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第6章の27 暁の空に光が射す


 暗い闇の中に、暖かな光が差し込んだ気がした。

 弥生はふっと覚醒した。視界に入って来たのは青い空。

 いつの間に気を失ったのか弥生には分からなかった。手を胸の傷へとやるが、そこに痛みはない。

 だが服は濡れ、手を上げると血が付着している。気を失ったのもほんの数分のことだったようだ。


(何があった……)


 傷は塞がっているが身体は重かった。石でも乗っているように重い。

 あのまま気を失えば、闇に落ちていたはずだ。闇に落ちれば辺りは廃墟となっているはずなのに、見える範囲は無事だった。

 そしてふっと腹部に感じていた重みがなくなり、弥生はふぅっと息を吐く。

 そして次の瞬間、視界に目が現れて心底驚いた。月契を突き立てたくとも剣はなく、腕も重い。

 視界に飛び込んできたのが目ではなく、顔であることに気づくのに数秒を要し、さらにそれが誰であるかに気づくのに、数秒かかった。


「……ゆう、き?」


 かすれた声で、名を呼べば彼はぱっと顔を明るくさせた。


「弥生! よかった! 生きてる!」


 肩を痛いほど掴まれ、戸惑っていると上から滴が落ちて来た。


「勇輝?」


 ぼたぼたと、勇輝の目から落ちる涙。勇輝は慌てて目を腕でこすり、涙を隠すように笑った。


「つい、ほっとして」


 ごしごしと、乱暴にこする勇輝の手を弥生は止めた。力なく添えられただけの手を、勇輝は握り返す。


「お前が、助けてくれたのか……?」


「わからない。でも、弥生が助かったんだからどーでもいい」


 勇輝の屈託のない笑顔。だが、弥生の顔色は晴れなかった。どこか申し訳なさそうに目を伏せる。


「勇輝……私は、取り返しのつかないことをしてしまったのだな」


 固い声音に勇輝の表情も強張る。不安が波のように押し寄せた。

 何があったのだろうかと考えを巡らせても、勇輝に思い当たるものはない。

 そして弥生はじっと勇輝の顔を見て、ためらいがちに口を開いた。


「昔……錬魔に聞いたことがある。人は深い心の傷を負うと、髪が白くなると」


 真剣な表情で話される、唐突な話に勇輝は何のことか分からなかった。頭でも打ったのかと逆に心配を始める。


「私は……どう償えばいい?」


 弥生はそっと、壊れものにでも触るように勇輝に手を伸ばした。その髪に触れれば、赤い血がはっきりとわかる。


「……え?」


 勇輝は弥生の手を横目で見て、いつもと景色が違うことに気がついた。赤色がぼやけているが見える。黒であれば、ここまで赤色は見えない。


「え?」


 弥生は回復してきた力で、月契の具象化を解き再びその手に呼ぶ。

 美しい刀身は、鏡のように勇輝の顔を映した。


「元に戻す方法があるなら、何でも協力しよう」


 勇輝はしばらく刀身に映る自分と見つめ合っていた。童顔はいつものこと。だが……。


「これ、剣に白いペンキが塗ってあるとかじゃないよね」


「……残念ながら」


「なんだってえぇぇぇぇ!」


 勇輝は真っ白な頭を抱えて絶叫する。

 それを憐みの籠った目で弥生は見ていた。


「確かに、確かにすごいショックだったよ? でも、だからって白くなる? あれ科学的に根拠ないよね!?」


 勇輝が、弥生が死にかけていた時よりもひどいパニックに陥っていると、結界が消滅した。緊迫した声が飛んでくる。


「弥生!」


「勇輝君!」


 それと同時に秀斗と鷺を先頭に全員が飛びこんできた。秀斗は一人の仮面を引きずっており、近くに潜んでいた結界の能力者を倒したところだったのだ。

 そして公園内に入った彼らはぎょっとして目を見開いた。

 一つは血まみれの弥生に、そしてもう一つは変わり果てた勇輝の姿に。

 勇輝は彼らの姿を見るとほっとして、立ち上がった。


「錬魔ぁぁぁ! 俺の髪がぁぁぁ!」


 と錬魔に駆け寄って泣きつく。


「弥生、大丈夫か」


 如月の全員が勇輝に目を奪われている間に、鷺が弥生のもとに駆け寄った。傷が塞がっているとわかると、ゆっくりと身体を起こさせる。

 それを見た秀斗が、あっと声を漏らす。


「大丈夫だ。それよりもすまない。サクリスを逃がした」


「かまわない。こっちは仮面を全員捕まえた。街の人の状態も元に戻った。一時的なものかもしれないがな」


「鷺、そこどきやがれ!」


 秀斗が鷺につっかかるが、鷺は弥生を支える手を離そうとしない。


「しかし、あれは何だ……。たまに精神的ショックで白髪になるという話は聞くが、それか?」


「……わからん」


「錬魔ぁぁ! これ治る? 俺、病気?」


 どうしようどうしようと繰り返す勇輝を、ひとまず落ち着けと錬魔は宥める。

 だが勇輝は嫌だ嫌だと駄々をこねるように首を横に振った。


「勇輝君、勇輝君」


 勇輝の隣に立つ癒慰が勇輝の肩をちょんちょんとつつく。そして勇輝がそちらに顔を向けると、


「ちゅ~っ」


 と可愛らしい唇を突き出した。茶目っけ満載だが、勇輝の唇との距離は一センチほど。

 茶目っけ二割、からかい七割、悪意一割。

 勇輝の顔が固まった。それは全身白くなったのではないかというほど。


「すげぇ効き目」


 弥生の隣でやりとりを見ていた秀斗が思わず呟く。


「もう、失礼しちゃうわね」


 強制的に思考回路を切られた勇輝に零華が声をかける。


「あの、あなたは本当に勇輝君ですか?」


 どこか遠慮がちにかけられた声に、勇輝は不安になりながらも頷く。


「じゃぁ質問。一番最近勇輝君がやったコスプレは?」


 その問いに、勇輝の脳裏に忌まわしき天使の格好が浮かんでくる。天使の羽は全て天然、天使の輪もついていた。


「天使……」


「遠い目をしてますね。本物でしょう」


 黒髪天使はいまいちと金髪のふわふわした鬘もかぶせられた。

 勇輝の弱っているメンタルがさらにえぐられる。


「では、やはり感じますよね」


「うん」


 錬魔も頷き。しばし沈黙が流れる。

 勇輝の不安がはちきれそうになった時、錬魔が重い口を開いた。


「これは、魔術師の覇動だ。髪の色から判断すると、おそらく光の」


「……え?」


 驚きの声は勇輝と秀斗。弥生と鷺も声は出さなかったが、驚きを隠せず勇輝を見る。


「な、なんでだよ。勇輝は人間だろ?」


 秀斗の言葉に勇輝も勢いよく頷く。


「証拠、証拠は?」


 勇輝は零華に詰め寄った。


「証拠と言われましても……私たちがそう感じるからとしか」


「勇輝君もなんか感じない? こう、ふわふわ~って漂ってくるというか」


 そう言われて勇輝が癒慰に神経を集中させると、何かが伝わるような気がしないでもない。


「なんか……茶色っぽい?」


 感覚を無理矢理色にするなら、そうなると思った。理由などわからない。

 零華は青っぽい気がする。


「でも魔術師の突然変異なんて聞いたことないよね」


「えぇ……これは暁美さんに聞いた方がいいですね」


 勇輝の母親は暁美だ。龍牙隊の幹部でもある彼女なら、何か知っているに違いないと彼らは頷く。


「もしかしたら、エリーの子どもかもしれない」


 先程から考え込んでいた鷺が、ぽつりとそう発した。彼らの視線が一斉に鷺に集まる。


「エリーと言うと、先代の四剣琅ですね。そういえば、光の魔術師でしたか……。しかし、魔術師がこの年齢になるには六十年以上かかりますよ?」


 六十年前はエリーも現役で、子どもの話など聞いたことがない。隠し子となれば別の話になるが。


「だが、前に酒の席でじじいの幹部が言ってたんだ。エリーは身ごもったから辞めたと。酒の席の与太話かと思ったが、事実かもしれないな」


「……へ?」


 自分を置いて進められる話に勇輝はついていけず、彼らの顔を順に見ていく。


「ひとまず勇輝は家に帰れ。暁美さんと話をしてみろ」


 秀斗がそう言って速く行けと急かす。


「その姿を見れば、暁美さんも教えてくれる」


 弥生の言葉に、少し迷っていた勇輝は頷いた。


「行く場所が無くなったらうちにこればいいのよ」


 癒慰がそう言って勇輝の頬をむにゅっと引っ張る。


「可愛さは一つも損なわれてないから、安心して!」


 そう言って親指を立てる癒慰に、勇輝はうるさいと軽口を返す。

 少し心が軽くなって来た。


「じゃぁちょっと行ってくる」


 幸い勇輝の家はこの北西エリアにあった。

 勇輝は不安と期待が混ざったまま、走り出した。

 




 道中、時たま動いている人を見たが、急に元に戻って戸惑いは隠せないらしい。道には眠っているものや痺れて呻いているものもいる。

 途中隼の人に会い、走りながら現状報告を受けた。

 残った人間たちが隼に狙いを定め、数名怪我人が出たらしい。現在は治まったが、洗脳の解き方は分かっていないので、十分に注意してほしいと言われた。

 勇輝はこくりと頷くと、隊員と別れた。

 家の周りはぽつりぽつりと眠っている人がおり、家の中の母親のことが気にかかった。


(母さんも操られてないといいけど)


 確か今日は父親も休みだったはずだ。


(父さん操られやすそうだしな……)


 やはりサクリスを倒さない限り、操られた人を元に戻せないのかと勇輝は考えながら走る。

 サクリスの顔がちらついて、勇輝は奥歯を噛みしめた。弥生は助かったが、許すつもりはない。

 一瞬見えた髪と、視線を交わした目。くっきりと脳裏に焼き付いていた。胸の奥がざわつく。

 勇輝は家の前で足を止め、息を整えた。心臓の高鳴りは、走ったせいか緊張のせいか、もうわからない。

 勇輝は自分の髪に手をふれた。

 訊かないことには始まらない。隠されていたことが、辛いことでも。


(俺は……知りたい)


 勇輝は意を決して玄間のドアを開いた。

 家の中はいつも通りで、荒らされた形跡もない。

 そしてリビングのドアを開けると、ソファーに座る母親がいた。雑誌を読んでいるようで、おかえりと声をかけられる。


「今回の戦いはずいぶん規模が……」


 暁美はそう言いながら振りむき、言葉を失った。母親の初めて見る表情に、勇輝は事の重大さを理解する。


「母さん、大丈夫だったんだ。父さんは?」


 それでも、なるべく平静を装った。


「え……あぁ。この家も秀斗君の障壁で守られてるから。……お父さんは二階で寝てるわ」


 休みの日、たいてい父親は昼過ぎまで寝ている。外の非日常さに比べて、家の中はいつもと同じ時間が流れていた。


「あの……それでさ」


 いざ母親を目の前にすると上手く言葉が出てこない。言いたいことも、訊きたいこともたくさんある。

 暁美は勇輝の表情と顔色を見て、諦めたようにふっと笑った。それはどこか嬉しそうで、寂しそうな笑み。


「勇輝……こっちにおいで」


 暁美は自分の隣をぽんぽんと叩いて、勇輝を呼ぶ。勇輝はこくりと頷いて、ちょこんと座った。

 その様子が可愛らしくて、つい暁美の頬が緩む。そして、すっと表情がひきしまった。


「最初に謝らせてもらうわ。ごめんなさい」


 暁美は勇輝に向き合い、軽く頭を下げた。思いもよらなかった切りだしに、勇輝は慌てて母親の肩を掴んで頭を上げさせようとする。


「い、いいよ。驚いたけど、謝ってもらうことじゃないし」


 暁美は申し訳なさそうな表情のまま、すっと勇輝の髪に手を伸ばした。真っ白な髪は指通りがよく、とても懐かしい。

 そしてその白い髪についている赤黒いものに暁美は眉を顰めた。戦場に身を置いたことのある暁美には、それが血であることがわかった。勇輝の服も見れば赤黒く変色している。


「誰が、怪我をしたの……?」


「弥生だよ……」


 暁美の視線がどこに注がれているか気付いた勇輝は、事実を伝える。


「弥生が怪我をして、死にそうで……そしたらこうなった」


 途中経過が抜けているが、それは勇輝にもわからないのだから仕方がない。


「ということは、弥生ちゃんは助かったのね」


「うん……」


 そして暁美は何度か頷き、困ったように笑った。


「なんて、言ったらいいのかしらね。やっぱり……」


「母さん?」


「勇輝が今、光の魔術師だってことはもう誰か言ってくれたよね」


 光の魔術師。まだピンとこないが、そうなんだろうと漠然と理解できた。自分の名前が勇輝であるのと同じように、納得はしないが疑問も湧かない。


「うん。わかる」


 普通に考えれば、魔術師は魔術師からしか生まれない。なら、自分の親は誰なのか。


「母さんはね、昔魔術師だったの」


「え」


 突然のカミングアウトに勇輝はその意味を理解するのにしばしの時を要した。


「もしかして、エリーさん?」


 鷺がもしかしたら母親かもしれないと言っていた名を口にすると、暁美は驚いたように目を開いた。


「知ってたのね……。そう、私はエリーとして四剣琅を務め、修二さんに出会って結婚したの」


 懐かしそうに話す暁美に、勇輝は黙ってその顔を見ていた。

 暁美が母親で心底安堵した。内心貰い子だったらどうしようと不安でしかたがなかったのだ。


「その結果生まれたのが勇輝、あなたよ。でも、あなたを魔術師と知られるわけにはいかなかったから、その力を封じたの」


 人間の五年でやっと一年成長する魔術師を人間界で育てるのは困難だということは、勇輝にも容易に想像ができる。


「封印が解ける条件は、あなたが十八歳以上であること……そして、あなたが強く望むこと」


 勇輝はつい一カ月ほど前に誕生日を迎え、十八歳。そしてあの時、力を強く望んだ。


「それでも……あの解け方はないよ」


「え? どうやって解けたの?」


 勇輝は一生忘れることはないだろう言葉を一言一句間違えずに口にする。


「ほう……条件は満たされた。ならば、人間やめてもらうぞ。……俺、死ぬかもって思った」


 そのセリフに暁美は声を上げて笑った。

 つぼにはまったのか、お腹を抱えて笑っている。


(封印が解けた時の言葉……修二さんに考えてもらったけど……そんなのにしたなんて!)


 父親の威厳を守るため、勇輝には伝えないでおこうと暁美は即決する。


「それで……さ」


 おずおずと発せられた勇輝の言葉に、暁美は笑うのを止めてその顔を見る。


「俺は……これからどうすればいいの?」


「別に、いままで通りの勇輝でいて。……それが私たちの願いでもあるんだから」


 暁美の優しい笑顔に、勇輝は力強く頷いた。

 正直、封印が解けた。選ばれし勇者よ、魔王を倒しに行け! なんてこの母親なら言いかねないと思っていた。

 それくらい、あの封印が解ける言葉は尊厳で、並々ならぬ重みを持っていたのだ。


「でも、白髪の勇輝も可愛い~」


 突然暁美に抱き寄せられ、勇輝は暁美に抱きしめられた。わしゃわしゃと頭を撫でられ、勇輝は恥ずかしさに顔を真っ赤にする。


「か、母さん止めてよ!」


 母親を押しのけて、ソファーから飛びのく。

この瞬間、母親が癒慰と同じ危険カテゴリーに分類された。


「可愛いのに」


 勇輝が何か言いかえそうとした時、リビングのドアが開いた。

 二人の間に緊張が走り、同時にドアの方へ視線をやった。この家にいるのは、父親だけだ。

 ドアを開けて入って来た父親は、寝起きのようで、勇輝を見るなり細かった目がみるみる見開かれた。


(あ、これまずい?)


 母親の話からするに、父親は人間だ。このこともどこまで知っているのかわからない。


「勇輝、お前……」


「いや……その」


「最近先取りが流行っているといっても……それはちょっと先取りしすぎじゃないのか?」


 なんと説明しようか考えていた勇輝の頭が、思考を放棄した。そしてカチリと思考回路が変わり、ボケ親父排除を決定する。


白髪しらがじゃねぇよ! 大ボケが!」


 勇輝の怒声が響き、父親は愉快そうに笑う。

 それを呆れ顔で暁美は見ていた。


(ほんと……修二さんらしい)


 そしてその後、可愛いやりとりが父と息子の間で交わされ、勇輝は如月に行くと言って出て行った。

 残された両親は、目を合わせるとくすくすと笑う。


「ああなると、お前にそっくりだな。エリー」


「えぇ、昔を思い出すわね……鷹見たかみ


 修二はその名前は止めてくれと軽く手を振り二階へと上がっていった。


「なんで、運命は定まってるのかしらね……」


 神の声はもう聞こえない。

 定められた運命に翻弄されて生きてきた。

 だが……。


「それも悪くないわね……」


 暁美の穏やかな声がリビングに吸い込まれていった……。




 こうなると、わかっていた人も多いかな。

 主人公は、大器晩成。

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