第6章の23 隠し味は秘密
テスト二日目。今日を乗り越え、明日のテスト返しに耐えれば自由が手に入る。
勇輝はそれを心の支えに、テスト問題と格闘を繰り広げた。
鬼教官の指導のおかげで、過去最高点が取れそうなほどペンがよく滑る。苦手な教科を何とか潜り抜け、テストを消化していく。
そして最後の教科が終わると、勇輝は解放感に満ちた声をあげた。
「終わった~」
「お疲れ様です。明日が楽しみですね」
零華が涼やかな顔で、終わってもなおプレッシャーをかけてきた。
「え~っと、秀斗はどうだった?」
勇輝はすっと零華の方から顔を背け、前に座る秀斗に尋ねる。
「ん~まぁ、不時着はできたぜ」
赤点はなさそうだと、秀斗は上機嫌。
赤点など取った時には、どんな懲罰があるかわからない。
「今日は勇輝君、如月に来るの?」
晴れやかな顔の癒慰が席に近づいてくる。テストは自信ありのようだ。
「いや、家に帰るよ。食事当番任されたし」
暁美は午後から本部で仕事があるらしく、夕飯の準備ができないとメールが来たのだ。
「暁美さんによろしくお伝えください」
「了解~。あれ、弥生と錬魔は?」
二人にも何か言ってから帰ろうと思い、教室を見回すが二人の姿はない。
「もう帰ったぜ」
「二人は学校が嫌いだからね~」
学校が嫌いでも、根が真面目なので中退という選択肢はなくちゃんとテストを受けている。そもそも知らない可能性もあるが……。
「そっか。じゃぁ、また明日~」
勇輝はまあいいや、と手を振り、戸口にいた歩を捕まえて家路につく。
歩と雑談をしながら家に帰ると、静かな家に迎えられた。
それに勇輝は寂しさと懐かしさを感じながら二階の自室へと上がる。母親が帰ってくるまではこれが日常で、誰もいない家の中でゲームをして過ごしていた。
今は帰ったら母親が迎えてくれる。
父親の母親への溺愛っぷりに胸やけしそうになるが、さりげなく視界から外すというテクニックも身に付けた。
勇輝は部屋のドアを開け、かばんを机の上に置いた。制服を着替えてラフな格好になる。
(夕食作るにはまだ早いしな。ゲームでもすっか)
テレビゲーム一式は如月に置いてあるので、卓上ゲームで遊ぶ。如月で働いたバイト代で買った、3Dになるゲーム機は最近のお気に入り。ただ今心は狩人だ。
(お、もうすぐ二百時間超え~)
勇輝は二時間ほどゲームで時間を潰した後、夕食の準備に取り掛かる。
食卓の上にはご丁寧に母親からのリクエストが書かれた紙が乗っていた。
(ハンバーグか~)
リクエストのハンバーグを軸に、サラダ、コーンスープとメニューを決めて冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫の中には十分食材があり、戸棚でコーンの缶詰も発見した。
(さて、作るか)
手際良く調理を始め、ハンバーグは種を作って置いておく。隠し味はマヨネーズ。これでコクがあるハンバーグになる。
少し寝かせて二人が帰って来てから焼くつもりだ。
コーンスープは最後に生クリームをたらせばコクがでる。今日は熱いので冷スープにする。冷蔵庫に入れておけば、食べる頃にはいい感じに冷えているだろう。
サラダは野菜サラダで彩りにトマトとハムを添える。チーズがあったので、細かく切って散らしておいた。
ざっと全ての行程を一時間半で終え、勇輝はソファーに寝転がった。如月で六人分の食事を作るようになってから、さらに料理スキルがあがった。
勇輝は暇つぶしに近くにあったリモコンで、テレビをつける。
適当にチャンネルを変えていると、ニュース番組が目に留まった。
(また集団睡眠か……)
昨日鷺が言っていた、サクリスが関わっているかもしれない事件。
今回はあるデパートと、高校が被害にあったらしい。
(この高校、俺らの高校から近いな)
もし、この被害者が全員サクリスに操られてしまえば恐ろしいことになる。被害者はすでに三千を超え、今後増えることも予想されている。
町中が敵ということも、笑い事ではなくなってきた。
鷺のことを思い出すと、同時に言われた言葉が蘇る。胸が重く、ちくちくと痛んだ。
魂の記録がない。それに黒騎が関わっているとしたら。
美月の口調から、これがいかに特異かはわかっている。そして、それが行えるのは能力者と魔術師を抱える龍牙隊。そして、黒騎。
アニメ、漫画、ゲーム。サブカルチャー世界で、仲間と思っていた人が実は敵だったという展開はありふれている。
だが勇輝に自覚はない。だが否定できる証拠もない。
(知らない間に情報が流れてるとか? ……何それ、ありえない)
だが、ありえないことは、ありえない。それもまた知っている。魔術師なんて、現実ではありえない。だが、彼らは存在する。
(俺は……誰? あいつらの仲間だよな)
自問自答しても、答えはでない。そう信じたい。それが答え。
ニュースは違う事件に変わって、勇輝の耳を素通りする。
一度は収まった問題が、また再燃してきた。
訊くか、訊かないか、それが問題だ。
心の中でかっこつけても、現実は何も進まない。
うだうだと考えていると、玄関が開く音がした。勇輝は考え事を中断して、ソファーから起きあがる。
「ただいま~」
「おかえり」
クーラーの効いたリビングに入り、暁美は涼しいと一息つく。
(訊こうかな……)
勇輝は迷いながら、暁美から視線を動かさずにいると、ぱたぱたと手で顔を仰いでいた暁美が気付いた。
「何? 寂しかったの?」
「は?」
勇輝の反応に暁美はくすくす笑い、キッチンの方へと歩いていく。
「冗談よ。ハンバーグは今から焼くのね。お父さんもうすぐ帰って来るみたいだから、もう焼いていきましょ」
暁美は椅子にかけてあったエプロンをつけて、皿を取り出した。
「ほら、あんたもさっさと手伝って」
「はーい」
そしてエプロンをつけていない勇輝と、ピンクのふりふりエプロンを着けさせようとする暁美の攻防を経てハンバーグは焼かれていく。
勇輝は心の平穏を勝ち取り、母曰く愛のエプロンはソファーの上。
リビングにはハンバーグの焼けるいい匂いが漂っていた。
「ただいま」
ほどなく父親が帰って来、匂いを察知すると目を輝かせた。
「いいな、ハンバーグか。お、勇輝もいい嫁になれるな」
「とっとと着替えて来やがれ!」
父親のハンバーグにタバスコでも入れてやろうかと、種を丸める勇輝は思う。
ちらりとタバスコに目をやったのは、しかたがないはずだ。
全てハンバーグの形にし、洗いものも終わった勇輝は焼かれるハンバーグに視線を向ける。
(そういや、昔もよく料理の手伝いやってたよな)
それと共に思い出されるごっこ遊び。メイドごっこ、コックごっこ、母王様ごっこにおいて、料理は必須だった。今となっては無意識で美しい給事ができる。
(俺、母さんの子ども、だよな……)
勇輝がぼうっとハンバーグを見ていると、暁美が皿を出してと指示を出す。
勇輝は食器棚から白い皿を出し、コンロの隣に置く。乗せられたハンバーグにお手製のデミグラスソースをかけていった。
それを食卓の母親の席のところへ置く。
もう一つの皿は父親のところへ。
勇輝は冷蔵庫からスープとサラダを取り出し、並べていく。
ほどなく勇輝のハンバーグも出来上がり、食卓が賑わう。
父親も二階から下りてきて、食卓についた。
家族の団欒。父親が勇輝にからみ、それを母親が笑う。勇輝もテストのことを話し、友だちのおかげでよさそうだと話した。
楽しい一時。それなのに、勇輝はどこか不安になる。これが嘘だと思うと、崩れてしまうような錯覚を覚えた。
食事が終わり、後片付けをする。暁美と一緒に皿を洗った。勇輝がお皿ふきを担当する。
(写真だけでも、訊いてみようかな)
ぐだぐだと考えた結果、気軽に訊いてみようという結論になった。
勇輝は高まる心臓音を気付かれないように、平静を装って声を出す。
「なあ母さん、俺の生まれた時の写真ってないの?」
何気ない口調で質問した言葉に、暁美がぴくりと反応したのがわかった。
「写真? どうしたかしらね」
暁美は皿を洗いながら、思い出すように答える。
「ほら、俺の……アルバムあるじゃん? あれになかったから、気になってさ」
少し言い淀んだのは、中身が黒歴史ものだったからだ。
「そういえば、一つ残してたわね」
「俺的には捨てたいけど」
もう開きたくない。そして誰にも知られたくない黒歴史アルバム。あれが癒慰の手に渡れば……。考えたくもない。
「だめよ~。可愛いんだから。あ、そうそう……生まれた時の写真はね……燃えちゃったわ」
暁美の声は、悲しそうな色を含む。
勇輝はえ、と皿を拭く手を止めた。暁美の皿洗いの手もゆっくりしたものになっている。
「お母さん、仕事で外国に行ってた時があったでしょ? その時に心の慰めとして持っていったんだけど、いろいろあって燃えたわ」
静かに語られる言葉に、勇輝は期待の眼差しを暁美に向ける。
「それ、ほんと? 俺の生まれた時の写真、あったの?」
「あるに決まってんじゃない。初めての子どもなんだから」
「そっか、なんだ」
訊いてしまえば、案外簡単な話だった。
だが、写真はあっても、魂の記録は何も解決していない。黒騎とのつながりも。
それでも、少しは勇輝を安心させる。
「お、なんだ? 母さんとイチャラブか?」
父親がリビングに入って来て、勇輝をからかった。
「うるさい! 話し中なんだよ、あっちいけ!」
勇輝がイラッとして言葉を投げつけると、父は悲愴な顔を暁美に向ける。
「暁美~。勇輝が俺にだけ反抗期なんだけど!」
「父親はそういうものよ。諦めなさい」
母がぴしゃりと言いきった。勇輝も頷く。
「父さんは仲間はずれだと、そうかいそうかい」
そうやって拗ねだす父親に勇輝は面倒そうな顔をするが、暁美にすれば息子もその父も両方子どもっぽい。
「拗ねないの。勇輝の生まれた時の話をしてただけよ」
「勇輝の生まれた時か……そういや、あの時は今と違ってか……可愛かったよな」
「はぁ?」
不良人生で鍛えた腹の底からの訊きかえし。そんじょそこらの不良とは凄味が違う。
顔の凶悪度は母親の手前下げておいた。
「こんな人を殺しそうな顔とか、してなかったしな」
あの頃の勇輝がよかったと零す父を、勇輝は無視することにした。ここに暁美がいなければ笑顔で拳を握っていたところだ。
「あとさ、母さんの写真もなかったんだけど、それも持っていったの?」
「そうね。あれも、燃えたわね」
「写真!?」
母親のこととなると、父親の反応速度が速くなる。どういうことだと目が語っていた。
「ほら、昔撮った写真ね。仕事に持っていったら、燃えちゃった」
ごめん、と暁美は軽く謝る。それに対し、父親はこの世の終わりのような顔をした。
「ま、まさかデートの写真も?」
「そうね」
あっさりと暁美は頷く。
「結婚式も?」
「えぇ」
「愛の詰まったハネムーンも?」
「そんなのあったかしら」
父親の表情が固まった。
勇輝はそっと二人から距離を取り、廊下へと出るドアに近づく。
「暁美ぃぃぃぃ! あの可愛い暁美との思い出写真を燃やしたなんて!」
勇輝が二人に背を向けた瞬間、父親の悲痛の叫びがあがった。勇輝はさっさと自室に退避する。
階段を上がる途中で、
「燃やしたんじゃないわよ。燃えたのよ!」
という母親の反論が聞こえた。
ちょっとやそっと言い争いになろうが、一時間もすればイチャラブ夫婦に戻っている。
(あんの熟年バカップルが)
勇輝は部屋に入り、ゲームの続きをしようとベッドに寝転がる。言い争っている雰囲気が伝わり、勇輝はため息をついた。
(あれでも、俺の両親なんだよなぁ)
二人は勇輝が生まれた時のことを知っていた。それが勇輝を安心させる。
どれだけ自分におかしなところがあっても、それだけは信じられる。
(俺がもし敵なら……)
勇輝は苦笑を浮かべて頭を振った。考えても無駄だ。その時が来ればわかる。
(信じよう。母さんを、そしてあいつらを)
そして一時間後。リビングでは痴話喧嘩という言い争いを繰り広げていた夫婦が、ソファーに隣り合って座っていた。
父親はまだ拗ねたような顔をしているが、暁美にはもう拗ねていないことは分かる。
可愛い夫の頬に暁美は手を伸ばし、くいっと引っ張った。
「修二、あの時何を口にしようとしたの? 軽い口は縫いつけるわよ」
「いや~、すまん。ついあの時の勇輝を思い出してさ」
修二は軽く笑って謝る。暁美は冷たい眼差しでもう一つ釘をさした。
「……反省します」
「気をつけてね」
あぁ、と修二は頷き、そっと暁美を抱き寄せた。離れている間、ずっと恋しかったぬくもり。
「勇輝が決めるまで、俺はずっとピエロでいるって決めたからな」
静かな、決意が込められた声音に、暁美は小さく、ありがとう……と呟いた。
勇輝や如月のみんなにはどんな隠し味があるんだろ。
そして、ふと思った。
龍牙隊と黒騎を並べて書くと、龍牙隊の名前……ださくないか?
なんか、覇気が感じられないぞ。
~神名の裏話~
そういえば、黒騎はもともと蛇竜隊だった。蛇で竜だった。
けど、なんかネーミングがいまいちで、黒騎に変えたんだ。
どうして、どうしてその時龍牙隊も変えなかったの?
過去の自分に問いたい。
真剣に、改名を考えようかしら……




