第6章の25 仮面武闘会
本日快晴。昨晩に雨が降ったことで気温が下がり、絶好の戦闘日和となった。
昨晩は鷺も交えて最終の詰めを行った。戦闘方式や、補給場所の確保、情報の交換方法など綿密な計画が練られていった。
中心にいるのは零華と鷺の二人で、今回は隼の諜報員も使うことになった。敵の人数が人数なので、少しでも味方は多い方がいい。
弥生は少し嫌そうな顔をしたが、鷺に任せると口を挟むことはなかった。
隼から戦闘ができるものを百人参加させるが、サクリスに操られたと判断すればすぐに眠らせることが決定される。
文化祭の時に、サクリスに対しては眠り薬が効かなかったので痺れ薬の割合を増やした。
できる限りの準備を行い、後は合図の花火を待つだけ。
如月の六人と鷺は街の中心にあるビルの屋上から辺りを見ていた。
全員隊員服を着ており、腰には麻酔銃が二丁下がっている。
「くっそ……花火、上がんねぇな」
痺れを切らした秀斗がビルから下りようとするのを、零華が止める。それを何度か繰り返していた。
鷺は見逃さないために、スマートフォンでテレビを見ている。その視線が時たま向けられるのを勇輝は気づいていた。
(やっぱり、俺のこと疑ってるんだ……)
仲間か、敵か。勇輝にすらそれは分からない。
そして勇輝が弥生に視線を向けた時、ヒューっと待ちわびた音が聞こえた。全員が音のした方向へ顔を向ける。
四方八方、彼らが見た方角はバラバラ。その全てから花火があがった。
「やっと来やがったか」
明るい空に色とりどりの花が開き、紫の煙が空に広がる。
「おい、まずいぞ」
錬魔が下を見て、渋い顔をした。
「あれ、何?」
空に見えている紫の煙が、下にも広がっていた。いや、少し視線を上げれば街中から煙が上がっている。
ビルの高さまで煙が上がって来たが、彼らの周りに壁があるかのように煙は入ってこない。
あらかじめ秀斗が結界を張ったのが功を成した。あらゆるものを拒絶し、中の物を不可視にする障壁だ。
「睡眠ガスのようだな」
ビルの下を覗いていた錬魔が苦々しそうにそう言った。道に立つ人はなく、先程まで動いていた人たちが倒れている。
錬魔の赤い瞳は、何の異常も映さずただ眠りに落ちただけのようだ。
「これは、本当に街中が敵ということなのですね」
「あぁ。情報も遮断された。テレビが使えない」
鷺はテレビ番組のチャンネルを合わせていくが、どれも砂嵐。
「いいんじゃね? 俺らがどれだけ暴れても外には漏れねぇってことだし」
「ほら……始まりますよ」
徐々に煙が晴れ、視界が良くなっていく。それと共に人々もゆっくりと起きあがっていった。
「なんかホラーゲームを思い出す」
街中がゾンビで追いかけられるゲーム。今回はビジュアルが普通の人間なのでまだましに思える。
「あながち間違いじゃねぇだろ」
やりにくそうな顔をする秀斗の隣で、鷺は襟元の隼の紋章が彫られたバッジに触れた。
「おい、お前ら。応答しろ」
鷺が街中に潜伏させていた部下に問いかけると、鷺の耳に次々と部下の声が届いた。
一から順に数字が叫ばれていく。
メイドイン匠の超計量無線、バッジタイプ。
マイクがバッジとなっており、音は耳につけたシール型のピアスから聞こえる。
同様のものを如月の六人もつけていた。
全てにGPSがついており、位置情報は鷺のパソコンに送信されることになっていた。
「よし、全員無事だな」
声は百で終わり、抜けている番号はなかった。彼らは隼の中でも精鋭であり、睡眠ガスやあらゆる毒物に耐性を持っていた。
「予定通り仮面の人物を探して報告しろ。仮面との戦闘はさけつつ、一般人を落とせ」
了解、と全員の声が届いた。
「こちらは大丈夫だ。作戦に支障はない」
鷺が如月の六人にそう伝えると、彼らは頷き返す。
「じゃ、誰が一番早くサクリスを見つけられるか、勝負な」
秀斗がにぃっと笑ってフェンスに手をかけた。
「みんなには負けないよ~」
癒慰もひょいっとフェンスを乗り越えた。
「報告、お願いしますね」
「怪我をしたらすぐに言え」
零華と錬魔は下へ降りる階段へと向かっていく。
「俺はここから部下の報告をお前らに伝える。俺がやられたら、零華に無線が流れるようにしているから、頼んだぞ」
鷺は屋上に座り、地図を広げてパソコンも起動させる。
鷺の襟元には隼と如月のバッジ。右耳には部下の情報が届き、左耳には如月からの情報が届く。
それらを全て整理して、彼らに発信するのが鷺にしかできない役目だった。
「よろしくお願いします」
勇輝はぺこりと頭を下げて、零華たちがいる階段のほうへと歩き出した。
「すぐに終わらせるさ」
そう言って弥生は勇輝の腕を掴む。
「え?」
「じゃ、幸運を!」
秀斗が手を軽くあげて、ビルから飛び降りた。同時に自身の周りに障壁を展開させ、着地の衝撃を吸収させる。
癒慰も植物をクッションにして地面に降りた。
「俺たちは北東エリアだな」
如月は二人一組で動き、町の三分の一を掃討する。
秀斗と癒慰は痺れ薬で手当たり次第に敵を鎮めながら担当エリアを目指した。
零華と錬魔はビル中心とする南エリアを担当しており、情報が遮断されたことを幸いと零華は妃水で水を操り、敵の自由を奪っていく。
零華が通った後には手足を水で縛れた人々が転がっていた。
そして残る弥生と勇輝は北西エリアを担当する。
「無理はするなよ」
「わかっているさ」
鷺に言葉をかけられ、勇輝の腕を掴んだ弥生はひょいっとフェンスの上に立った。
「うわっと」
勇輝も辛うじてフェンスの上でバランスを取る。
「……え、まじで?」
このビルは二十階建てであり、下にはうようよと何かを探すように人間が動いている。
勇輝が顔を引きつらせると同時に、身体がぐいっと引っ張られた。
「俺、飛べない!」
「私も飛べないぞ」
そう言葉を返しながら、弥生は跳ぶ。
「ぎゃぁぁぁ!」
弥生はビルとビルの間を駆けるように跳んだ。
勇輝はタイミングを合わせて足を動かすことで精いっぱい。
「私たちは北西だな。急ぐぞ」
(あ、俺戦う前に死んじゃうかも……)
勇輝は内心絶叫しながら、北西エリアを目指すのだった。
そして各地で戦いが始まり、人間を戦闘不能にしてサクリスを探していく。
そして三十分が経過したころ、仮面を発見したとの一報が入った。見つけたのは鷺の部下で、南エリア担当だった。
鷺が正確な位置を割り出し、如月に伝える。
それを受けて錬魔と零華がそちらへ向かった。
続けざまに仮面発見の報告が入り、それを元に如月が討伐に向かう。
全てのエリアで仮面が発見されていた。
「数って素晴らしいですね」
「あぁ」
零華と錬魔は零華が作りだした水竜に乗って報告の場所を目指していた。低空飛行をしながら、操られた人たちの自由を奪う。
「あれですか」
零華の視線の先には仮面をつけた男がいた。真っ白な仮面が顔全体を隠し、目だけが開いている。
「そのようだな」
男は無数の人間に囲まれ、その人間たちは武装していた。あるものは剣を、あるものは木刀を、拳銃を。それを持つ人は学生であったり、老人であったり、ビジネスマンであったりと不似合いなことこの上ない。
「一般人にあのようなものを持たせて……」
「あの仮面が一般人かどうかで、対処も変わるな」
二人は彼らの前に降り立ち、向かい合う。
男は二人に気づいたようで、二人に視線を向けた。それと同時に人間たちが武器を向ける。
「お前がサクリスか?」
「それを教えると、思いますか?」
男がくぐもった声でそう返した。
「まぁ、なんでもいいわ。勝てばいいだけの話ですもの」
零華は周囲に水を展開し、彼らに向けてはなった。それに応えるように銃弾が飛んでくる。零華は水を凍らせ、盾にして応戦する。
盾の合間から水を放ち、武器を弾き飛ばしていく。人間と零華であれば、零華が圧倒的だ。
「人間はただの捨て駒ですし、かまいませんがね」
男はそう言うと、つかつかと二人に近づいていく。徐々に右腕が変形し、錬魔が眉を顰めた。
腕は形を失い、皮膚は硬化されて金属の輝きを持つ。そして左手の手のひらが紫色に変わり、指に紫の液体が滴っていく。
「右が刃、左は毒か」
錬魔の脳裏に、戦争の風景がよぎる。あの戦争でも、このような身体を武器に変形させる能力者が大量にいた。彼が一般人ではないことは明らかだ。
そして錬魔は念のためにと火煉を発現させ、絶句する。
「なんだ……これ」
「どうかしましたか?」
順調に人間を地に沈めていく零華が、不審に思ってそう尋ねた。
「あいつ……華がない」
赤い瞳が映し出す男には、何の華も咲いていなかった……。
北東エリアではすでに一人の仮面が倒されていた。
「こちら癒慰~。仮面の一人をぐるぐる巻きにして置いておいたよ~。サクリスではありませんでした!」
北東エリアではすでに三人の仮面が発見されており、秀斗と癒慰は別れて応戦している。
癒慰が戦った仮面は女で、物体と同化する能力を持っていた。最初のうちは見えない敵に翻弄され、襲いかかる人間たちに苦戦していたが、最後は辺り一帯をアリ地獄に変えて呑みこんだ。
しっかり敵と人間と物に分別して地上に放置したので問題はない。かなり地形が変わったが、なんとかしてくれるだろう。
「もう一人見つけたので交戦に入りまーす」
小柄な男の子を見つけた癒慰は、そう報告して臨戦態勢を取る。
「次はどんな顔をしてるのかな~」
飛んでくる銃弾や矢を蔓で振り払いながら、
「刃華乱舞」
と男の子へ急襲をかける。
男の子は避けることもせず、華の刃が彼を捉えた。
飛び散る水。
人の姿はそこにはない。
「え」
「おや、魔術師でも驚くんですね」
後ろから聞こえる声に、癒慰は風の立つ勢いで振り返る。攻撃を予想して防御を取ったが、何も受けなかった。
「不意打ちなんて卑怯な真似はしませんよ」
仮面をつけた男の子はくぐもった声でクツクツと笑う。
彼の身体は半透明で、向こう側が透けて見えた。仮面だけがその存在を主張している。
「水の能力者ね……」
「はい、ここで死んでいただけますか?」
「お断りよ」
癒慰は右手に銃を、左手で蔓を操り目の前の敵へと集中した。
一方の秀斗は、癒慰からさほど遠くない場所で交戦中だった。
敵は動物を操る能力を持ち、犬と猫に囲まれながらの戦いだ。頭上からはカラスが狙っている。
(そーいや昔、こういう能力者いたな)
氷騎いた、常に周りに動物を侍らせている男。全員嫁だと断言し、戦いで亡くなれば墓を作って弔っていた姿が印象深い。
(っと、んなこと考える場合じゃねぇや)
秀斗は頭を振って、目の前の敵に集中する。
動物を殺すのは後味が悪いので麻酔銃で動きを封じ、本体を狙っていくことにする。人間からの銃弾は障壁で防いでいた。
障壁も万能ではない。防ぐ対象が多くなればなるほど、強度が落ちてしまう。
秀斗は拒絶対象を一番威力の高い銃弾に絞り、後は自力で退けていく。
(面倒だぜ、まったく……)
秀斗が散弾銃で動物たちを眠らせ、集団から距離を取った時、声が飛び込んできた。
“零華です。仮面を捕らえました。氷漬けにして仮死状態にしてあるので、後で解凍してください”
一瞬、秀斗の背筋も凍った。容赦のなさが零華らしい。
(俺も早くやっちゃわねぇと)
そして秀斗が銃を乱射しながら走り出した時、また報告が入る。
“弥生だ。一人斬って置いてある”
秀斗は人間と動物を眠らせ、突き出された日本刀を避けた。無防備な手を蹴りあげ、武器を無力化する。
“斬ったって、死んでませんよね。黒騎のものは全員鷺君に引き渡してご……情報収集に使う約束ですよ”
言葉を変えても手段は変わらない。秀斗は優しい情報収集になることを心の隅で期待した。
倒され、身動きを封じられた敵方は今頃鷺の部下たちによって回収されているはずだ。
“斬ったが大丈夫だろう。血も出ていなかった”
耳元で聞こえる会話を聞きながら、秀斗は操り師へと突撃する。敵はさらに動物を呼び集め、秀斗へとけしかけた。
地上を進むのは犬、猫、鼠、たまに鹿。
秀斗は鼠を蹴散らし、這いあがって来るものは手で払う。犬と猫には散弾銃で麻酔針を浴びせ、突進してくる鹿には跳び蹴りをお見舞いした。
だが鹿はその衝撃に耐え、高い脚力で秀斗を追い角を突きあげる。
狙いは腰。秀斗は寸前で横に跳んで避けるが、左腕が角に当たり激痛が走った。
(痛っ!)
秀斗は鹿の眉間に麻酔針を打ち込み、そのまま操り師の懐へと飛び込んだ。
麻酔銃で眠らせようと銃口を突き付ければ、目の前にあるのは銃口。
「銃を持っているのが自分だけと思ったら、だめだよ」
「やべっ!」
「死にな」
男が銃の引き金をゆっくり引いていく。仮面の顔が、笑った気がした。
「……なーんて、言うと思ったのか?」
秀斗がにっと笑って、男が銃を持つ腕を掴んだ。
「なっ……」
男はすぐにでも引き金を引こうとするが、指が固まってしまったかのようにピクリとも動かない。
「空間支配の能力、舐めてんじゃねぇよ」
星鎧のもう一つの力。空間支配は、自分の半径一メートル内の空間に働きかけることができる。そして物質には、触れていれば支配が可能だ。
「眠ってろ」
秀斗がそう命ずると、男はがくりと膝を折って倒れた。男が意識を失うと、動物たちは一目散に逃げ出し、残る人間たちも戦意を失う。
秀斗は襟元のバッジに触れて皆に報告をする。
「こちら秀斗~。一人倒したぜ。わりと楽勝じゃね?」
“油断するな、負け犬”
間髪いれずに鷺の声が返り、秀斗はイラッとしてマイクを切る。
そして後で殴ると決め、足元に転がる男を見下ろした。
「んじゃま……お顔拝見と行きますか」
秀斗は悪戯をしかける子どものような表情で仮面に手をかけた。そっと仮面を取り外す。
「……おい、嘘だろ?」
秀斗の顔が強張る。
仮面の素顔は、いつも笑い、動物たちを嫁と愛したあの男。そして最期、弥生が鎖羅と仲たがいをした時に血だまりの中にいた……かつての仲間だった。
茫然とする秀斗の耳に、錬魔の固い声が入る。
“仮面の奴らは生きていない……死者だ”
ズキリ、ズキリと腕が訴える痛みをようやく脳が受け取りはじめる。
「……まじ、かよ」
秀斗は怒りに顔を険しくし、ぐっと拳に力を入れる。腕の痛みが、さらに強くなった気がした。
何年振りかに、スットクができた。これで、一か月は大丈夫……。
スットクで6章が終わり、ちょうど200話になります。
そこで、幕間として何かお話を書こうと思うので、リクエストを募りまーす。
こんな話が読みたい! ここらへん、ちょっと知りたい! など、本編に差しさわりがない限り書いていきます。
現在、頭の中にあるのは
鷺と秀斗のバトル。
勇輝の母と父の馴れ初め。
勇輝と歩の出会い。
全部やるか、次の7章にからめるかは未定ですが、作者に何かネタをください。
でわでわ。