消えた卵 - 掠奪者の影
観測者の脅威を意識しながらも、翔たちは、慎重に前進を続けた。荒れ果てた大地には、彼ら以外、動くものは何も見当たらない。時折、突風が吹き荒れ、砂塵を巻き上げると、視界が白く霞み、まるで、別世界に迷い込んだような、錯覚に陥る。
「それにしても、恐竜の姿が、全く見当たらないわね……」
アヤが、不安げに、周囲を見渡しながら、呟いた。白亜紀と言えば、多種多様な恐竜たちが、闊歩していた時代だ。しかし、この場所では、恐竜どころか、他の生物の気配すら、感じられなかった。
「ああ……まるで、死の世界だな……」
翔も、アヤの言葉に同意する。彼の表情にも、この異常な状況に対する、深い困惑と、不安の色が、滲んでいた。
「寂しいピィ……」
プチが、悲しそうな声で言った。アヤの腕の中で、小さく身を震わせている。この状況に、怯えているのだろう。
その時だった。
「翔、あれを見て!」
アヤが、前方を指差しながら、声を上げた。彼女の視線の先には、岩陰に隠れるようにして、小高い丘が、存在していた。そして、その丘の中腹に、何やら、不自然な窪みが、確認できる。
「あれは……もしかして……」
翔は、目を凝らして、その窪みを、観察する。その形状、大きさから、それが、何らかの生物の巣穴であることは、容易に想像できた。
「行ってみよう……」
翔は、マックスと、アイコンタクトを取り、慎重に、その窪みへと、近づいていった。アヤとエレーヌ、プチも、翔の後に続く。
窪みの近くまで、辿り着くと、それが、恐竜の巣であることが、はっきりと、確認できた。枯れ枝や、枯れ葉が、巧妙に組み合わされ、直径2メートルほどの、円形の巣が、形成されている。
「これは……オヴィラプトルの巣ね……」
アヤが、巣の構造を、観察しながら言った。オヴィラプトルは、白亜紀後期に生息していた、小型の獣脚類恐竜だ。雑食性で、卵を主食としていたと考えられている。
「オヴィラプトル……確か、卵泥棒って意味の名前だったよな……?」
翔が、記憶をたどりながら、アヤに尋ねる。
「ええ、そうよ。でも、それは、誤解なの。発見された化石が、卵を抱いていたから、そう名付けられたんだけど、後の研究で、その卵は、オヴィラプトル自身の卵だったことが、判明したの。つまり、卵泥棒じゃなくて、子煩悩な恐竜だったってわけね」
アヤは、少し得意げに、説明した。しかし、彼女の表情は、すぐに曇った。
「だけど、この巣は……」
アヤの言葉通り、巣の中は、もぬけの殻だった。本来ならば、そこには、オヴィラプトルの卵が、いくつか、並べられているはずだ。しかし、今は、その痕跡すら、見当たらない。
「卵が……無い……」
翔は、巣の中を、覗き込みながら、呟いた。彼の声には、明らかな、動揺の色が、混じっていた。
「卵、ないピィ……」
プチも、巣の中を、覗き込み、悲しそうな声で言った。まるで、消えた卵を、探しているかのようだ。
「誰かが、持ち去ったのかしら……?」
エレーヌが、心配そうに言った。
「……そのようだな……」
翔は、巣の周囲を、注意深く、観察し始めた。すると、すぐ近くの地面に、何者かが、争ったような形跡が、残されていることに、気づいた。
「アヤ、見てくれ……!」
翔に呼ばれ、アヤも、地面を、調べ始める。そこには、何者かが、つけたと思われる、足跡や、何かが引きずられたような跡が、残されていた。
「これは……人間、の足跡ね……。それも、複数人……」
アヤは、地面に残された、足跡を、分析しながら、結論づけた。
「この時代に、人間……?まさか……」
翔は、信じられないといった表情で、アヤを見つめた。
「ええ……普通に考えれば、あり得ないことよ。でも、この足跡は、人間、それも、現代人と、同じような靴を履いた、人間、のものに、間違いないわ……」
アヤは、確信を持って、断言した。彼女の、恐竜に関する知識と、分析能力は、極めて高い。その彼女が、言うのだから、間違いないだろう。
「だとすれば、クロノスが、送り込んだ、工作員の仕業か……?」
翔は、最悪の可能性を、考えた。クロノスは、過去の時代に、工作員を送り込み、歴史を、改変しようと、企んでいる。彼らが、この時代で、何らかの、工作活動を、行っていたとしても、何ら不思議はなかった。
「だとしたら、なぜ、恐竜の卵を……?」
アヤは、疑問を、口にした。確かに、クロノスが、恐竜の卵を奪う理由は、見当たらない。彼らの目的は、歴史改変であり、恐竜の卵を、奪うこととは、直接、関係がないように思える。
「わからない……だが、この時代の異変と、無関係とは、思えない……」
翔は、深く考え込んだ。荒廃した大地、消えた恐竜たち、そして、奪われた卵……。これらは、全て、繋がっているのではないだろうか?
「どこかに、ヒントが、落ちてないかピィ……?」
プチが、巣の周りを、くんくんと、嗅ぎ回りながら言った。
「手がかり、見つかるピィ?」
プチは、そう言うと、突然、鳴き声を上げ、巣の奥を、指差した。その視線の先には、何かが、落ちている。
翔は、それを拾い上げた。それは、一枚の、枯れ葉だった。しかし、その枯れ葉には、見覚えのある、赤い塗料が、付着していた。
「この色は……まさか……!」
翔は、その塗料に、見覚えがあった。それは、以前、彼らが、遭遇した、クロノスの工作員が、使用していた、特殊な塗料だったのだ。
「やっぱり、クロノスの仕業、だったのか……!」
翔は、怒りに、拳を握りしめた。クロノスは、この時代で、一体、何をしようとしているのか?そして、奪われた卵は、何に、使われるのか?
謎は、深まるばかりだった。しかし、確かなことが、一つだけあった。それは、クロノスの、恐るべき陰謀が、この白亜紀で、静かに、そして、着実に、進行しているということだった。
翔たちは、奪われた卵の、行方を追うことを、決意する。その先に、どんな危険が、待ち受けていようとも、彼らは、決して、諦めるわけには、いかなかった。なぜなら、この時代の運命、ひいては、未来の運命が、彼らの双肩に、かかっているのだから。
彼らは、再び、歩き出す。目指すは、真実という名の、光。しかし、その光は、あまりにも遠く、そして、その道のりは、あまりにも険しいものに、思えたのだった。