エピローグ
なんか、基本エピローグは宴会やってる気がするな。
次回から幕間にて、勇輝の母と父の馴れ初めと鷺と秀斗のバトルをお送りします。
勇輝は自分の部屋から如月の自室へと移動した。時刻は昼を回った頃。
朝ここにいた時間が、はるか昔のように思える。
勇輝は空腹をごまかしながらホールへと向かった。まずは彼らに話さなくてはいけない。
少し緊張しながらホールのドアを開くと、彼らのほっとしたような顔が見えた。
そこに鷺の姿はなく、先に帰ったようだ。
「お疲れ様です。どうぞ」
零華がソファーの空いている場所を指して、そこに座るように促す。
「ありがと」
勇輝が秀斗の隣に座ると、癒慰がお茶を淹れてくれた。ラム酒のいい香りが立ち昇る。
(そっか……魔術師はお酒がお茶になるんだよな)
弥生はまだ顔色が少し悪く、ソファーに横になっていた。血が染み込んでいた服は着替えており、そこで自分がまだ隊員服のままであることに気づく。
ズボンや袖が血で赤黒くなっていた。
勇輝は後で着替えようと思いながら、お茶を一口飲んだ。彼らの視線が自分に注がれているのに気付き、カップをゆっくりテーブルに置く。
喉も潤った。彼らに自分のことを伝えたい。
「えっと……結論から言うと、俺は母さんの子どもだった」
その言葉に、緊張に満ちていた空気がほっと和らぐ。彼らは勇輝も気がかりだったが、暁美のこともまた気にしていたのだ。
「それで、母さんがエリーだった」
「え?」
「は?」
驚きの声が上がり、どういうことだと目で急かされる。勇輝は母親との話を頭でまとめながら話を続けた。
「母さんは俺が生まれたとき、魔術師だってばれるのはまずいからって封印したらしい。それが、今解けたんだって」
封印が解ける条件は、なんだか恥ずかしいので伏せておいた。
「しかし……暁美さんは今人間ですよね」
「勇輝君が魔術師になったのは封印が解けたってのは分かったけど、魔術師が人間になることなんてないよ」
零華の疑問に癒慰も同様の意見を言う。
「そーなんだ……それは何でだろう」
そこまで頭が回らなかった勇輝は、疑問に疑問で返す。
(今度訊いてみよっかな)
「推測だが、封印の代償かもしれないな」
錬魔の考えに、零華がなるほどと相槌を打った。
「こういう魔術は聞いたことがありませんが、これほど高度であればありえますね」
「へ~」
勇輝はただ頷くしかない。
いくら光の魔術師になったと言っても、十八年間人間として育てられてきた。
魔術師になったからといって、魔術の知識が湧いてくることはない。
「けど、なんで人間として育てたんだろうな」
秀斗の問いは当然のもの。勇輝はなんとなくその答えを推測したが、正しいかはわからない。
「何か理由があったのかもしれませんね」
「細かいことはいい。勇輝が光の魔術師、それだけで十分だ」
場が勇輝の謎を考える方向へ動き出した時、弥生がそう言って起きあがった。
「まだ寝てないとだめだって!」
勇輝が慌てて弥生を押しとどめようと腰を浮かす。
「大丈夫だ。報告に行く……勇輝も来い」
「え、俺も?」
弥生はゆっくりと立ち上がり、同じく立ち上がっている勇輝は驚いて自分を指す。
「そうなったことを、報告しないといけないだろ」
勇輝はなるほどと納得した。魔術師である彼らは隊にとって重要な存在。人間から魔術師になった勇輝も同様だ。
「わかった」
正直、お腹が空腹を訴えてしかたがないが行かなくてはならない。
あれだけ動き、かつ怪我もしたのに動ける弥生はさすがというか、なんというか。
勇輝が早く終わらせてご飯にしようと思った時、救いの声が降って来た。
「弥生ちゃん。報告の前に昼ご飯にしましょ」
勇輝が神! と書かれた目で零華を見る。
「ご飯? あぁ……そんな時間か」
弥生は忘れていたと、ひとまず報告は後回しにしてくれるようだ。
「勇輝君がいない間にちゃちゃっと作ったから。弥生ちゃんは特製料理だよ」
昼食が終わるまで自室で休もうと歩きだしていた弥生の腕を、癒慰が掴む。
「……え?」
満面の笑みで、腕を掴んで離さない癒慰に弥生は若干顔を引きつらせる。
「俺も医者として責任を持つ。逃げられると思うなよ」
錬魔に肩を掴まれ、弥生はそのまま食堂に連行される。そして残る三人も弥生を取り囲むように食堂へと歩いていくのだった。
和やかな昼食。本日のメニューはご飯と豚肉とニラ、玉ねぎの炒め物にオレンジジュースだ。
彼ら五人には疲労回復にいいメニューとなっている。
それを勇輝はうまいうまいと頬張っていた。
「い、嫌だ!」
「ほら~、食べないと報告にいけないわよ~」
「報告にいけなくてもいいのか?」
そのテーブルの一角で、拷問のような雰囲気さえ漂わせる弥生たち。
弥生のメニューは言わずもがな血を作る食材で構成されている。
メインはレバニラ、副菜に鮪の刺身とひじきの煮物。スープはあさりのお味噌汁。
そしてデザートのりんごは、それらから少し離れたところに置いてある。
見えるが届かない距離。
絶妙な飴と鞭である。
「そんなのを食べるくらいなら……!」
「はいはい。あーん」
癒慰は弥生が口を開いた瞬間を見計らってレバーを口の中に入れた。
目を見開き、弥生はぐっと拳を握った。恨みがましく癒慰を睨む。
一度口に入れたらちゃんと食べる弥生を、勇輝はかわいいなと思いながら見守っていた。
十分の攻防の末、観念した弥生は自分で食べはじめる。
だが遅々として進まない食事に、勇輝は悪戯心が働いてそっと弥生のりんごに手を伸ばした。
その瞬間、勇輝の頬を風が撫でる。耳元でした風を切る音。そして背後で聞こえたドスっという嫌な音。
「あ……ごめんなさい」
弥生の目が本気だった。
勇輝は大人しく手を引っ込めて、オレンジジュースを飲む。
そして弥生が満足そうにりんごに齧りつくのはそれから三十分は経った頃だった……。
昼食を無事に終えた二人は本部の廊下を歩いていた。勇輝は新しい隊員服に着替え、汚れた服は今頃洗濯機の中だ。
弥生の顔色も良くなってきて、足取りもしっかりしている。
銀髪と白髪という目立つ二人を通りすがる人たちが挨拶とともに、視線で追う。
それを二人は無視して歩いていた。
「けど珍しいね。弥生が報告に行くの」
基本このような役は零華が行う。勇輝は正直な感想を述べていた。
「あぁ……他の奴らもやることはあるからな」
「そっか……たしかに、どうやって処理されるんだろうね」
テレビを見ていないからわからないが、さすがに隠し通せることでもないだろう。
しかもサクリスの操り糸はまだ切れていない。
二人が隊長室の前に着くと、門番が敬礼して扉を開けた。ちらりと勇輝に不審そうな視線が向けられたが、目で弥生が押さえつけた。すぐに隊長室に通される。
取次の女性は、お疲れさまでしたとドアを開けた。
勇輝は二度目になる隊長室に緊張の面持ちで入る。対する弥生はいつも通りの無表情だ。
「サクリスの戦闘、ご苦労。大体の報告は鷺君からもらったよ。回復が早いのはいいが、無理はしないでくれ」
龍牙は書類から顔をあげて弥生に労いの言葉をかけた。
そして弥生の隣にいる勇輝を見て目を見開き、かすかに口が動く。
声は聞こえなかったが、口の形から言葉は読み取れた。
エリー、と。
だが弥生はそんな龍牙の驚きも意に介さず報告をする。
「サクリスとの戦闘は鷺が報告した通りです。黒騎の仮面十名は捉えて鷺が管理しています。サクリスは逃がしたので、また接触があるかと」
「その仮面のことなのだが……」
弥生の報告に、龍牙は苦渋の表情で言いにくそうに口を開いた。
「先程、全員逃げられたと報告が入った」
「え?」
「……逃げられた?」
勇輝は驚き、弥生は眉を顰める。
「あぁ。急に辺りが真黒になったと思ったら、次の瞬間にはいなかったらしい」
見張りの隊員に被害が出ていないのが幸いだがと龍牙が付け足した。やはり落胆は隠せない。
「この件の詳しい報告書はまた後日頼むよ。……それで、彼は?」
龍牙は報告を終わらせ、勇輝に視線を移す。彼の白髪は、懐かしい彼女を思い起こさせた。
「ご存知なんでしょう。エリーの子どもですよ。光の魔術師として封印が解けたので、一応連れてきました」
弥生の断定した物言いに、龍牙は苦笑を浮かべた。
(知ってはいたが、こういう形で巡りあうとは思わなかったよ)
如月が受け入れた人間が、まさか暁美の、エリーの息子だとは思いもよらなかった。
それを知った時浮かんだ言葉は、運命は決まっている……。
「一応聞いていたが、こうなるとは思っていなかったよ。勇輝君、魔術師としての気分はどうだい?」
緊張で顔が固い勇輝に、龍牙はそう問いかけた。
「えっと……まだよく分かってないんです」
「そうか。これからは彼らに魔術を教わるといい。君には期待しているよ」
彼らのストッパーとして、という言葉は胸にしまう。どこか常識からずれている如月に、常識人の魔術師がいると心強い。
「ありがとうございます」
勇輝はぺこりとお辞儀をした。
(魔術か~。俺も使えるようになるのかな)
子どものころに憧れていたことが、いざ現実となるとなんとも言えないむず痒さがある。
「なるべく、勇輝のことは口外しないでくれますか。騒がしい奴らがいるので」
どの辺りを指すのか明確にわかる龍牙は、そうしようと頷いた。これ以上勇輝に精神的な負担をかけるわけにはいかない。
「そうだな。それと、勇輝君には四剣琅の称号を送ることになる。後日羽織を届けさせるよ」
「……え?」
言われた意味が理解できなかった勇輝に、龍牙は詳しく説明をする。
「能力者は全員階級に分けているんだ。君も魔術師となったからね。彼らと同じ四剣琅を送ろうと思う」
「えっと、ありがとうございます」
ひとまずよくわからないがお礼を言っておく。昇進したということなのか、と考え、それはそれでまずいのでは気付いた。
(俺、普通の高校生なのに……)
心の中の呟きに、不良であり、魔術師となった勇輝はもう普通などとは言えないと、突っ込むものはいなかった。
「では、私たちはこれで」
「あぁ。黒騎には十分気をつけてくれ」
「はい」
二人は礼を取って、隊長室を後にした。
そして控えの間に出ると、思わぬ人物がいて二人は足を止める。
「鷺さん……」
取次の女性の姿はなく、部屋には三人だけ。
勇輝はなんだか気まずくなって、視線を彷徨わせた。
「鷺、どうかしたのか?」
「少し、用があってな」
彼は二人へと歩いてき、勇輝の前で止まった。
(……え、俺?)
勇輝の心臓がきゅっと跳ねる。本日何度目かの緊張を味わっていた。
恐る恐る鷺を見上げれば、同時に彼は頭を下げた。
「お前を疑ってすまなかった」
灰色の頭が、目の高さにきて勇輝はさらに驚く。
「い、いえ。そんな謝らないでください!」
「それでは俺の気がすまない。勇輝、俺はお前を心か歓迎しよう。光の魔術師」
そう言って顔を上げた鷺は、凛々しく力強い目で勇輝を見ていた。
(鷺さん……かっこいいな)
鷺の株が上がったところに、ヒュッっと風を斬る音と同時に視界に銀色の物が入りこんだ。
「次、勇輝を悩ませたら許さないからな」
月契が鷺の顔の寸前で止まっており、切先は鷺の鼻に当たるか当たらないかの距離だ。
そして刀身は勇輝の頬の近く。
「……その前に、お前の剣で勇輝が怯えているが」
血の気が引いている勇輝を見かねて鷺がそう伝えると、弥生は大人しく剣を引いた。
「いくぞ勇輝」
「あ、うん。えっと、また」
勇輝はさっとお辞儀をすると、すでに歩きだしている弥生の後を追った。
(あいつの情報、変えないとな)
鷺は口角をあげて二人を見送ると、隊長室のドアノブに手をかけた。
報告はまだ終わっていない……。
そして二人は再び本部の廊下を歩いていた。少し早歩きで、四剣琅の区画を目指す。
要注意人物に会うこともなく、二人は如月につながるドアまで戻って来た。
この先は、いつも通りの如月。
だが、そこにいる勇輝は前の勇輝とは違う。
(でも、なんか楽しくなりそうだ)
勇輝は期待に胸を膨らませて、ドアを開いた。
それと同時に鳴る破裂音。
勇輝はとっさに目を腕でかばい、麻酔銃を取ろうとして持っていないことに気づく。
「誕生日おめでと~」
そして破裂音が終わって聞こえた声に、勇輝はぽかんと口を開いた。零華曰く、これほど間抜けな顔は初めて見た、というほどの顔だった。
「……へ?」
「実はね、勇輝君の誕生日の日にお祝いしようとしたんだけど、できなかったから」
誕生日の記憶をたどって、そういえば母親が襲われたんだと思いだす。傷跡もなく元気なので忘れていた。
「だから、今日を魔術師の勇輝が生まれた誕生日にしようって決めてよ」
秀斗がにっと笑って、最後のクラッカーを鳴らした。飛び出たテープが勇輝にかかる。
「俺の……誕生日」
勇輝は感慨深げに、そっか……と呟いた。そしてくしゃりと破顔して、嬉しさを溢れさせる。
「ありがと、みんな」
おう、と秀斗が勇輝の頭を撫でた。何時もならアッパーを繰り出すが、今日は多めに見る。なんだか胸にぐっときて、溢れだしそうだった。
夕食を兼ねた誕生日パーティーは食堂に近い小部屋で行われた。テーブルに様々な料理と酒が並べられ、にぎわいを見せている。
いつもお茶として飲んでいたものが、酒に変わるのは不思議な感じだったが、身体がそう反応するのだから仕方がない。
「勇輝君、魔術をやりたければ、いくらでも教えますよ」
勇輝が冷たい麦茶を飲んでいると、零華が柔らかい笑みを浮かべてそう言った。
「うん、よろしく」
勇輝としても是非魔術はできるようになりたい。麦茶で身体が温かくなり、ほわほわとしてきた勇輝はご機嫌で料理を取りに行く。
「ねぇ勇輝君、魔術師になった勇輝君に似会うベストなコスプレを追求するわよ!」
「全力で拒否します!」
相変わらずの癒慰に、勇輝は魔術で対抗できないかと真剣に考えだした。早速零華に足が速くなる魔術か、姿を消せる魔術を習わなければ。
「お~い勇輝ぃ、後で飲み比べしようぜ」
「あ、もち……秀斗はだめだよ!」
人間だった時はできなかったが、今なら真っ向勝負ができる……と思ったが、秀斗が酒乱だったことを思いだした。
ちぇっと秀斗はつまらなそうにビールをあおった。
「勇輝、身体がおかしいと思ったらすぐに言え。いいな」
「大丈夫。俺丈夫だから」
人間の時でも元気だったでしょ、と勇輝は胸を張る。そして錬魔が飲んでいる抹茶を一口飲んでむせた。
(て、テキーラ)
勇輝は水を飲んで一息つく。まだ抹茶は早いようだ。
「勇輝」
次に飲むお酒を物色していたら、弥生に声をかけられた。
弥生は玉露を飲んでおり、心なしか表情が柔らかくなっている。
「縁とは不思議なものだな……お前が、光とは」
「ほんと、わけがわかんないよな」
勇輝はあはは、と笑う。弥生がそんな勇輝をじっと見ていた。
そしてすっとグラスを勇輝の前に上げる。
「魔術師としての勇輝に」
勇輝もグラスを上げ、微笑する。
「魔術師のみんなに」
「乾杯」
二人の声が合わさり、グラスをカツンと打ち鳴らした。
如月の宴は、始まったばかりだ。