第1章の8 サヨナラテンシ
結局二人は学校を自主早退し、帰路についた。
「歩はこれからバイトか?」
十字路の別れ際に勇輝が訊いた。
歩は中学校のころからバイトをしていた。出張とか言って数日学校に来なくなることも多い。
「そう。俺勤労学生だから」
「ごくろーさん」
「お前も暇ならバイトすりゃいいのに」
「やだね。社会貢献なんか大人になれば嫌でもさせられるんだから、今は遊んどくって」
勇輝は軽く手を振って拒絶の意を表す。
すると歩はよよよっと大げさに悲しんで
「ただでさえ母親がいないのにこの親不孝めが。とーちゃんは悲しいよ」
とうそぶいてみせた。
「よく言うよ。俺が作ってる弁当つまみぐいしてるくせに」
「だってうまいんだもん」
すぐにけろりと表情を変える歩に勇輝はほとほと呆れた顔を返した。
「今日なんか俺の分まで作ってくれたじゃん」
「違う。あれは妹の!」
「お前、妹いないだろ」
歩の指摘に勇輝は短くうめく。
「いるんだよ! 隠し子が!」
「へ~。そりゃ~会ってみたいもんだわ」
もうはなっから信じていない。
「くそっ、とっととバイトにいけ!」
「はいはい。じゃあな勇輝」
「またな~」
勇輝はゆっくりと足を家の方へと向けた。
うるさい声が消えたとたん、心の温度が下がった気がする。
(もう、お弁当も一つでいい。少しゆっくり寝られる。だけど、もうあの笑顔は見られない……。なんだよ。俺を家政夫として雇ってくれるんじゃなかったのか……?)
勇輝は袖で目を強引にこすった。一つ思い出すと次から次へと湧いて出てくる。
勇輝は知らないうちに駆け出していた。歯をくいしばって、地面を痛いほど踏みつける。
(笑え! 笑えよ! 約束しただろ? 俺は笑うって、俺は……)
家に駆け込み、自分の部屋に駆け上がる。
荒々しく扉を閉めたとたん、ぷつりと糸が切れた。とめどなく涙が溢れる。
「うあぁぁぁぁっ……うぅ、くっ」
(ごめん! 彩、ごめん! 今だけは許して……)
その場に崩れ落ち、声をあげて泣いた。自分だけになってしまったかのように静かな世界で、勇輝は誰にもはばかることなく泣き続けた。
やがて力尽き、睡魔に眠りへと誘われるまでの誰も知らない時間を……。