第1章の6 天使は心の中に
どこかで人の声がする。時を告げる声だ。今日の天気を告げている。
(そうか、テレビがついてるんだ……)
勇輝はふわりと覚醒した。その眼に見慣れた天井が目に飛び込んでくる。
「俺の……部屋?」
勇輝は体を起こし視線をのろのろと動かす。テレビをつけっぱなしで寝たのだろうか。記憶にない。そもそも家に帰ってきた時の記憶がない。
あれから一日がたったらしい。
勇輝は膝を抱えて縮こまった。
(本当に、彩は消えてしまったんだろうか……)
ニュースも何も言っていない。いつもどおりの平和な朝。
まるで昨日のことが全て嘘のよう。あれは夢だったのだろうか。
勇輝は重い体を動かし、制服を手に取った。
(学校へ行こう。そうすればわかる。彩に会えるかもしれない……彩に会える)
外に出ると、秋はもうそこにはいなかった。冷たい風が北から吹き降り、勇輝の空っぽな心に容赦なく吹き込んだ。街路樹の葉も全て落ち、残っている数枚が風に煽られながらも必死に枝にしがみついている。吐く息も白い。
(この街ってこんなにも白かった? ……こんなにも寒かったけ?)
世界が全て入れ替わったような違和感。勇輝はぐっと拳を握って学校へと歩きだした。
期待しているのに否定している。
勇輝は双方の間で揺らぎながら教室の扉に手をかけた。
開けた世界はいつもと変わらず、目に毒な髪色をしたクラスメイトたちが好き勝手にしゃべっている。
勇輝は彩の席に目をやって異変に気づいた。
(席が……彩の机がない!)
胸の底が冷えていく、知りたくないのに突きつけられる。
勇輝が戸口で固まっていると後ろから頭をこづかれた。
「おはよーさん。そんなとこでぼさっと突っ立ってんなよ」
勇輝が振り向くと歩がいた。
「なぁ歩、彩がいない」
「あや? 誰だそれ?」
「彩だよ! いつも一緒にいた……」
“存在が消えるの”
ふと彩の声が耳に蘇る。突如理解した。
(彩がいない。彩はいなかったことになってる……)
「おい、顔色悪いぞ? だいじょーぶか?」
「……大丈夫」
勇輝はぐっと唇をかみしめた。こみあげる感情を必死に押しとどめる。
(覚えてる。俺は覚えてる。俺だけが彩を覚えてる。決して忘れたりしない……)