200話記念 私は誰も愛さない!
妾の願いを叶えてくれるなら、ぬしに知りたいもの全てを視せよう。世の理の全てを知り、世界を妾の望むとおりに。
契約の代償に、ぬしの声をいただこう。
「では、皆の無事の帰還を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
次々に打ち鳴らされるグラス。広間は喧騒に包まれていく。
どんどん料理が運ばれ、任務を終えた隊員たちは酒を身体に注ぎこむ。
龍牙隊情報部、蒼穹の祝勝会。
アメリカとロシアが睨みあいを続けているが、年末ということでスパイ活動をしている彼らも拠点に戻ってきたのだ。
酒を片手にそれぞれが得た情報を交換していく。
「鷹見~。飲んでるかぁ?」
グラスを持った男が談笑をしている男の首に腕を回した。
「ちょっ、何をすんだ海斗!」
鷹見と呼ばれた男はほろ酔いの男を自分から引きはがし、グラスの酒を飲みほした。
「久しぶりなのにつれないな~」
陽気に笑う海斗は二十代前半の男だが、よもすれば高校生でも通用する外見だった。純真爛漫な笑みをふりまいて、女性を落とすことで知られている。
対する鷹見も二十代前半で、整った顔に切れ長の目をしており、こちらも女性との噂は絶えなかった。
鷹見はじゃれてくる同期に酒を注ぎながら、しゃべっていた部下に悪いなと声をかける。
部下はいいえと苦笑して、その場から離れて行った。
鷹見は海斗とグラスを打ち鳴らし、話を向けた。
「お前の噂は聞いてたさ。どこぞのマダムが美少年を飼っているってよ」
「そういうお前こそ、どこぞのお嬢様が婚約者をフってまで入れこんだ男がいるってな」
海斗はにやにやと笑いながら、グラスを傾けた。
「その女にはついこないだフラれたよ」
「フラせたくせに」
二人はくつくつと笑いあいながら酒を煽っていく。
いつしか他の同期も集まり、輪が大きくなり話も広がる。そしてひょんなことから、話は隊の噂話へと移っていった。
「お前ら、四剣琅のエリーって見たことあるか?」
同期の一人が、そんな話をしだした。
「いや、ないけど?」
「俺はあるぜ。ちらっと見たけど、白髪のかわいい女だった」
「その女がなんなんだ?」
鷹見はおかずをつまみながら問う。名前は知っている。だが牙軍とは接点がないので面識はなかった。
「ちょっと前から彼女の声を聞くと任務に成功するっていう噂が流れてよ」
鷹見はなんだそのジンクスと内心つっこむ。
それが本当なら、エリーは隊内で女神として崇められるだろう。
「あぁ知ってる。でもそれってさ……」
「そう、何人も彼女の声を聞こうと会いに行ったやつがいるんだけど、誰ひとり無事に帰って来た奴はいないんだ」
へぇっと皆物珍しそうに話を聞く。
(とんだ悪魔じゃないか……)
鷹見は話半分に聞きながら酒を流し込んだが、次の海斗の一言にむせた。
「よし、今からエリーに会いに行こうぜ!」
「お前は馬鹿か!」
鷹見が暴走する海斗を止めようとするが、同期の酔っ払いが悪乗りを始めた。
「いいな! 声聞きに行こう!」
「次の任務の験担ぎだ~」
彼らの顔はいたずらを企てた少年のようにキラキラ輝き、鷹見はため息をついた。
少し酔って重くなった頭で考えても、いい打開策は見つからない。真剣に侵入経路を考えていく彼らを見ていると、むしろ巻き込まれた方が楽しそうに思えて来た。
酒の力は恐ろしい。
計画も固まった深夜過ぎ。
五人の男は意気揚々と四剣琅に向けて出発するのだった。
時計の針は十二時を回り、冬の夜はキンと冷えている。薄雲の空には月が柔らかな光を廊下に注いでいた。
人の気配のないその場所で、彼女は一人窓の外を眺めている。廊下の突き当たりから庭を眺めるのが、彼女は好きだった。
白い髪は光を浴びて夜の闇に浮かび、ほんのりと照らされた彼女の容貌はどこか物憂げにも見えた。
エリーは水面に張る薄氷のような儚さを漂わせていながら、その内は激しく荒れていた。
(ほんとなんなの! 勝手なこと言わないでよ)
表情は変わらないが、心の声は怒りの色が濃く出ている。
“何をいまさら”
エリーの頭の中に響く女の声は、呆れたものだった。
(しかもよりによって人間ですって!? ありえない!)
“ぬしも女子じゃし、そろそろええ年じゃぞ。決心せい”
威厳を備えた声音で彼女はそう決断を迫る。
(嫌よ! 結婚相手を探すなんて絶対嫌!)
駄々をこねる子どものように、エリーはガンガンと壁を蹴る。自分が痛いだけだが、そうでもしないとこの気持ちを抑えられない。
先程からこのやりとりを一時間ほど続けていたのだ。
“探すのが嫌なら、妾がお前の未来の夫を教えてやろうぞ”
(それは嫌!)
間髪入れずに拒否したエリーに、彼女は深々とため息をついた。その様はわがままな子どもに手を焼く母親のよう。
“そういうと思うたから、妾はぬしに探す時間をやったのじゃ”
(でも……いきなり結婚とか、急すぎるわ)
エリーは窓枠に寄りかかり、無理無理と頭を横に振る。
“すぐに結婚せいとは言うてはおらん。結婚前提で付き合えと言うとるんじゃ”
(結局一緒じゃない!)
もう嫌、とエリーはさっさと寝ようと自室へ向かうために後ろを向き、廊下の向こうにいる存在に気がついた。
バチリと合った五対の目。
エリーの瞳が驚きに開かれ、瞬時に怒りに染まった。それに対して五対の目には動揺が走る。
(いいカモ見っけ)
カモは、当然八つ当たりの対象である。
「やべぇ、逃げろ!」
誰の声か、彼らは我に返って一目散に逃げ出す。
エリーは無表情のまま、両手に光を集めて彼らを追った。
四剣琅の廊下は長い。
エリーがいたところは廊下の最奥であり、四剣琅の入り口まではそこそこの距離がある。
エリーは男たちに向けて掌に溜めていた光を放った。散弾銃のように放たれた光の弾は彼らの身体すれすれを通り、壁に穴を開けていく。
「やべぇ! ひさびさのスリル!」
海斗はこの危機的な状況すら楽しみ、鷹見は後ろを見ながら生きた心地がしなかった。
(あんな儚そうな感じだったのに、超攻撃型じゃん!)
エリーは右手で光の弾を飛ばしながら、左手で光を凝縮していった。
「あ、あれはやべぇ」
スパイとしての感が、彼らに危機を伝えた。
「俺たちは今ここで命を散らすしかないのか」
海斗がくっと悔しそうに拳を握り、ちらりと鷹見を見た。
「いや、俺たちは仲間の犠牲を乗り越えて前に進む!」
力の入った声で、そう宣言した海斗はごめんなと走る鷹見の足を払った。
「うわっ!」
追ってくるエリーに視線を向けていた鷹見は見事に引っ掛かり、盛大に転んだ。
「お前ら! 薄情者!」
起きあがって叫んだ時には彼らの背中は小さく、足音がピタリと止んだ。
鷹見は冷や汗を浮かべながら、そっと後ろを振り向く。
「あ……こんばんわ」
彼女はバチバチと弾く光を掌に乗せながら、鷹見を見下ろしていたのだった……。
やばい、一カ月ぶりだ。
文章力が落ちてる。しかも短い。
まとめて書く時間がなくなったので、ちょこちょこ書いて投稿していきます。
勇輝の両親の慣れ染めです(笑)