
「わかった……!マックス、恐竜使いの、居場所を、探知できるか……?」
「……全力を尽くします……」
マックスは、そう言うと、再び、沈黙した。彼の青い瞳が、激しく明滅する。その小さな体の中で、今まさに、限界を超えた、演算処理が、行われているのだ。
翔たちは、マックスの、分析結果を、信じ、恐竜たちの猛攻に、必死に、耐え続けた。