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200話記念 俺は全てを楽しむ

 翌日の昼過ぎ。鷹見はどこかやつれた顔で蒼穹に帰って来た。

 昨夜なかなか帰ってこない鷹見にお通夜モードになっていた四人は跳びあがって喜び、鷹見に鉄拳制裁を受けた。


「地獄に落ちやがれ!」


 鷹見は頭を押さえる海斗の胸倉を掴み、首を縛り上げた。


「おおっ……ギ、ギブゥ……」


 ギリギリと締まる首元。般若の顔が間近に迫る。


「鷹見、今までどうしてたんだよ」


 海斗の瀕死の状態は意に介せず、同期の一人がそう尋ねた。

 訓練時代から共にいる彼らにとって、鷹見と海斗のじゃれあいは見馴れている。

 鷹見はその質問を待ってましたと海斗を乱暴に放し、ふっと遠くに視線をやった。

 鷹見の普段とは違う雰囲気にただ事ではないと彼らはぐっと息を飲む。


「目が覚めたら、富士山頂にいた」


「……え?」


 四人の声が重なり、鷹見は乾いた声で力なくハハハと笑った。


「ご来光拝んじゃったよ~。富士からここまで徒歩&ヒッチハイク」


 ヒッチハイクはもちろんコミュニケーション能力をフル活用しての乗り継ぎである。ついでに巷の情報も集めておいた。ちゃかっりお土産も買ってある。


「で、肝心のエリーちゃんは? 声は聞けたのかよ」


 床に座ったまま海斗がそう訊けば、鷹見は静かに首を横に振った。


「情けねぇ……いって!」


 海斗が鼻で笑えば、その頭に再び拳が落とされた。威力は五割増。


「まぁ、顔は見れたけどよ」


「へぇ、俺らはちらっとしか見られなかったからな」


 同期の一人がいいなと呟けば、お前も富士に行くかと鷹見が誘う。一堂に笑いが起こり、海斗が立ち上がった。


「よし、鷹見の帰還を祝って街に繰り出そうぜ!」


「なんでそーなるんだよ」


「もうすぐ今年が終わるしな、遊び納めだ」


 鷹見は意味分からねぇと言いつつも、反対とは言わない。他の同期もノリノリで口々に行きたい場所を挙げていく。


「しかたねぇな。遊びたおすか!」


 鷹見も半ば投げやりな感じで気合いを入れた。そうでもしないと今日の仕事は乗り越えられない。

  彼らは後でまたとそれぞれの持ち場に戻って行くのだった。





 昼下がり。

 部屋の中を冷たい風が吹き抜ける。心なしかいつもより空気が清々しく感じた。

 埃を払い、窓を磨き、棚を整理した。ここ数十年整理していなかったので、ゴミ山が中庭に現れた。

 部屋の数は数えるのが嫌なほどあり、それを一つ一つ掃除していった。半日かけての大掃除だが、全て魔法でやったので肉体的な疲れは微塵もない。魔力が減ったので、脱力感が多少あるだけだ。

 エリーは達成感に満ちた顔でお気に入りの廊下の窓辺に座った。物置で丁度いい椅子を見つけたのだ。アンティークな感じで、背もたれにクッション素材が使われていて長時間でも座っていられる。


 “ストレス発散は終わったのかえ?”


(別にそんなんじゃないわよ)


 エリーは頭に響く声にやや棘のある声で答えた。


 “昨日の男はそれほど癇に障ったかの”


 クククと彼女は面白そうに笑う。その声にはからかいが含まれている。


(別に……)


 エリーは昨晩の男を思い出し、眉を顰めた。腹が立ったのでつい富士山まで飛ばしてしまったが、運が良ければ生きているだろう。


 “しかし主は強情じゃの~。せっかく妾が男たちを連れてきておるのに、一人くらい好みはおらんのかえ”


(は、それどういうこと)


 聞き捨てならない言葉に口調が怒気をはらんだものとなった。


 “何ちょっとした策謀よ。噂を流しての、男たちがここに来るようにしたのじゃ”


(最近男がよく侵入するのはあんたのせいなの!)


 彼女を掴むことができるなら、がくがくと揺さぶりたいほどの昂ぶりだ。

 だが実態のない彼女に物理的に攻めることはできず、口では勝てないエリーはドッと疲れを感じて窓枠にしな垂れる。


 “のうエリーよ。ぬしはどんな男ならええのじゃ”


 なかなか男を選ばないエリーに痺れを切らしたのか、彼女はそう尋ねた。


(……そうね。かっこよくて、やさしくて、仕事ができて私を守ってくれる人がいいわ)


 “どこの乙女じゃ……”


 彼女に実体があれば額に手をやってるだろう。人間の年齢に換算すれば、二十三ほどであり乙女の年代からは少し足がはみでている。

 しかし初恋もまだの恋愛初心者では恋に夢見るのもしかたあるまいと彼女は思い直した。

 魔術師であるエリーを守れる人間がいるとは思えないが……。


(私だって普通に恋をしたかったわよ!)


 “別に妾は恋愛に関して自由にさせていたがの”


(人間なんかにときめくわけないじゃない!)


 平行線を辿る会話に彼女は深々とため息をつく。


 “難儀じゃのう……”


 彼女の力をもてば、エリーが誰と結婚するかを知ることはできる。

 だが彼女はその結果を視ることはしなかった。ただおもしろそうだからという理由で。


 “早く子どもの顔が見たいのう”


 孫を待ち望む親のような言葉をエリーはスルーする。

 その後、本部から伝令が来るまで他愛のない話が織りなされていくのだった。






 そしてその夜、またも侵入者があった。時計の針はてっぺんを回り、空気はさらに冷たさを増している。

 灯りのない廊下を進む鷹見は鼻歌交じりに進んでいった。気分はこの上なくよく、月がいつもの倍輝いて見える。

 仲間たちと歓楽街に赴き、いい具合に酔った鷹見は夜遊びを続ける同期たちと別れて戻ってきたのだった。

 知らず知らず足は四剣琅に向き、彼女の顔を思い出す。


(かわいい人だったな~)


 エリーの情報は龍牙隊行きつけの飲み屋で見つけた上司に訊けばすぐに集まった。なんでも龍牙隊の結成当初から在籍し、ずっと一人で四剣琅を務めているらしい。

 性格はどうしようもなく頑固で、一度決めたことは曲げず、気に入らなければ誰であっても協力しない。

 彼女の恐ろしさは有名なようで、逆鱗に触れれば明日の朝日が拝めないぞと上司に脅されたほどだ。

 それを聞いた鷹見の胸に浮かんできたのは意外という思いだった。富士山頂まで飛ばされたが、そこまで恐いとは思わなかった。


(あの人、絶対おもしろい)


 情報屋の直感が告げた。彼女は何かおもしろいものを持っていると。もしかするとパンドラの箱かもしれないが、美味しそうな情報は知りたくなるのだ。それは、隠されれば隠されるほど。

 鷹見が廊下の角を曲がると、昨日と同じ所にエリーがいた。


「エリーさ~ん」


 まるで待ち合わせをしていた恋人のように、自然な感じで片手を挙げて鷹見はエリーに近づいていった。

 エリーはびくっと肩を震わし、振り向くと同時に光の弾を放った。反射並みの反応速度である。

 弾は鷹見の頭すれすれを通り過ぎ、壁に穴を開け、罅が四方八方に広がった。


 “エリー、また修理かえ”


「歓迎が手荒だね~」


 酒の力というのは偉大で、鷹見は動じずに距離を詰めていく。


(なんなのこいつ!)


 エリーはさらに光の弾を放つが、鷹見は紙一重で避けていく。


「エリーさん、遊びに来たよ。あと、これ富士山のキーホルダー」


(こいつ酔ってる!)


 近づいてきた鷹見から酒の匂いを感知したエリーは、嫌悪に顔を歪めて立ち去ろうとするが回りこまれる。


 “おぉ……勇士じゃのう”


 彼女の感嘆した声が脳内に届き、それがさらに苛立たせた。

 鷹見との距離は一メートルほど。近接の技もいくつかあるが、今日きれいにしたばかりの屋敷を汚すのはいただけない。

 やはりここは、目の前から消えていただこう。


(光道瞬移。移動軸は札幌)


 富士山頂では甘かったかと、今度は海を超えていただくことにする。

 光の渦が鷹見を包み、鷹見はあれ? と首を傾げた。もうエリーの姿は見えない。

 光が収縮し、身体が上に引っ張られるような感覚に襲われた。そして気付けば、そこは極寒の地。


「寒っ」


 一面白い世界。吐く息の白さと凍える寒さに酔いも冷めていく。


(うわぁ、これ凍死するぞ)


 身を守るのは薄い上着のみ。鷹見はめげることなく、ここはどこだろうと人を求めて歩いていくのだった……。





 鷹見はそれから毎晩訪れ、日本各地へと飛ばされて行った。その度にお土産を持って帰って来る。北海道では蟹、長崎ではカステラ、京都では八ツ橋を。

  エリーは夜の度に置いていかれる土産を食べつつ、一向に諦めない鷹見に頭を抱えていた。


(何なのかしら、面倒な奴だわ)


 “物好きもおるのじゃのー。奴にしておくかえ?”


 彼女はむふふと含み笑いをし、顔は妾の好みじゃのとのたまう。自分で恋人を作れと言っておいて、物好きとはひどい言い草だ。


(冗談じゃないわ。あんな軽そうな男、論外よ)


  エリーは山梨土産の桃にフォークを突き刺した。昨日は長野に飛ばしたから、今日はりんごを持って来るかもしれない。


 “しかしのう、ここ数日は来る男も減ったし、そろそろこちらから動かねばならぬの”


(は?)


 “市場調査じゃ。どんな男がいるか、見に行こうではないか”


  弾んだ声と反比例して、エリーの顔が嫌そうに歪む。心の中で面倒、面倒と文句を垂れていた。


 “ほら、いくぞえ?”


 行くと言うまで頭の中で騒ぎ立てられるのは目に見えている。エリーは仕方が無いと最後の一切れを食べて重い腰を上げた。


光彩迷姿こうさいめいし


 エリーがそう心の中で呟くと、彼女の姿が消えた。いや、見えなくなったのだ。


 “さて、男を漁りに行くかの”


 その声に、エリーは重いため息をついた。 

 会ったことはないが、テレビや小説にいる近所の世話焼きおばさんはこんな感じなのかと思いつつ本部へと向かうのだった。




  本部では隊員がそれぞれ仕事に励んでおり、廊下では資料や書類を持った者が行ったり来たりしていた。聞こえてくる会話から、年内最後の幹部会議があるようでその準備で忙しそうだ。

  エリーはもう年が変わるのかと、時の流れの速さを感じる。

  幹部会議は本来なら四剣琅であるエリーも出なければならないのだが、彼女の性格故に創立当初から免除されていた。

  エリーは廊下を人とぶつからないように避けながら歩いていく。この術は姿を見えなくするだけで、実体はあるのだ。


 “あの男はどうじゃ? 顔は悪くないぞ”


  彼女の言う男に目を向けるが、すぐに首を横に振った。面食いなのか、彼女が勧める男は顔が基準だ。エリーも顔は悪いよりはいい方がいいが、彼女の言葉に素直には頷けない。


 “見た目じゃなくて性格よ!”


  そんなエリーの意地が見え隠れする言葉に彼女は乙女じゃのうと穏やかに笑った。


 “まぁ、理想は置いておいて、夜一星から見て行くかの”


  エリーは面倒くさそうに返事をし、足を唯一の友人である美月が長を務める誓祈へと運ぶのである。




  所変わって情報部では、隊員が仕事納めの書類整理に追われていた。本来の締めは年度末だが、三月まで置いておけば書類の波に襲われて窒息死するのが関の山だ。

 なぜここまで溜まっているのかといえば、先日の飲み会で業務が止まったためなのだが……。

  しかし本日大晦日、今日を乗り切れば明日から三日間休みとなる。

  情報部の部屋の連絡板には七時から忘年会と大きく書いてあった。忘年会が年をまたげば新年会となり、飲み会が三日間続く。

 仕事始めはほとんどの隊員が二日酔い状態で出てくるのが恒例となっていた。酒に呑まれて仕事が遅れ、毎回死にかけるのだが一向に懲りないらしい。

  忘年会を人参にして、隊員たちは駿馬のごとく書類を駆逐していく。

  その中で鷹見は判子押し機になっていた。目に見えぬ速さで判を押し、一山片付けたと思えば次の山が来る。

  長野から始発の新幹線で帰ってきた鷹見の意識は半分朦朧としていた。彼の机には朝市で買ったりんごが置いてある。


「鷹見さん、次お願いします!」


  また机にドサッと書類が置かれた。鷹見の気がふっと遠くなり、現実逃避をしたくなる。


(なんでこんなに書類書かないといけないんだよ!)

 

  鷹見は心の中でストレスを爆殺させながら判子を押していく。

  そして、判子地獄から解放されたのは昼を少し回ったころだった……。



(却下、却下、却下よ!)


  夜一星から一つずつ小隊を見て行くが、エリーの気にいる男はいなかった。

 可愛いから下僕としてなら欲しいと、愛らしい少年を指差した時は、さすがに彼女もスルーした。いたいけな少年の未来を歪めるわけにはいかない。

  日焼けマッチョにもインテリ眼鏡にも食指は動かず、エリーの眼鏡に適うのは女顔な少年だけ。ドレスは純白ねと心の中で楽しそうに品定めするエリーに、彼女は感覚などないはずなのに寒気がした。


 “まずい、ストレスで変な方向に目覚めたかのう”


  そして最後に残ったのが情報部、蒼穹。小隊の中でも情報部である黎冥は他の階級のような門もなく、本部の中でもわかりにくい場所にある。

  そして一歩踏み入れた瞬間、他と異なる雰囲気を感じて目を開く。他は夜の忘年会の出し物の練習をする体育会系人間の傍で一部の事務系人間が書類をさばいていたが、ここは全員が鬼気迫る表情で書類に向き合っていた。


 “おー、ここは戦場かの”


  彼らの集中力を途切れさせないようにエリーはそっと壁際へと移動した。さっさと帰ろうとざっと室内を見回したエリーの視界に、見覚えのある男の顔が引っかかった。つい二度見してしまう。


 “おや、あの男は”


(あいつ……情報部の奴だったのね)


  常に笑顔で締まりのない顔も今日は難しい顔で書類に判子を押している。始めて見る表情に胸がキュンとくることもなく、胸に黒々とした感情が渦巻く。


(今ここで締め上げたい)


  その鷹見は終わった~と大きく伸びをすると時計を見、他の隊員にそろそろ休憩にしようと声をかける。


 “ふむ、奴はこのグループのリーダーのようじゃな。将来有望ではないか”


  顔だけでなく将来性もあるぞと彼女はさらに鷹見を押す。


(絶対嫌よ! 何なのよ、こいつさえいなければ)


 人目が無ければここで一発光弾でも喰らわせたい。

 鷹見は昼飯昼飯と晴れやかな顔で席を立ち、エリーの前を通りすぎる。


(次来たら、富士の樹海に飛ばしてやる。いえそれだけではなく、時空の狭間に閉じ込めて……)


 鋭い殺気を矢のように飛ばすと、鷹見の肩がビクッと動いて視線が彷徨う。


「鷹見さん? どうかしましたか?」


「いや、さきに行っといてくれ」


 鷹見は鋭い殺気を感じて、その源を探そうと視線を動かした。スパイとしての経験が何かがいると告げる。

 壁の一点に視線が吸い込まれる。

 知らず知らずのうちに、手がそこに伸びていた。ざわっと何かが動いた気配がしたが、かまわず手を伸ばす。

 何かが飛んでくるかもしれないと、神経を研ぎ澄ました。

 突如、掌に何かが触れ、柔らかなそれを掴んだ瞬間視界が暗転した。意識が刈り取られ、床に崩れ落ちる。

 自分の名前を呼んだ声が、遠くで聞こえた気がした……。



前の投稿からずいぶん経ったが……申し訳ないです。

覚えてるかな。

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